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雀とり鯨とり  作者: 伊藤むねお
6/13

小柳金造

〈平ちゃん。色々とあって会えるのは次の土曜日だけになった。それも、その日の夕方には久里浜沖に錨泊している船に乗らなければならない。今度は小笠原で大きなマッコウを撃てるかもしれない、内緒内緒。歯鯨は髭鯨とちがって長く潜るから難しい。そこで俺の技術と経験がものをいうわけだ。小柳金造の辞書にドンガラはない。覚えているかい。君と約束した白ナガス鯨の髭は手にいれた。早い時間で悪いが午前九時から十時の間に久里浜のペリー記念公園に来て欲しい。希世子たちには会えそうもないから、君からよろしく頼む。金〉


 金造が右のようなメールをどこかのメディアハウスから送ってきたのは、一週間前の土曜日だった。

 平井平吉と小柳金造は、ともに仙台の北郊の小さな町で生まれた。人口が一万ばかりの、海にも山にも遠い、四方を田圃に囲まれた町だった。ふたりは家も近く、小学校にあがる前からの友達どうしだった。その縁もあって、平吉は金造の妹と結婚したのだが、希世子は金造のただひとりの兄妹だ。小柳の両親は十年ほど前に相次いで亡くなり、他に親戚がないことから、ふたりにとって血のつながった者といえば、今は平吉と希世子のあいだに生まれたふたりの男女だけである。にもかかわらず金造はなかなか姿を現さない。それどころか消息さえも滅多に知らせないのだ。

(死んでんだか、生きてんだか)

 希世子は、海難事故や喧嘩で殺されたというニュースを聞くたびにぼやいた。

 それでも、自分でうったものか他人に打たせたものかはわからないが、忘れかけたころにメールが舞いこむ。それによれば、金造は水産庁の技官らと共に鯨の生息状況の調査に関わっており、鯨を追って北西太平洋から南極海に至るまでの広い海域を彷徨しているらしい。

 しかしまた、半年前のメールによれば、今年の秋には上陸しているはずである。そうであれば、もう、ひと月も前から陸に上がっていたはずなのだから、なにかしらの連絡をくれてもよさそうなものだが未だになにもない。平吉夫婦も半ばあきらめていたのだが、帰り際になってやっとこのような連絡を寄こしたというわけだ。

 鯨捕り金造は謎の男である。

 一体これまでどこでなにをしていたのか。平吉は妻とともにそれを案じつつも、その真実を知ることに興奮を覚えてもいた。


 西品川駅では、座席をボックスタイプに変えるために少し長目に停車した。

 ”立たないでください”

 警報とともにチャイムが鳴って座席は乗客を掛けさせたままゆっくりと回転し、十秒ほどの後には四人掛けのボックスシートができた。電車はこの駅を出るとすぐに地上に出るはずである。

 いつからこういう仕組みになったのか知らないが、こいつは楽だ。

 平吉のいるボックスにはだれも現れなかった。通路を隔てた隣りには若い男女のふたりが掛けたままで現れた。通路や網棚を眺めると、どうやら半分近くのボックスには乗客がいるようである。地底を走っていたときよりかなり増しているが、ここではもう一番電車ではないのだから、当然というものだ。

 知らない間に変わった車内広告を見ているうちに電車は地上を走っていた。窓の外の家並がピューピューとうしろに飛んで行く。

「ああ急じゃ、トミーだってどうにもならんさ」

「それでも、あそこはまだいいんだ。ヤマソウなんて、ありったけの車で押し掛けて、倉庫の中の物をみんな持っていったって」

 真うしろのボックスは四っつの席全部が埋まっているようである。声高に話している会話は中々に興味深い。どうやら企業の倒産がらみの話のようだが、会話をしているのは女ひとりに男が三人のようである。

「そういうことやっていいものなの」

「いいも悪いもないっすよ」

「だって、無断で持ってきちゃったというわけでしょう。それってコレと同じなんじゃないの」

「そらあ姐さん、ちがいます。そうじゃないですよ」

「まあまあ、みんな、その議論はあとにしようや。なんにせよ、このままじゃ年が越せないからね」

「専務さん。あの連中は本当に手を貸してくれるのよね」

「ブツをとりもどしてくれるまではしてくれないでしょうが、向こうに荒っぽいのがいて商売物を振り回すような時には、なんたってね、働いてくれますよ」

「商売ものをね。そいつは悪い料簡だあ。へっへっへ」

 だれかの物真似をしたつもりらしい。下卑た作り声だったが、ぱっと口を塞がれたように声が止まった。叱られたようである。平吉は自分の口が塞がれたような剣呑なものを感じ、急いで眠ったふりをした。

 うしろの話は尚もぼそぼそと続いたが、やがて着いた先でのことが重く心にのしかかり始めたらしく、会話は細るように止み、神奈川に着くと、水の染み込んだ靴を引きずるようにして降りていった。

 神奈川からは誰も乗って来なかったらしく、うしろは静かなままだった。すると、今度は隣の二人連れの声が聞こえ始めた。

「チョー最悪ね」

「カヨがいってたが、キャップはイシイ主任だって。あの人はド演歌だものな」

「げろげろね。カヨチャン」

「くじ運が悪いんだよ。やつは」

「あんたの兄妹、みんな悪いんじゃない」

「な、ことはない。俺は強いよ」

「ああら、そうかしら」

「商店街の抽選で三等が当たったことがあるよ」

「三等?」

「二等だったかも」

「松島旅行?」

「いや。ショートホップとお酒だった」

「なあに、そのショートホップというのは。ショートホープじゃないの」

「煙草は煙草だがホープとはちがうんだ。チベットあたりのものだったらしい。聞いたんだが、ある体質の人が吸うと覚醒剤顔負けのアレが来て、半日ほどは幻覚をみるらしい。そういうものが出た事情は覚えてないが、すぐ発禁、回収だ。が、隠匿している人が結構多いみたいで、闇じゃ、いい値段で出回っているみたいだよ」

「イシイ主任に箱ごとのませたいわね」

「酒は超吟醸が二本でさ。親父がえらく喜んでくれたもんだ」

「それっていつの話」

「俺が小学校三年のとき」

「えええ古い話ねえ・・・」


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