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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第一章〜テウルギア編〜
6/35

オフィス

 魔物が蔓延り、ドラゴンが支配するこの世界に置いて、人類に残された唯一の安寧の地とされる都市——テウルギアには『冒険者』と呼ばれる職業が存在する。


 テウルギアは巨大な魔術による障壁により魔物やドラゴンの侵入を阻み、その内部でのみ発展して行った謂わば箱庭とでも呼べる都市である。故に、都市内部で得られる資源には限りがある。

 それを解決する手立てとして、都市の外部——外界へと繰り出し、資源を調達することを生業とする職業が自然と作られた。

 それが冒険者である。


 彼らは個人や組織からの依頼を受けて外の世界へと繰り出し、ノルマを達成することで報酬を得ている。

 そして、依頼遂行のため冒険者が集い、互いに協力し、利益をなすようにした組合を『ギルド』と呼称し、現在、テウルギアには幾つものギルドが存在している。


 ギルドには大きく分けて四つの区分がある。

 まず、外の世界から資源を調達する『調達(コレクター)ギルド』

 次に、魔物を討伐し資源調達の安全を確保する『討伐(ハンター)ギルド』

 そして、未開の地へと赴き現地の探索をする『探索(シーカー)ギルド』

 最後に、例外的にテウルギアに置ける統治組織である『機関』が公的に設立した特殊な仕事を請け負う『特務ギルド』

 以上の四種である。


 例を挙げるならば『オフィス』は特務ギルドに分類されるギルドである。

 受付、窓口とも呼ばれ、日々冒険者宛に送られてくる依頼をオフィスが受け取り、仕分けし、冒険者やギルドへと渡す。

 依頼者と冒険者の仲介を行うギルド。それがオフィスである。


 そんなところを今日リアムが訪れたのは、他でもないウィルフレッドが依頼を受けて来いと指示したからである。

 で、


「申し訳ございません。Dランクの依頼は現在もう残っておりません」


 長く艶やかな黒髪を垂らしながら、受付嬢は謝罪の言葉とともにカウンター越しのリアムに向かってペコリと頭を下げた。

 そして、両手指先でカウンターの上をつつつと滑らせて丁寧にリアムの冒険者証が返却される。


「そ、そうですか……」


 力無い返事と共にリアムは返却された自身の冒険者証を手に取る。

 緑色の地のカードに刻み込まれたDの文字。それを眺めて少年は深くため息を吐く。


 冒険者にはその実力と実績を図るためにランク付けがなされている。

 ランクはDから始まり、C、B、A、Sと上がっていく。


 オフィスでは、この冒険者ランクを指標に依頼に同名の難易度を設定し、冒険者が無謀な依頼を受けることを未然に防いでいる。

 この場合、新米冒険者であるリアムのランクはDであり、Dランクまでの依頼しか受けることができない。


 そして、新米冒険者が多く排出されるこの時期、ギルドでは新米冒険者の育成のためにDからCランクの依頼を予めギルドで大量に受理し、ギルドメンバーに分配していく。

 つまり、この時期はギルドに所属しないフリーの冒険者、取り分けDランク冒険者が受けることのできる依頼は非常に少ない。


「せめて高ランクの冒険者の方の同行があれば、Cランク以上の依頼でも紹介することができるのですが……」


 困り顔で受付嬢は話す。


 ——失敗したぁ……。


 ウィルフレッド(ランク不明)が付いて来てくれれば恐らくその条件を達成することはできただろう。

 自分で目標を語ったことで鼓舞されて舞い上がっていたのか、無所属の新米冒険者に受けられる依頼がないことなど少し考えれば分かったことだろう。と少年は後悔する。


「すみません。出直して来ますね」

「はい、またのお越しをお待ちしておりますね」


 互いに苦笑いを交わす。その受付嬢の優しさがリアムの心に妙な罪悪感を植え付ける。一方で少年の苦労を悟っていたため、受付嬢もそれは同じだった。


 ちなみに、リアムを促したウィルフレッドはDランクの依頼が残っていないことなど分かりきっていた。


 ペコリと一礼。踵を返してオフィスを後に——


「えー! なんでダメなんだよぉ!?」


 素っ頓狂な声がオフィスの施設内に響く。

 思わず、リアムは声のした方向を向くとそこには全身を黒いコートで包みながら、白い仮面を付けて一切の風貌を外に出さない謎の人型生物がいた。


「ですから! ギルドの設立はギルドマスターがBランク以上であることが絶対条件なのです! Dランクの貴方ではギルドは作れません!」


 その真っ白な仮面に対峙した眼鏡をかけた強面の受付嬢は厳格に物申す。

 ギルドの設立は特務ギルドであるオフィスに申請することで完了する。

 その条件は実にあっさりとしており、ギルドの長たるギルドマスターの冒険者ランクがBランク以上であれば、実績・構成人数はほとんど問わずにギルド設立は受理される。

 これは冒険者間では当たり前も当たり前、常識である。


 しかし、あの仮面。それを知らない上、最も下位ランクである新米(Dランク)冒険者の身でギルド設立を企てようとは、


 ——よほど自信があるのか……いや、馬鹿なのか……。


 カウンターを挟んで、バチバチと火花を散らしている強面受付嬢と仮面を暫し観察した後、本来の目的を思い出してリアムはカフェ・クロウスに戻る。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ねぇ、あなたはどう思う?」

「どうって何が?」


 カウンターの上で退屈そうに頬杖を付いているダミアンに対して、グラス片手にウィルフレッドは冷たく返す。


「リアム君の言う恩人よ。ハイネ・ニーロ」


 ああ、と興味なさげに短く相槌を打つ。


「まあ、妙だとは思ってる」

「あなたも聞いたことないんでしょう? そんな名前」

「さっぱりだな」

「魔術の特徴もリアム君の言う通りなら相当な実力者よね。その人」

「貫いた対象を凍らせる槍を何十本も生成する魔術……か、そんなもんがあるならAランクはくだらねぇな」


 三杯目のカルーアミルクを口に注ぎ込んで、半目になってウィルフレッドは答える。

 なんだかんだで二人はむむむ、と一緒になって思考を巡らせ、唸る。

 考えれば考えるほどハイネ・ニーロという人物の姿が見えないからだ。


 まず、リアムが住む村がドラゴンによって滅ぼされ、そこを通りすがった。

 実はこの時点で少しおかしい。

 外界は魔物が蔓延り、ドラゴンが支配する人類には厳しすぎる世界だ。

 ほんの少しの人間が集まって極小規模の村、集落ができること自体が珍しく、「なくはない」と言った具合に語られる程度である。

 そして、そんな極限状態に存在する村を冒険者が見つければ当然、テウルギアへの移住を提案するし、テウルギア自体も外界からの入居者は快く受け入れるようにされている(実際に行われた例は少ないが)。

 つまり、リアムの故郷は少なくとも当時は誰も到達していない辺境の地にある。ということになる。

 そんな中で、


「たった一人。通りすがりの冒険者……か」


 ポツリとウィルフレッドの口から溢れる。

 それを聞き逃さずにこくりと頷くダミアン。


「只者じゃないわね。未発見の村を見つけるとなれば十中八九ハイネ・ニーロは探索者(シーカー)

「探索者は確かに少数精鋭を好む奴らが多いが、流石に単独で行動する馬鹿はいねぇ」

「もしかして……全滅した?」

「可能性としちゃ考えられるな。未踏の地でドラゴンと遭遇戦、戦場は……あいつの故郷」


 納得したようにダミアンはゆったりと首を縦に降る。

 口に出して言うものだ。少しずつ掴めてきたような気がする。


 ハイネ・ニーロは探索者で探索先で村を発見同時にドラゴンと遭遇して村は壊滅、仲間も全滅して、生き残った自身とリアムを連れてテウルギアに戻った。

 なるほどなるほど、


「でも——」

「ああ、そんな話。俺も聞いたことがない」


 探索者が集う探索(シーカー)ギルドは、最も危険な依頼を請け負うギルドだけあってその数は非常に少ない。

 しかし、冒険者の活動できる幅を広げるためには必須の役割でもあるため、冒険者からも機関からも非常に重宝されている。


 故に探索ギルドが一つ全滅したなどという話が出れば、冒険者界隈にはそれ相応の衝撃が走る。

 だが、リアムがこの街に来たという十年前から現在に至るまでにそんなものは——なかった。

 再び、むむむむむ、と二人は唸る。


「ただいま戻りましたー!」


 沈黙を破る、屈託のないあっけらかんとした声が人気のないカフェに響いた。

 オフィスからリアムが帰って来たのだ。


「あら、おかえりリアム君」

「意外と早かったな」

「いやー、それがですね? 僕が受けられる依頼が残ってなかったんですよ」

「そうかそうかそりゃ残念だったな」


 そりゃそうだろうな。とウィルフレッドは心の中で下卑た笑みと共に続けた。


「なのでウィルフレッドさん付いて来てください! それなら依頼があるっぽいので!」


 唇と尖らせ、歯を噛み合わせ、眉間に皺寄せて「心底嫌」というタイトルの作品を顔面というキャンパスにこれでもかと表現する。


「ほらほら、いい大人がそんな顔してないで、久しぶりに働いて来なさい」


 リアムに乗っかってダミアンも催促し始める。

 首をギギギ、と錆びたブリキの玩具ように回して表情そのままにダミアンの方を向く。


「顔戻しなさい顔。あんた貯蓄はあるとか言ってるけど、いつまでも無職(ニーランク)冒険者で居られるほどじゃないでしょ?」

「行きましょうウィルフレッドさん!」


 やや暫くブリキのウィルフレッドさんは保持され続けたが、結局、根負けして付いて行くことになった。

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