初依頼と僕っ娘
「それでは冒険者証をお預かりしますね」
再びオフィスへと戻ってきたリアム、今度はウィルフレッド付きで。
これで依頼が受けられる! と思ったのも束の間。なんとウィルフレッドの冒険者証は二年間更新がされていなかったため、依頼を受けるには今一度更新する必要があることが明らかになった。
要するに、依頼を受けるにはまた暫く待つ必要が出たということだ。
「いやそんな不貞腐れんなよ」
受付から戻ったウィルフレッドを尻目にオフィスから無料で提供されてるドリンクをストローで、ズココココと吸いながらリアムは虚空を見つめる。
「空になってんじゃねぇかよ……」
「まさか冒険者証の更新がされてなくて依頼が受けられないなんて思ってもいなかったです……」
「そりゃ二年間依頼を一つも受けてなかったからな!」
「誇らしげに言えることじゃないですよ全く……」
はあ、とストローから口を離してため息。
受付嬢の話によれば二年も更新していなければ、二年分の依頼遂行の実績を記録から調べ上げて反映する必要があるらしく、下手すれば日を跨ぐことになるらしい。が、
『ギルバート・ローグ様。二番までお越しください』
そうアナウンスが鳴った。彼が冒険者証を渡してなんと三十分も経っていない。
その早さたるや。まさに動かぬ証拠。
――本当に二年間働いてなかったんだなこの人……。
時間がかからなかった安堵と共に内心で呆れていると、再び受付からウィルフレッドが戻ってくる。その左手には赤い地のカード。
「あれ? ウィルフレッドさんの冒険者証って白じゃありませんでした?」
「ん? ああ、ランクが少し変動してな。まあ、中身はほとんど変わってねぇよ」
それより……、と続けながら、右手に持った羊皮紙をウィルフレッドは突きつける。
「依頼、受けてきたぞ。護衛依頼だ」
「――!!」
弾かれたように立ち上がり、キラキラと少年の目が輝き始めた。ようやく、ようやく、と体を震わせ、鼻息を荒くしながら依頼書をこれでもかと凝視する。
「おおぉおおぉおお!! 一体、一体どんな依頼ですか!? 行きましょう! 遂行しましょう! 完遂しましょう! 今、直ぐにでも!」
「待て待て待て待て、初仕事で張り切るのもわかるがそうがっつくな。それと今直ぐは無理だ。仕事は明日の朝からだ」
少年を制止しながら、実に落ち着いた対処をウィルフレッドは決行した。
「え、明日ですか?」
「ただの調達依頼じゃなく、依頼主が付いてくる護衛依頼だからな。あっちが要望する日付に合わせるのさ」
「外界に一般の方が趣くんですか? 調達も全部冒険者に任せた方が……」
「許可が下りれば一般人でも外界へは出れる。こういった護衛依頼は大抵、専門知識が必要だとかそういうやつだな」
見ろ、と依頼書を差し出す。一瞥しなるほど、とリアムは頷く。
依頼主の氏名はアルヴァ・ホロウェル。
依頼内容は北東部の森林地帯での数種類の植物の採集。用途は薬の研究・開発うんぬんと記されている。
外界の植物の中には引っこ抜いただけで毒素を発生させたり、触っただけで皮膚が酷い炎症を起こす等、食さずとも危険な植物が存在すると冒険者育成学校でも習った覚えがある。
依頼者が目標としている植物はそう言った類のものなのだろうとリアムは察する。しかし、触れるだけでも危険な植物を用いて薬の開発を行うとは、毒を持って毒を制すとはよく言ったものだとヴィクターは一人感心する。
「なーに一人で頷いてやがんだ気持ち悪りぃ。こいつの難度はCランクだ。本来新米のお前じゃ受けらんねぇんだからな」
「ははは、はい! ありがとうございます!」
「集合時間は明日の六時、場所は北門だ。…………随分と早い時間だな」
ビシッ、と軍人さながらリアム敬礼を決める。
「了解しました!!」
起きれっかな……。と誰かが呟いた気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――早朝。
暁が出でると共にボサボサ灰色頭のリアムは集合場所に到着する。現在時刻――五時半。
早起きな小鳥たちの囀りが、薄い朝霧混じりの冷えた空気の中で心地よく、軽やかに響いている。
「……は、早く来すぎたかな」
そわそわと落ち着かない様子で周囲を見回す。
テウルギアの北の出入り口。呼び名はその役割の通りの北門。
都市全体を囲む城壁の四方に空けられたアーチ状の門には二十四時間交代で常に門番が張り付き、出入りする冒険者をチェックしている。
「や! 新人冒険者かい?」
キョロキョロと絶えず首を回していた挙動不審の少年に若い門番が歩み寄って、爽やかに挨拶。
「あっ、はっ! は、はははははは」
突然の呼びかけに振動を始めるリアム。
「はっはっはっは! 最初は誰しもが緊張するものさ! 大丈夫!」
ビシッ! と爽やか門番は歯を見せながらサムズアップ。
「先輩冒険者が君を守ってくれるさ!」
「は、はぁ……」
濁りなき爽やかスマイルに圧倒され、気圧される。
そして、門番はリアムと顔を合わせながら、その向こう側に徐々に大きくなってくる影に気がついた。
「おっと? お仲間じゃないかい?」
「え?」
門番の視線につられてリアムは振り返る。
朝霧でぼやけた景色の向こう。背中に大きな鞄を背負った人の影が迫っているのが見えた。
暫く観察していると、あちらの方がこちらに気づいたのか、手を振って大声で呼びかけてきた。
「おーい! 君が依頼を受けてくれた冒険者かーい!?」
凛と高い声とはっきりと見えるほどにまで近づいてきたことによって、その影が女性だったと言う確信が持てた。
また、やや待って。その身を覆い隠すほど大きなリュックを背負った少女がリアム達の前に立ち止まって、やっ! とノリの軽い挨拶をした。
「僕はアルヴァ、アルヴァ・ホロウェルだよ! 君が護衛依頼を受けてくれた冒険者だよね?」
オレンジ色のポニーテールを揺らしながらところどころが煤けた白衣の少女――アルヴァはそう自己紹介をした。
きょとん、としてリアムは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「あ、え? あの女性の方……ですか?」
少女もクエスチョンマークを浮かべて、察しがついたようにそれをピカッと光らせる。
「ふっふふーん? さては君、名前で僕を男だと判断したねぇ?」
「ええ!? あ、いや、その……」
――どうしよう。一人称で判別できない!
「いいっていいって、実際ふっつーにこれ男の名前だしー?」
あっはっはっはと底抜けの明るさで笑いながらアルヴァは語る。
曰く、本来なら「アルマ」という名前だったところを父親が出生届を書く際によそ見をしてスペルミス。「ま、いっかー!」と、それをそのまま使われたらしい。
親も親だが、それを全く気にしない子も子である。
「いやしかし、頼りない冒険者が来たもんだねー!」
否定できない評価にぐぐぐと方頬を引きつらせる。
「いえいえ、確かに新米冒険者ですが、しっかりと護衛させていただきますよ!」
「あははは! 威勢がいいねぇ! 期待してるよぉ!」
「任せて下さい! ……と言いたいところですが」
「ん? 何か問題かい?」
「いえ、もう一人護衛が来るはずなんですけど……ウィルフレッドさん遅いな」
なんだかんだで既に時刻は午前六時を回った。集合時間を過ぎてしまっている。
呆然として待つ中で、突然あ、そういえば! と門番がわざとらしく左手のひらの上に拳をポンと置いた。
「昨日の夜中に門の上で寝てる人がいたよ!」
「はぁ!?」
すぐさま了承を得て、門の上。見張り塔へと続く階段を駆け上がる。
門の両サイドに設けられた円柱状の小さな塔。その屋上が見張り台としての役割を果たしており、朝焼けと共に霧が晴れ、外界への道が広がっていくのが見て取れた。
これは過酷な世界に続く地獄への道。人類を拒んだ領域。
そうと分かっていても、この自然の美しさばかりは否定できないものがある。
――って、そうじゃなくて!!
見るのは見張り塔の直ぐ横。北門の屋根であり、見張り塔からすれば向こう側の塔に繋がる橋。
そのど真ん中で、
「グーガーズィーズズズッスピー……」
色んないびきを立ててその男は寝ていた。
「何してんだあんたぁ!?」
ブォン! と凄まじい風切り音を出しながら、鞘ごと腰から引き抜いた剣を眠っている男に向かって投げつける。
見事顔面にヒットした剣の活躍により、ウィルフレッドは目を覚ます。
「ふっごあ!? いって!」
悲鳴を上げながら飛び起き、手に取った剣をそのままリアムに投げつけて、返す。
「何しやがんだてめぇ!?」
「それはこっちの台詞ですよ! 何でこんなところで寝てるんですか!?」
「ああん? そりゃアレだよ。寝坊しても大丈夫なようにだよ」
「だからって集合場所で寝るやつがあるか!? もっと別の改善策あったでしょ!? っていうか寝坊するな!」
「あーもう、うるさいうるさい。そんな細かいこと気にしてるから大凶作だのなんだの言われるんだよ」
「いや、全然関係ないし。適当に人の傷を抉りにかかるの止めてくれませんかね!?」
と喚き合う二人に割って入るのは、
「お二人さーん、口喧嘩はそこら辺にしといてそろそろ出発しないかーい?」
他でもない依頼人のアルヴァ・ホロウェルだった。
一時顔を見合わせて、リアムは登ってきた道を戻って、ウィルフレッドはそのまま飛び降りて集合場所に集った。
その様子を見終えるとアルヴァは両手を腰に当てて、さてっ! と一言を置いた。
「これで全員集合なわけだ!」
「すみませんアルヴァさん。時間を取らせてしまって……」
「いーよいーよ! 賑やかなのは僕も好きだしね!」
「そ、そうですか」
「んじゃ……」
人差し指を立てて、ニッと少女が歯を見せて笑った。
「向かいながらでも、改めて仕事の話をしようか!」