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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第二章
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泣いている

「私から話せるのはここまでよ」


 話の終わりは嘆息ひとつで締められた。

 ゴクリ、レイチェルは生唾を飲む。


「そ、それでお兄さんはどうなされたのです?」

「つい最近までは行方も掴めていなかったわ。リアムと接触したのを境にまた冒険者業を始めたみたい」


 ぐっとティーカップを握るヴィオラの手に力が入る。


「私は……お姉ちゃんを殺して逃げたあいつが許せない……!」

「でも、その機関からもお咎めなしということはなにか理由があるということでは?」

「かも知れないわね。でも……それでも私はあいつが憎いんだ……! なんでそんなに憎いのか、自分でも分からないほど!」

「……ヴィオラさんは隊長になられてから、ずっと一人で頑張っていたんですね」


 ふと、力のこもった手が緩む。しかし、どこか震えている。


「裏切られても、置いていかれても、お姉さんが残したものを守るために誰にも頼ることなく必死になっていたんですね。

 だから、自分を顧みる暇がなくって自分がなぜお兄さんをそこまで憎んでしまってるのか分からなくなってしまってる」

「……あなたには分かるの? なんで私がお兄ちゃんを憎んでいるのか?」


 レイチェルは席を立ち、ヴィオラの横に並ぶとそのティーカップを握る右手を両手で包み込んだ。

 自然、震えが止まった。


「ヴィオラさんは泣いています」

「私……泣いたことなんて……一度もない」

「いいえ、泣いています。ヴィオラさんはきっと勘違いしています」

「勘違い?」

「ヴィオラさんの心にあるのは憎しみではなく、きっと、悲しみ。お姉さんもお兄さんも一度に失ってしまってあなたは悲しんでいるんです。涙は出なくても、心は泣いています」

「そんな……! 私は! お姉ちゃんの仇を……!」


 ヴィオラはレイチェルの手を振りほどこうとする。しかし、力の籠らないその手は逆に引き返され、バランスを崩した少女の体は、もう一人の少女の胸で受け止められた。


「分かっているはずです。お兄さんがお姉さんを傷つけるような人ではないことを、なのに傷つけてしまったのは、なにか理由があるからだと」

「私は……! 私は……!」

「だってヴィオラさん、一度だってお兄さんの悪口を言わないじゃないですか。

 それっぽく嫌ってますけど、本当は大好きなお兄さんのままなんでしょう?」

「う、うるさい……!」


 レイチェルの見透かしたような言葉に異議を出す。

 だが、くぐもったその言葉には力がない。


「大丈夫ですよ。もう一人じゃないですから」

「誰がいるっていうのよ……?」

「リアムさんですよ。一緒に旅をするくらいです。なんだかんだ言って嫌いではないのでしょう?」

「うぐ……」


 クスッとレイチェルが笑う。


「本当なら私もついてると言いたいのですが……」

「……? どうしたの?」

「どうやら私はここまでのようです」


 コンコン、ココンと妙なリズムでドアがノックされた。


「追っ手!?」


 即座にヴィオラはレイチェルから離れて、ドアに正面から向かう。

 しかし、いいえ、と少女は首を振って制止した。


「ヴィオラさん、少し伝言を頼まれてくれませんか?」

「伝言?」

「先程こちらにいたデュリオ宛にです」

「……なんで自分で伝えないのよ?」

 

 時間がありませんから、と不器用な笑みを浮かべて少女は息を吐いた。


「『私はもう出られないかも知れない。だから、私のことは忘れて、自由に生きて』と伝えてください」

「待って!? どういうことよ!?」


 レイチェルはゆっくりと惜しむように歩き出して、ドアを開いた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「さて、ここからは私だけが知る南海峡解放戦の事実だ」


 ゴクリ、リアムは生唾を飲む。


「あの毒霧のドラゴンが落下するほんの数秒間だけ、私は奴に意識を乗っ取られた」

「意識を乗っ取る……?」

「そう、憑依とでも言えばいいか。私は奴に体の自由を奪われた」

「なるほど、だからウィルフレッドさんと交戦を……」


 ああ、とシャーロットは頷く。


「そして、結果として私は敗れて、この刀もウィルに託した。あの時はほんと終わったと思っていたんだがね」

「一体どうやって生還したんですか?」

「境界は知ってるか?」

「はい、ここまで来る時にも僕達はそこを通ってきました」


 それを聞くと豪快にシャーロットは笑う。


「はっはっは! よく生き残っていたものだな! まあ、私も人のことを言えた義理じゃないが……」

「まさか……!?」

「そのまさかさ、海に落ちた私は海中に発生していた境界に飲み込まれた。たどり着いたのはここから南東へ行った先の海岸。そこで私は拾われた」

「拾われたって……誰に?」

「テウルギアには教団の連中が潜入してただろ? それと同じようにいるのさ。このユースティにも機関から送られたスパイって言うのが。

 私はそいつに拾われて、今に至るってわけだ」

「そんな……機関はまだ教団の本拠地を見つけてないって話じゃ!?」

「それは嘘。ではない。正確には機関に所属するたった一人の人間が独断で潜入している」


 戦慄する。

 一度でも街で、教団の本拠地で追われる身となったリアムなら分かる。

 このユースティにおいてノーブル教団とはどれほど団結した集団なのかが。

 それをたった一人でかい潜ってスパイ活動をしているとは、一体どのような人物なのだろうかと。

 ポツ、天井から雫が垂れ落ちた。


「……シャーロットさん。雨漏りしてますよ?」


 シャーロットは天井のシミを一瞥して、大きく嘆息をつきながら椅子にもたれかかった。


「入るなら普通に入れ、スイレン」


 机に溜まった雫が揺れる。

 そして、ぷくっと膨らみを帯びて、それは人の口を象った。


「嫌やわぁ。さっきの話だとうちはシャーロットの命の恩人やろ? そんな邪険に扱わなくてもええやないの」

「しゃ、喋った!?」

「落ち着け。こう言うやつなんだ」

「ふふん、見たこともない魔術やろ?」


 得意げに笑ったその水は重力を無視して天井へと登る。

 同時に天井にあったシミは急激に湿り気を強くしたと思うと滴り落ちて、机へと落ちる。

 雫同士が重なり合って宙に浮かぶと、徐々にその体積は増して、そして、今度は人の形を象った。


「これはな? 自分自身の肉体を全部水に変える魔術なんよ。見た目より制御が難しくてな? 気を抜くとすぐ戻れんくなるんよ」


 そうして最後には黒い長髪の女性が机上に姿を現した。

 声色と同じように、その出で立ちは自信を持っているようで、得意げに笑みを浮かべている。


「あ、あなたは!?」


 しゃなり、と両膝をついてどこか気品のあるお辞儀をして、見慣れない——一枚の布で織られたようなゆったりとした服装の女性は、独特な訛りを持って話す。


「ご紹介に預かりはりました。うちの名前はスイレン。テウルギアでは原理委員会(プロビデンス)(ウォータ)やっとります」

「ぷ、原理委員会!?」


 聞きなれない訛りに衝撃的な言葉を織り交ぜてきた。

 口元を隠しながらリアムの反応をスイレンは愉快に笑う。


「ほっほ、驚いたやろ? うちら滅多に表には出んからなぁ。お互い、顔も合わせたことないし」

「ど、どうしめ原理委員会がこんなところに……」

「こんなところにとはなんや、こんなところとは。教団の本拠地やで? 一人二人スパイが入り込んでてもおかしないやろ」


 それはそうですけど。どこか不服そうにリアムは後頭部をかく。


「うちの目的はな? 教団を統括する四葬司教(フォーグレイヴ)、その一人をこの街で打つことや」

四葬司教(フォーグレイヴ)……」


 想起する。

 クーヴレール競技祭で出会ったあのサブリナと名乗った女のことを。

 奴は自身を教団を指導する者だと言った。

 凄まじい魔術の使い手だった。アレと同程度と思われる魔術師がこの街に滞在していると言うのか。


「その顔、あんたも四葬司教には出会ったことがあるみたいやな」

「はい、確か爆弾教サブリナ、火葬を司るとかなんとか」

「爆弾教サブリナ、あいつの思想は単純明快、破壊そのものや。全てを壊す、ただそれだけ」

「あの、それと同時に奴は……」


 口籠る。


「なんや、はっきりいいや」

「奴は原理委員会の(ファイア)を名乗っていました」

「……はぁ、火の席は最近まで空いてたからなぁ」


 嘆息し、うなだれるスイレン。


「状況は、私達が思うより早く進行しているらしい」

「あの、どう言うことなんですか?」

「教団はな、機関を内側から潰すつもりなんよ。始まりはあの男や」


 あの男。という曖昧な言い方に首を傾げる。


「原理委員会の(エア)のことだ。奴の正体は食屍(しょくし)教エンリオ、四葬司教の一人だ」

「も、もう一人原理委員会に成りすましている四葬司教がいるんですか!?」

「食屍教はもう何十年も前からテウルギアに潜入して、コツコツと実績を重ねることで原理の一人になった男なんや。地道やけど、誰にも疑われんし、一番確実な方法や」


 再び戦慄する。

 なんという執念なのだろうか。機関のトップである原理委員会は実際、謎に包まれた組織である。そこに入る方法も秘匿されており、ただの一般人が、ましてや外部の人間である教団員が知る由も無い。

 つまり、食屍教とやらはとにかく実績を積み上げ、残して行くことで原理委員会の目に留まり迎え入れられたということになる。

 一体どれほどの時間をかけたのだろう。一体どれほどの労力をかけたのだろう。

 それを成した執念とは一体どれほどのものなのか。

 ただ計り知れず、戦慄する。


「お二人は、それをどうやって(エア)の正体を突き止めたんですか?」

「ま、それについてはシャーロットちゃんの方が詳しいな」


 ピョンとスイレンはよくやく机から降りる。


「さっき私の中に憑依して、体の自由が奪われた。って話をしただろう?」

「ええ、はい。それでウィルフレッドさんと戦うことになったとか」

「それでその後私の中に入った奴はどうなったと思う? ……ずっといるのさ、私の中に」

「……!」

「始めの頃は大変やったわ。シャーロットちゃんの中には魂が二つ入ってて、常に主人格の椅子取り合戦。ちょっとでも気ぃ抜いたら、すーぐ襲いかかってきたわ!」

「その度にスイレンは私を水の中に閉じ込めて押さえ込んでくれた。ちょっと苦しかったがな」

「それはごめんてぇ! うちもああするしか思いつかなかったんやぁ!」


 スイレンはだだをこねるように物議する。その様子をシャーロットはただ乾いた笑いで流す。


「そして、半年くらい経ってようやく私は主人格として残った」

「入ってきた方の人格はどうなったんです?」

「まだいるよ。表に出そうと思えばだせるが?」

「い、いえ結構です!」


 はっはっは、と笑う。


「今はもうそんなに怖いものじゃないさ。私達はな、和解したんだ」

「和解?」

「そうだ。私の中に入り込んだ人格と対話をしたんだ。そして、話していく内に色々なことが分かった。原理の風が四葬の一人であるということもな」

「……まさか?」

「そう、私の中に入り込んだ人格と言うのは食屍教エンリオの人格だ」

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