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雀とり鯨とり  作者: 伊藤むねお
9/13

サインプレイ

 小学校の四、五年のころ、祖母が釜の底に残った飯粒を洗い取ると、大きな皿に薄く広げて外に出しておいた。天日で乾燥させてから甘く炒めて子どものおやつにするのだが、雀に食べられないように小さな籠をかぶせてある。それでも籠の中に入りこんで飯粒を食べている雀がいるんだ。よくみると、籠の一部が少し破れていて雀はそこから出入りしているのだということがわかった。

 わたしは金造と組んでサインプレイをやることにした。その皿は物置の引き戸のすぐ外の台の上にあったから、戸の内側の暗がりに潜んでいれば、雀はだれもいないと思って籠の中に入るだろう。その時に、離れたところから見張っている金造が手で合図する。それをみたわたしはぱっと現れて穴を素早く手で塞ぐんだ。ふたりは何度か練習をした。合図を決めてね。

 ところがいざ始まってみると、さっきまであれほど頻繁に出入りしていた雀が一向に来ない。察するに、われわれの練習をみて、なにかは知らぬが剣呑なものを嗅ぎ取ってしまったのだ。雀というやつは端倪すべからざる生き物だよ。時がたつとまず金造が先に飽いておふざけを始めた。金造の手があがる。すわ、と、わたしが飛び出してみると雀はいない。ははは。ごめんごめん。ちょっと練習、と、こうさ。

 わたしは腹が立った。それでも金造は繰り返すんだ。あとで思うとやつも意地だったのかもしれない。そういうやりとりが何度かあったあとだった。それまでにない真剣な顔で金造が盛んに合図を出すんだ。でも、そのテは何度か使われていたからそう簡単にはわたしも信じない。それでも、あんまり表情が真剣で何度もやるものだから、念の為という位の気持ちで飛び出してみたら、なんと、本当に雀が入っているじゃないか。籠の中の雀は心臓が止まるほどに驚いたはずだ。雀とわたしの目と目がもろに合った。五十年たった今でも覚えているよ。あれこそを必死の目の色というんだな。わたしはその目に負けた。そのためらいの一瞬に雀は穴から見事に抜けた。

 きゃつが愚かな人間の子どもをどのように嗤ったか。それからのわたしは、雀という雀がみんなわたしを嗤っているようで悔しくてならなかった。金造は悪いことをしたと思ったみたいで(もう一度やろう)といったのだが、わたしはいやだった。そして(おまえがふざげたせいで失敗した)と、ずいぶん金造を責めた。金造はしまいには居直って(雀捕りなんて面白くないよ。捕るなら鯨がいい)なんてことをいい出して、あげく本当にそうなっちゃったんだから人の運命はわからない。面白いだろう。

 嘘かい? つまり、手が動かなかった本当の理由はさっきいったとおりで、金造のせいじゃない。雀に負けたということ。

 もうひとつは三十代の初めの頃だったか。これも雀の話だよ。部屋で競技用のエアライフルの手入れをしていたら窓の外の地面に雀がおりてきた。何気なく構えてぱんと撃ってみたら雀は逃げない。不思議に思ってサンダルをひっかけて近づいてみても雀はやはり逃げない。よくみたら逃げないわけで、弾は頭を貫いていて、雀は地面に下りて来た姿のままで死んでいたんだ。

「何気なく撃ったというところが嘘なんでしょう。だって弾を籠めたじゃないですか」

「そうさ」

 それより傘はどうしたのだろう。きっと、どこかの駅でドアが開いたときに風のせいでホームに引きずり出されたのだ。可愛そうなことをした。今頃は線路に落ちて電車に轢かれているかもしれない。

 窓がすっかり閉ざされているのに男が吐く息なのだろうか、汐の匂いがした。



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