奇妙な再会
「で、ここはどこ?」
「僕も知りたいよ。あの廃墟の地下ってわけじゃなさそうだし……」
周囲を見回す。二人の背後には滝が落ちていて、正面を含んだそれ以外が木々で覆われているばかりだった。
はぁ、とヴィオラが嘆息を一つ。
「最低の気分よ。境界に落ちた時に鞄もどっかいっちゃったみたいだし」
「ああ、そういえば……」
言われて気がついた、背中に重みがないことに。
冒険者からなかば強奪した物とは言え、決して粗末にできるものではない。
いっぱいに詰め込んでいた干し肉に関しては自分達で狩ったものであるし、何より外界の旅において安定した食料の確保は難しい。
故に大量の肉を早々に確保できたのは、二人にとって大変喜ばしいことだった。
そして、今度は二人で嘆息をつく。
ポリポリ、と少女が蒼い髪の上からこめかみを指でかく。
「んーと、多分、私達は境界の中にある空間の歪みを通ってどこかに飛ばされた。と見るべきね」
「理屈は分かるけどさ、いまいち実感湧かないよね」
まあね。肩を竦めて鼻息混じりの返答。
「とにかく、現状把握が最優先。ここがどこだか突き止めましょう」
「どこって言ってもなぁ。外界に人と会う機会なんて滅多にないだろう……」
パキンッ、木が割れたような音が茂みの向こうから響いた。
ピクリと眉を上げて、二人は音がした方向に視線を向ける。
変わらない木々の群れ。陽の光を拒む木陰の闇。その向こう側を
「放戦火」
ヴィオラが蒼い火球を放って照らし出す。
「うひゃあぁあ!?」
なんとも間抜けな声が飛んできた。
続いて、おぼつかない足取りが踏んだ草の音、そして、ドスンッと何か重いものが落っこちたような音が聞こえた。
「…………」
暫しの沈黙が流れて、リアムが木陰の向こう側を確認のために歩いた。
木の葉の隙間を縫うように光芒が差し込んで、薄っすらと状況を表した。
ぷすぷすと焼け焦げた足元を見つめ、目元を潤ませなが尻餅をついている。桃色の髪をした少女が木の陰にはいた。
「あ、あのー」
稚拙な会話の始まり。それでも少女の涙は止まらず、全身を萎縮させたようにビクンッと腰が跳ね上がる。
「あば、あばばば、ご、ごめんなさいぃい!! わ、私はただの通りすがりで、けっ、けけけ決して覗いていた訳ではわわわ!!」
なんだか忙しい感じの人が来た。それが第一印象だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「つ、着きましたよ!」
桃色髪の少女——レイチェルがエプロンドレスのスカートをふわりと回して、両手を胸の前で握りしめながらこちら側に向き直る。
レイチェルの案内の元、二人は滝のある森を抜けて、十数分歩いた先、草原から一変した煉瓦造りの街並みが姿を現す。
「村や集落なんかじゃない……本当に街があるなんて」
並び立ち、街を染めるオレンジ色の屋根と白亜の壁。
石畳で舗装された道路には人々が行き交い、ガラス張りの扉の向こうでは何やら店が構えられているらしい。
それは二人が以前まで住んでいたテウルギアでよく知る風景と似ていた。
そして、同時に全く違う部分もある。
「驚いたわね……外壁がない」
草原と街の間にまたがる壁がこの街にはないのだ。
草原からしばらくは静かな農地が広がり、そして建物は徐々に高くなっていき、賑やかな街へとたどり着く。
「外壁……ですか?」
レイチェルがきょとんとしておうむ返しに聞く。
察するに街の外と中を仕切る壁の必要性を感じたことがないのだろう。
と言うことはだ。
「……もしかして街に魔物が襲って来ることはないの?」
「え、魔物ですか?」
こくりとヴィオラが頷く。
「ま、魔物はですね。この周辺には生息してないんですよ。わ、私も本物は見たことがなくって……騎士団の方からたまに聞く程度で」
「魔物が生息してない……?」
怪訝になって眉をひそめる。
その表情が彼女にとっては怖かったのか、おどおどとして早口になってレイチェルが言った。
「わ、わわ私も詳しいことは知らなくて! むしろ魔物が普通にいるのがおかしいって言うか! ああ、おかしいって言うのは別に変な意味ではなくってですね!?」
「分かった! 分かったから落ち着いて!」
吸って吐いて、吸ってゆっくり吐く。
「お、落ち着きました。では、とりあえず私の家に案内しますのでついて来てください」
レイチェルはおもむろに歩き出し、その背中を二人は追って、街並みの中に溶け込んでいった。
やはり、と言うのか街中は人々で賑わっていた。
家々がすり寄せ合うようして建ち並び、背の高い建物で陰になっていても、カフェテラスが並び、客はカップやら新聞やらを手に取っている。
まるで世界が今も終わりかけていることなど知らないような、休息時間の昼下がりの光景。
ややあってから、レイチェルは賑わう表通りを外れ、差し込む光でなんとか視界を確保できる程度の明るさの路地裏に入る。
すぐに曲がって表にある家の裏。
外観からは見えない場所に入り口がもう一つあった。
ポケットからカギを取り出すと、少女は扉を開けて一足先に中へと入っていく。
「ど、どうぞ」
「お、お邪魔しまーす」
言いながら、リアムが一歩踏み入れる。
ランタンでオレンジ色に照らされた室内は実に質素なものだった。
入ってすぐがリビングであり、テーブルと四人分の椅子がある。
後は扉から向こう側の壁際がキッチンで、隣には二階へと続くと思われる階段がある。
「ああ、どうぞ座ってください! 今からお茶をお出ししますから!」
自宅のはずなのに、まるで久し振りに帰ってきたかのように思い出しながら棚を漁るレイチェルを心配しながら、二人は促されるままに隣り合って椅子に座る。
室内を包む沈黙。
ただ、キッチンで一人奮闘するレイチェルの姿を眺めていた。
「おお、お待たせしました!」
トレイに乗せられた二つのカップがそれぞれの前に置かれる。
紅茶の深い琥珀色が天井の照明とヴィオラの顔を映し出していた。
手に取り、ゆっくり口の中へと注いでいく。
「……! おいしい」
ポツリと呟く。リアムも続いて飲む。
舌の上で転がる紅茶独特の風味。まろやかな舌触りに微量の甘さの加減と温度がなんとも絶妙で、食道を過ぎた後もその香りとともに口内に余韻を残していた。
ほっと一息。この紅茶は飲んだ人をリラックスさせる。そんな効能があるように思えた。
「うん、おいしいね」
「あ、ありがとうございます! と言っても、同居人が買ってきてた茶葉を勝手に使っただけなんですか」
えへへ、と照れ笑いしながら後頭部をかく仕草をするレイチェル。
「同居人?」
「はい、幼なじみなんですが、なかなか会えないんですよね。騎士団に入っていてしょっちゅう遠出してますし、私も普段は用事で西の塔に行ってますし」
「さっきも言ってわね。騎士団って言うのは?」
「騎士団——正確には聖道騎士団って言うんですけど、きょ……」
「レイチェル、帰ってたのか?」
遮るようにして階段の向こうから男の声がした。
「デュリオ! いたの!?」
くるんとそちら側に身を回して嬉しそうに少女は呼びかける。
「……デュリオ?」
リアムの頭にその名が引っかかった。
トントントン、階段を降りてくる足音が聞こえる。
まず長い足が見えて、赤いローブの裾が見えた。
そして、
「お前は!」
「貴様は……!?」
赤い長髪に赤い双眸をした男。
いつかリアムの住む孤児院を襲撃し、クーヴレール学園祭での襲撃にも姿を現したデュリオ・ロッソが階段から姿を現した。




