雀とり鯨とり
「兄さん、久し振りねえ。あら、その顔はどうしたの」
二階の窓から希世子が顔をだしていった。
「転んだんだ」
「あらいやだ。それでよく船乗りがつとまるわね」
「なにをいっていやがる。おまえもだいぶ白髪が増えたじゃないか」
「仕方がないでしょう。そうそう。あなた、罠がうまくいったみたいよ。雀が小屋に入っているわ」
「ほう。まだやってるのか」
どれどれと、平吉と金造が金網に顔を近づけて見ると、二羽も入っていた。
二羽の雀は顔を寄せてきたふたりを見ると、あちこちに全身を打ちつけながら後先の考えもなく小屋の中を飛び回った。その様子を下からチャボたちが迷惑そうに見上げている。
「ルキイが非難がましい目で俺を見ているなあ」
「ルキイって、どれ?」
「あの白いチャボ。ここの長老だ。もう八歳になる」
「八歳か。鯨ならまだ子どもだ。雀はどうする」
「逃がす。とにかく捕ったんだから」
上の小窓を開けると、雀は血が滲んだような赤い目で平吉を睨みながら先を争って逃げていった。
「見たかい、金チャン。やつら、俺を憎々しげな目で睨んでいったねえ」
「鯨もそうだよ。誰が銛を撃ったか知ってるんだな。血まみれの目で銛撃ちを睨むんだ」
「そりゃ、生々しいな」
「もう慣れたがね。昔は夢にまで出てきてうなされたもんだ」
「へええ。おおい、希世子。今のを聞いたか」
「なあに。聞こえなかったわ」
「そりゃよかった」
金造は小さな声でいうと、鼻をぐすんと鳴らし上を見上げた。
「希世子。熱いお茶を飲ませてくれ」
「はいはい。すぐだしますよ。早く入ってきて下さい。今日は朝から雀がばたばたと休まず飛び回るし、ルキイたちはココココと騒ぐし、頭がどうかなりそうだったわ。雀なんか逃がしちゃえばって、シュウもカヨもいったんだけど、お父さんたちが帰るまで待ちなさいって止めておいたのよ」
「そりゃ、気が利いたってもんだ」
金造が笑いながらいった。
平吉が、
「シュウに言ってくれたかい。男というものは一生雀捕りをするんだって」
というと、希世子は、
「でなければ鯨捕りをね。ほほほほほ、馬鹿ばっかり」
と窓の敷居を叩いて嬉しそうに笑った。 了