ミッキーマウス
「いや? 罪のない者が殺されているのに、だれも気がついていないなんて、死んだ人たちが可愛そうじゃないか」
「罪もないというのはちがうな。押された人はみな少女が万引きをしたと思っているのだ」
「だって、そうだろう?」
「カヨは無実なんだ。カヨはあそこの経営者の娘なんだ。無くなった分は経営者がチャンとあとでだしているんだから、万引きじゃないんだよ」
「そんなこと、金チャンがどうしてわかるんだ」
「経営者というのが、じつは俺だから」
「ええ、本当か。いつからそうなんだ」
「ずっと昔からだ。俺は船に乗っているのが多いから、実際は全部女房に任せているんだがね。カウンターの中に女がいたろう? あれが俺の女房だ」
平吉の頭が熱を帯びてきた。
「参ったなあ。みんな初めて聞くことばかりじゃないか。そもそもいつ結婚したんだ。待てよ。そうすると、さっきの少女は君の娘か。ということは、俺の義理の姪でもあるということになる」
「そうなるな」
「それを万引きだの殺人鬼だのというのは、あんまりじゃないか」
「なにをいうんだ。それは、みんな平チャンがいったことじゃないか。変わらないね、平チャン。人のせいにするところなんか、あの雀捕りの時と同じだ」
「馬鹿をいうな」
平吉はかっとなって立ち上がり、金造の首を、巻いていたマフラーで力一杯に絞めた。意外なことに力自慢のはずの金造は少しも抵抗をせずに座席の下に崩れ落ちて横たわり、ボロ人形のようになってしまった。
なんということだ。連続性が断たれてしまったじゃないか。これじゃあの雀と同じだ。このボロ人形をどうしよう。
「次は青物横丁です」
アナウンスがあり、何人かが通路を立つ気配がした。平吉は足下のボロ人形を、両足を使って、向かいの椅子の下に力一杯押し込んでやった。
「あ、先生。椅子の下からなにか出てきたわ。なあにこれ。大きな耳ねえ」
「ミッキーマウスだわ。わたし、もらっちゃう。いいでしょう、お母さん」
「それはよっちゃんにあげなさい」
平チャン。平チャン。
「そろそろ三富だよ。大丈夫かね。ずいぶんうなされていたけど」
「うなされていたって? 今朝が早かったからね。あ、もう次?」