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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第一章〜テウルギア編〜
4/35

凶作の時もあれば豊作の時もあるわけで

 一瞬の沈黙が流れた。そして、開始を告げる号令のように赤い男の初弾が放たれた。

 その弾道は寸分の狂いもなく標的の眉間を貫かんとしている。

 が、眼前に捉えていたはずのウィルフレッドの姿が、消えた。


「なに!?」


 次に男が姿を捉える頃には、既に肉薄した距離にまで迫っていた。

 上段に構える。ウィルフレッドの必殺圏内。


「そらぁ!」


 雄叫びと共に振り下ろされる白銀の一閃。男は反射的に長いバレルを利用しそれを受け止める。

 強力な弾丸を射出する故に特別頑丈に設計されている銃身は、なんとかその一撃を凌ぐが、刻まれたダメージを決して小さいものではない。


「よお、今ので銃身曲がったんじゃねぇか?」


 下卑た笑みを浮かべながら、空いた左手を弄ばせてウィルフレッドは問いかける。

 バックステップで距離を取り、拳銃の様子を確認する。漆黒のバレルの中に入った一筋の歪み。ウィルフレッドの言う通り銃身が少々歪んでしまっているようだった。


「どうやら只者ではないらしい。それに今の動き、貴様も魔術師か」

「そう言うってことはお前もそうなんだなっ!」


 再び目の前からギルバートの姿が消え、間合いを一瞬で詰める。が、刀を振るより早く。銃口が眉間より数センチのところに届いていた。


「甘い!」


 赤い双眸を光らせ、冷たく言い放ちながら引き金を引く。

 咄嗟に身を捩り回避行動をとる。

 放たれた弾丸が鼻の上スレスレを通って行き、孤児院の壁に着弾した音が響いた。

 迅速に体勢を立て直して、次はウィルフレッドが間合いを保つ。


「おいおい、今さっき壊したはずだろ?」

「そう言うことだ。まさか、避けられるとは思わなかったが……」


 赤い男が構える巨大な拳銃をじっくりと観察する。やはり、とその銃身にはさっきまであった筈の傷等の一切が見当たらない。


「物を直す……ってところか? はっ、便利な魔術だな」

「さあ、どうかな?」


 赤い男は懐に手を入れ、もう一丁の拳銃を取り出して両手にそれぞれ持ち、平行に構える。


「……おおう。マジかよ」

「貴様の魔術はもう見慣れた。次は当てる」


 苦笑。


「……マジ?」


 三度、眼前からウィルフレッドの姿が搔き消える。

 しかし、二度目までとは違い、赤い男は拳銃を構え発砲する。


「貴様の魔術は高速移動……。初速が速いために時間を要したが、その程度の速度、もう見切れる!」


 巨大な拳銃を二丁交互に連射する。その一発一発が向かう先の家々の壁を貫いていく中、そこに散る少量の血液が、徐々にウィルフレッドの心の臓にまで届きつつあることを証明していた。


 ——ちっ! 言うだけはあるな!


 遂に確信を持って一弾が放たれる。

 高速で移動するターゲットが駆け抜けるルートを予測し、弾道と重なる座標を完璧に計算。

 ほんのコンマ一秒にも満たない超高速の世界の中で、ウィルフレッドと弾丸とが衝突——


「甘いのはお互い様ってな」


 突如、深く屈曲した軌道で方向転換を行い、ウィルフレッドは弾丸を回避した。


「なんだと!?」


 驚愕する赤い男を尻目に速度をそのままに一切の減速を行うことなく、連続して鋭角に方向転換しからかうように翻弄していく。それでも、二丁拳銃を駆使し、視界に捉えられる限りの影を追って応戦。

 そして、去り際に入れられる一閃が、男の脇腹に斬り払った。


「ぐうっ!」


 短く悲鳴を上げ、斬られた脇腹を手で庇いながら体勢を低くする。

 ギリギリで回避できたため、致命傷には至らなかったが、切り開かれた赤い塗られたローブから覗く滴る血液が赤い布をじわりじわり、とより赤く濡らしている。


 高速移動の余波により、夜闇の中に砂埃が巻き上がる。月明かりすら頼りにならなくなった夜闇の向こうで、赤い男はウィルフレッドが止まったのを感じ取った。


「なるほど……どうやら、俺が想像していたより遥かに多くの式を書き換えられるらしい。甘かったのは俺の方か」

「よく言うぜ。てめぇの魔術もただ武器を直してるだけじゃないのはもう分かってる。ったく、装弾数どうなってんだこの野郎」


 口をへの字に曲げて半目で語るウィルフレッドを見てふっ、赤い男はほくそ笑む。


「残念だ。貴様のような強者とは正面から戦いたいものだが……生憎、時間がなくてな」


 言ってる意味がよく分からず、軽く首を傾げた。


「人質がいる」


 その一言にはっと目を見開き、孤児院の方に視線を移す。

 まさか、と鋭く流し目で赤い男を睨む。


「このような手段は俺も本意ではない。が、こちらも仕事でな」

「てめぇ……」


 ギリリ、と歯を鳴らし、金色の眼光を研いだようにより鋭く、眉間に皺を深く刻む。

 が、孤児院を見やった時、何かに異変に気づき、直ぐに表情を崩して——ニタリと不敵な笑みを浮かべて見せた。


「……何がおかしい?」


 暗闇の中で赤い双眸を煌めかせて、男は問いかける。

 その反応を嘲笑するかの如く、にいっと歯茎まで見えるほどに口角を上げる。


「てめぇら、どうやら眠れる獅子ってやつを起こしちまったようだぜ?」

「なにを……」


 ゴツン、ゴツン……、力強い足音が怒気を含んだものだと言うのは聞くだけで察することができた。


「お前が……首謀者か?」


 直後に届く少年の声。ゆっくりと赤い男は視線を移す——孤児院の前に立っていたのは、知らない灰色頭の少年だった。


「なんだと……?」


 予想外の事態に驚愕の色を隠せない。

 赤いローブの集団がアイリーンを連れ出すために初めに孤児院に強襲を仕掛けた人数は四人。左右の部屋にそれぞれ二人を配置し、孤児院の子供を人質としていたが、人質など顧みずに


 ——全て倒してきたと言うのか?


「リアム!」


 その少年の名前を呼びながら、アイリーンは駆け寄る。


「みんなは無事!?」


 こくりとリアムは頷く。


「大丈夫だよ。みんな無事さ」

「……! よかった……」


 深く安堵して涙ぐむアイリーンを見て苦笑するリアム。

 そして、歩を進めて彼女より前に立ち、視線を先ほどまで退治していた敵と同じローブを着た男に切り替えて、右手に掲げた剣を遠目から突きつける。

 その刀身には、一切の汚れがないことが見て取れた。

 一連の言動を行動を状態を理解して、ますます赤い男は顔をしかめて行く。


「獅子は盛りすぎかもしれないな。まだ爪も立てられない子猫か? だが、てめぇに噛み付くには十分なようだぜ?」


 くっと短く唸り、悔やむ。


「まさかこのような強者がいるとは……セイヴスの対策に気を取られ過ぎたか……」

「噂話は真に受けない方が利口だぜ? さあ、引くかい? 選ぶのは好きにするといいが……」


 ウィルフレッドもリアムに習って、刀の切っ先を突きつける。


「逃す気はないぜ?」

「無論。ここで引くつもりはない。俺一人でもやってみせよう」


 両腕を広げて、それぞれに銃口を向ける。ウィルフレッドもリアムも掲げた刃を下ろし、改めて構える。

 一瞬の沈黙。

 三者は同様に頰伝う汗が地に落ちるこの僅かな瞬間が何分何十分とも錯覚する。そして、沈黙は破かれる。


「はーいそこまで」

「!?」


 どこからともなく加わった一声によって。


 四人は一斉に声のした方向を探る。一番早く発見したのはアイリーンだった。


「あ、屋根の上!」


 ウィルフレッドたちも続けて、少女が指差す屋根の上を見上げた。

 そこにはまるでくさい演出でもするかのように月を背にして影が腰を下ろしていた。

 その影もまた襲撃者たち同様、赤いローブを見に纏い、放り出した長い裾を夜風に弄ばせている。


「タイムアップだよ。デュリオ君」

「バーンハード……何をしに来た……?」


 高みから見下ろし戯れて指示を出すその影に、嫌味ったらしさ全開で赤い男——デュリオは問う。

 ふう、と短く息を吐き。影は肉体を赤いローブを纏った黒い霧に変質、重たい煙のように地面に降りた後に再び人の姿を形成する。


「これ以上の交戦は無意味だよ。住宅街のど真ん中で爆発が起きたおかげで予定よりセイヴスの到着が早い。あと数分もしないうちに小隊……いや中隊規模で駆けつけてくるはずさ」


 デュリオはその報せにフン、と鼻を鳴らす。


「だから爆弾教の兵など使いたくはなかったのだ」

「おいおい、今さっき逃す気はないって言ったろ? なに帰る気満々なわけ?」


 二人の会話にウィルフレッドが割り込んだ。


「機関の奴らが来るって言うなら好都合だ。てめぇらとっ捕まえて報奨金でもなんでもふんだくってやるぜ」

「それ、全額孤児院の修繕費にさせて貰いますよ」


 それに口を挟んだのはリアムだった。


「ああん? ふざけんな!」

「ふざけんなはこっちの台詞です! こっちは正真正銘被害者なんですよ!」


 がなり合う二人の尻目にして、深く長く影はため息を吐いた。


「なんでもいいけどさぁ、とにかく僕たちはここでお暇させていただくとするよ?」

「させるわけねぇだろ!」


 影は再び黒い霧に肉体を変質させ、デュリオを取り込む。すかさず、ウィルフレッドは刀を投擲する。

 黒い霧を白銀の刀身が切り裂く。が、霧は分散しながらも上昇して屋根の上まで到達、否、戻った。

 刀を投擲した箇所には、当然のように壁に刺さった刀しかない。


「クソ!」

「僕の魔術、逃げるとか、避けるとか、そう言うのに向いてるんだよねぇ」


 黒い霧の姿のまま、どこから出しているものかもわからない声が聞こえてくる。

 ウィルフレッドは瞬発的に加速して刺さった刀を回収。そのまま壁を伝って屋根にまで到達し、斬り上げる。


「あっはっはっは、効かない効かない!」


 黒い霧は刃が通った箇所だけが僅かに揺らぐだけに終わった。


「では、さよならだ」


 霧の向こうで影が微笑む。そして、右手のような形を取った霧の一部が手を振った。と思えば、突如として霧の中心から弾丸が二発放たれる。


 ——しまっ……


 たと、思い切る間も無く弾丸はウィルフレッドを襲う。咄嗟に初弾を抜き身の刀で弾くことに成功するも二発目が脇腹を掠る。

 ダメージはそれほどでもなかった。しかし、突然のことに思考が停滞したウィルフレッドは体勢を崩しそのまま屋根から落下する。

 石畳の地面に背中を強打し、がはっ! と肺の中の空気が無理やり押し出される。


「トドメは刺さない。感謝したまえよ?」


 嘲笑うように黒い霧はその様子を確認してから、夜の闇の中に溶けた。

 不気味で陽気な笑い声を木霊させながら。


「ちくしょうが……」

「ウィルフレッドさん!」


 アイリーンが叫びながら駆けつける。リアムも一歩遅れて来る。が、二人の心配をそっちのけにウィルフレッドは何事もないように立ち上がった。


「だ、大丈夫なんですか?」

「ああ、この程度なんてことねぇよ」


 自身の脇腹を軽く摩る。ヌルッと油を触った感触が来たと思えば、手を離して顔手前まで持って来た頃にはパサパサに固まりかけている。すぐに指先を擦り合わせて付着したそれを落とす。


「傷も浅い。ったく久々の戦いで鈍ってやがるな」


 後頭部をボリボリ掻きながら口惜しそうに言い捨てる。


「……なんで僕たちを助けてくれたんですか? 帰る途中で襲われたのなら直ぐに逃げればいいのに」


 リアムが問いかける。ああん? とガンを飛ばして、あー、と伸ばしてから、


「あれだ。……迷惑料みたいな?」


 眉間に軽く皺を寄せながら答えた。

 その回答に少年少女は顔を見合わせて、ほぼ同時にぷっ、と吹き出す。


「な、なんですかそれ?」

「め、迷惑料ですか。あ、ありがたく受け取りました」

「んだよ! わりーかよ!?」


 震える声で話す二人に向けてウィルフレッドの怒号が放たれた。

 クスクス、小さな笑い声が木霊する。腰を低くしてがなったウィルフレッドもその様子に怒気を抜かれて、ほくそ笑んだ。


「まあ、お互い無事で済んだんだ。セイヴスの奴らもすぐ来るみたいだし、事後処理は全部丸投げしちまえ」

「ウィルフレッドさんはどうするんですか?」

「生憎、報奨金は欲しいが機関の連中と関わるのは好きじゃなくってね」


 肩を竦めて言う。そして、右足でダンッ! 地面を強く踏み鳴らした。


 ——え!?


 二人の視界から突如としてウィルフレッドの姿が消える。キョロキョロと辺りを見渡して、ほぼ同時に二人はその姿を再び捉えた。


「俺は早々に帰らせて貰うぜ」


 ギルバートは上空を浮遊していた。屋根を遥かに超えた高度からじゃあな——と声が届いたのと同時に瞬発的に加速したウィルフレッドは姿を消す。


「ひ、飛行魔術……!?」

「な、なんだか凄い人ね……。とても下から二番目(ブービー)だなんて思えないわ」


 二人は唖然としてしばらくの間、共に夜空を見上げていた。


 そして、少年は確信する。あれが、あの男が、『伝説の七十期生』とまで言われたクーヴレール卒の冒険者の一人なのだと。

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