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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第一章〜テウルギア編〜
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初依頼で丸呑み

 朝。北門の門番長ユアン・シェリンはあくびをしながら、ゆるく門を守っていた。


 ——今日はあまり人が来ないなぁ。


 なんて、思っているのも束の間。朝焼けに染まる空から徐々にこちらに迫ってくる人影が見える。


「お勤めご苦労様です。天文台(スコープ)のエイミスです」


 そう言いながら背中に翼を持った男が着陸、一通の封筒をユアンに手渡す。


「天文台だって? もしかしなくても緊急事態かな?」

「詳しい内容は封書を確認してください。私は他の門番(キーパー)にも同様の封書を渡さなくてはならないので」


 それだけを言い残してエイミスは、西の門の方向へ飛び立つ。

 その背が小さくなるまで見送ったあと、ユアンは封書を開けた。

 中身は一通の連絡書。内容は——


「……! これは……マズイぞ」


 いつもは爽やかな男の顔に暗く影が落ちる。読み終えて、その視線が向かう先は門の外へ。

 草原の絨毯の中に引かれた一本の道。つい一時間ほど前に見送った三人の背中を鮮明に思い起こす。


「どうか、無事でいてくれよ……」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「今向かっているのはサマンタの森だよ。僕の目的はそこで自生してる植物の採集」

「で、俺たちはお前が採集してる間、周囲の警護してればいいってわけか」

「そゆこと。ウィルフレッドさんなら分かると思うけど、サマンタの森はエイプ種の縄張りがあるからね。僕が採集に夢中になってて気がつかないうちに彼らを刺激させちゃった場合は……よろしくね!」


 はぁ、とため息を一つ。


「エイプ種ってあのサルが変異した魔物ですよね?」

「ああ、見た目はただの小さい猿だが、とにかくずる賢くすばしっこい。五匹以上の集団で襲ってくるから知らないうちに荷物とか掠め取られるから面倒なんだ」

「それはエイプの中でも下級種のアジャイルエイプだね。サマンタの森の奥にはその上ギガントエイプもいるよ」


 その報告を聞いて露骨に嫌な顔をするのはウィルフレッドだった。


「ギガントエイプ……ですか」

「ギガントエイプはまあ、デカイサルだ。3メートルくらいの」

「さ、3メートル!?」

「アジャイルエイプの被害って言えばだいたい荷物が盗まれたとかそんなんだが、ギガントエイプからは殺人被害も出てくる」


 ゴクリ、とリアムは喉を鳴らす。


「ま、奥まで入らなければ大丈夫だよ! ほら、ここが目的地だ!」


 先行していたアルヴァが足を止めるのに続けて二人も足を止める。

 眼前に広がるのは草原から一変した深い森林。

 高々な樹木の枝葉が空を覆い隠し、日の入らないこの空間の日時は夜に固定されている。

 そして、その暗闇向こうでは常に魔物がその目を光らせている。

 そう、今もすぐ目の前に。


「って、え?」

「ウッキャァァァァァアアアアアア!!!!」


 耳をつんざく雄叫びと共に一匹のサル——エイプが飛びかかっていた。

 目標はアルヴァ。

 既に肉薄した距離にあった両者の間にウィルフレッドは割って入り、その一閃でエイプの突進を弾く。

 弾かれたエイプは、そのまま宙を舞いそのまま三人の後方へと走っていった。


「うわうわうわ、なになになに!?」

「構えろ! まだ来るぞ!」


 指示を受けてリアムも剣を抜く。

 間も無くして、足から腹にまでかけて細かな振動が伝わってくる。

 頰に汗を垂らしている間にもそれは徐々に大きくなってきていた。


「……!?」


 おびただしい数のエイプの群れが飛び出してくる。体長50センチメートル程度の小さな個体から、中には3メートルを超える種も数匹だけ混じっている。


「目の前のやつらだけを相手にしろ! こいつらの目的は俺たちじゃない!」

「はいっ!」


 エイプ種比較的は知能が高い魔物だ。幸い闇雲に走ってこちらに突進してくる個体は少ない。

 目の前に迫る数匹だけを剣の腹で受け流すことでことは終えることができる。


「……行ったな」


 ウィルフレッドは刀を収め、ふう、と息を漏らす。

 前方の木々はなぎ倒され、地面は乱暴に抉られて、まるで嵐が通り過ぎたような惨状がそこには残っていた。


「な、なんだったんですか……?」


 リアムの問いかけにウィルフレッドは、知るかよ。と一言しか返せない。


「僕も分からないな。エイプ達が縄張りを離れること自体滅多にないのにこんな群れになって移動するなんて……」

「移動……というよりは、何かから逃げてる? ようでしたね」

「逃げる……確かにそうだな。ってことはなんだ? 縄張りを捨てて逃げるほどの理由がこの森にあるってことか?」


 そうなりますね。とリアムは肯定。続いてアルヴァも頷く。

 沈黙——。


 足元の小石が一つ。震えだした。

 二つ、三つ、四つ、五つ——その数は増えていく。


「なあ、てことはよ?」


 それは言うなれば、警鐘であった。


「俺たちもここから逃げた方がよくね?」


 突如として天地がひっくり返ったような衝撃と浮遊感が三人を襲った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 気がつけば暗闇の中だった。

 目が見えなくなった。というわけではないと思う。恐らく本当に真っ暗なだけ、背中をべったりと付け、全身の体重を地面に預けていることから仰向けであることが分かり、臭いは——


「くっさ!」


 思わず飛び起きて鼻をつまむ。腐敗臭のようなそれでいて生臭いような、なんとも言い難い異臭が立ち込める空間にリアムはいた。

 手探りで何かに触れようとするも、手のひらは空を切るばかりであった。


「……なんだここ?」


 頭でも打ったのか、直前の記憶が曖昧になっている。

 森に到着して、エイプの群れに襲われて、それで


 ——それで、どうしたんだっけ?


「おーい! 誰かいるかーい!?」


 はっとなって顔を上げる。

 暗闇の向こうから淡い光が近づいてくるのが見える。

 暗闇側からなら明るいところはよく見える。白衣を着たあのオレンジ色のポニーテールの少女は、


「アルヴァさん! 無事だったんですね!」

「その声は、リアム君だね!」


 アルヴァはリアムを認識すると、光を持ったまま駆け寄ってくる。

 二、三歩程度の距離まで迫ったところでその光は彼女の持つ大きめの試験管から放たれているのが分かった。


「やーよかったよ! 一人じゃ心細くってさー!」

「本当に無事で良かったです! ……ってその試験管は?」

「ん? あーこれはね。探索用に僕が持ち歩いてる混ぜると発光する薬品さ! 一滴で一時間。消えるたびにもう一滴入れればまた一時間使えるのだ」


 得意げに言うアルヴァを尻目に素直にその技術に関心を寄せる。


「そんな便利な道具があるんですね……冒険者市場でも見たことありませんよ」

「お父さんの工房で働いてる魔術師の人が作ってる特注品だからね。作る際に魔術が必要だからあまり数もないのさ。僕は魔術師じゃないしね」

「なるほど、いわゆる魔工品(マギア)ですね」

「うん。他にも魔工品は持ってるんだけど、消耗品だからね。あまりおいそれと見せるわけにはいかないよ?」

「いやいやいや、大丈夫です! そんな貴重なもの一度見れただけでも十分ですよ!」

「あっはっは! 一度だけって! そりゃ流石に謙虚にもほどがあるよ! なんせ……」


 アルヴァは輝く試験管を掲げる。

 リアムもそれに反応して視線を周囲へ移し始める。今まで暗闇だった空間が晴れ、光が満たし始める。

 地面が見える。

 壁が見える。

 天井が見える。

 それら全ては同色、ピンク色。……もっと直接的な言い方をしよう。


「これは……!」

「分かるかい? そう、ここは魔物の体内……」


 肉の色だった。


「僕たちは巨大な魔物に食べられてしまったんだよ」

「食べ……られた」

「そ、だから僕も君に守ってもらうばかりじゃなくなる。こうなってしまったからには魔工品の使用は遠慮しない。意地でも抜け出してやるさ」

「……す」


 吐き出すようにその言葉は出た。


「すみません!!!」


 大声でその謝罪は行われた。

 周囲の肉の壁はそれを吸収したおかげで、周囲までには響かなかったが。


「と、突然どうしたんだい?」

「僕のせいです……アルヴァさんの身の安全を確保をするのが依頼のはずなのに、こんな状況に晒してしまって!」


 深々と下げられた灰色の頭からはつむじが見える。

 目をパチクリとさせて呆気に取られていたアルヴァだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、話す。


「そんな思い詰めることはないさ。まさか魔物に飲み込まれるなんて誰も想像してなかったんだからさ。むしろ、研究者の端くれとしてはこういう貴重な経験は願っても無いことなんだよ?

 だからさ、顔を上げておくれよ。せっかく二人なんだ。二人で抜け出す方法を探そう!」

「あ、アルヴァさん……」


 リアムは頭を上げるとそのまま後悔を払拭するように左右に振る。


「はい! 一緒にここから出ましょう!」

「おう! さあ先ずはどこへ進む? 右かい? 左かい? それとも上か下かい?」

「前か後ろって選択肢はないんですね……」

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