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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第二章
30/35

境界

「おーい? どこ行ったのー? ボク、かくれんぼするって言ってないよー?」


 廃都の中で元気な子供の声がこだまする。

 それに隠れて二人、廃屋の物陰に隠れて虫の息になった呼吸を整えていた。


「あ、あいつなんなのよ……! 私の火が……全部消されるんだけど……!」

「なにって……本人が……言ってた……でしょ?」


 息を切らしながら行われる会話には全く力がこもっていない。

 壁に背をつき、今もそこまで迫っている子供の影に怯える。


「ドラゴンって話? はぁ……信じるの?」

「まぁ……人間に変身できるとか……そう言う力があれば、ありえなくはないんじゃない?」

「じゃあなんで、よりにもよって子供なのよ……?」

「知らないよ……。本人に聞いてきなよ」


 冗談。と言って最後に長く息を吐く。乱れた呼吸が整った。


「とにかく、あんなやつ相手にしてられないわ。引きましょう」

「賛成。見つからないように慎重に……!」


 突然、リアムがヴィオラを押し倒す。


「ちょ! 急になに!?」

「黙って!」


 ブン! 得物を振った時と似たような音が響いた。瞬間、ヴィオラは見た。

 自身の上に乗ったリアムの背後、そこを巨大な陽炎が通過し、そして、通過した後のものを全て消滅させたのを。


「出てこないならー、この街のもの全部消しちゃうよー?」


 綺麗に切り取られた壁の向こうから子供の声が聞こえた。どうやら、こちらにはまだ気がついていないらしい。


「……まったく、最低の気分よ」

「ごめん、急に」

「あなたのことは怒ってないわよ。助けてくれたんだし」


 気がつかれないように、体勢を低くしたまま離れて起き上がる。


「面倒ね……しらみ潰しに街を消滅させる気よ。あいつ」

「僕の右眼もそろそろ限界だ……次、消えた状態で近づかれたら避けることは――」

「ふーん、やっぱりその目に秘密があったんだね?」


 ――!


 咄嗟に声のした方向を、上を向く。

 高く跳躍して、こちら側に真っ逆さまになって自由落下する子供の姿を捉えた。

 宙で子供が両腕を大きく広げ――パンッ! と勢いよく手を叩いた。

 ほとんど反射で二人は地面を転げて散開。その間を陽炎のような歪みが通過する。

 二人が先ほどまで座っていた場所は跡形もなく消え去っていた。


「いいねいいね! その目ならボクに勝てるかもしれないね?」


 ニタリと子供らしく無邪気で同時に子供らしくない含んだ笑みを浮かべる。

 その瞳の先はリアムに否、リアムの右眼に向けられている。


「よそ見とは舐められたものね!」


 子供の背後から蒼炎が襲う。宙に浮いている状態の標的を背後から捉えた一撃。しかし、なんてことない表情で背中を炙る炎を消し去った。


「だってお姉さんそんなに強くないんだもん」


 カチン、とヴィオラの額に青筋が走る。

 それを見届けることもなく、子供は自身が消滅させた地面を通り抜けて、地中へと吸い込まれていった。


「おおー! これは面白いことになってるねー!」


 地面に空いた穴から子供の無邪気な声がこだましながら漏れ出ていた。

 リアムとヴィオラは穴に近づき、その暗闇の向こうを警戒した。

 ニッ、と暗闇の中で歯を見せながら笑う。


「お兄さんとお姉さんも来なよ」


 パンッという音が響いたと同時に二人の足場が消滅する。

 無論、二人は落下して都市の地下に誘われた。

 そこまで深くはなかった2~3メートル程度。しかし、中は異様だった。

 天井となっていた地面が消され、自然の光が入り込む。しかし、それは差し込みはしなかった。

 充満する白い霧が阻害していたから。

 けほっ、と口に入った砂を吐き出しながら咳をいくつかしてからリアムが周囲確認した。


「……ここは?」

「んー? 街の地下ってとこだろうけど」

「この霧、まさか……境界?」


 ヴィオラが静かに呟いた。


「境界?」


 リアムがおうむ返しに聞く。


「高濃度の魔力が一箇所に充満することで、稀に時空間に歪みが起こっている場所のことよ。なんでこんな地下に……」

「ああ、そっか毒か」


 子供は一人腕組みをしながら納得してこくこくと頷いていた。


「ど、どういうことだ?」

「さっき言ったでしょ? この街を襲ったドラゴンは毒霧を吐く。住民を毒に侵させて、人だけを殺した」


 じゃあ、と挟んで。


「街に残った毒はどうなったと思う? 浄化された? どこかへ飛んで行った? 違う、毒は街に残り続けたのさ」

「その毒が境界となんの関係が……?」

「毒霧は空気より重い。徐々に街の地下に溜まっていって、長い年月をかけて式が変性して、空間を歪める境界になった」


 ま、こんなところだろうね。と子供はそれで話を締めくくった。

 ギリリ、とヴィオラは奥歯を噛み締めた。


「で? あんたは私達をこんなとこに落としてどうしたいっていうのよ?」

「どうしたい。じゃないね。ボクはお姉さん達が……」


 おもむろに、静かに、パン、と子供は両手を合わせた。


「どうなるのか見たいんだ」


 再び、リアムとヴィオラの足場が消滅した。


「え!?」

「なっ!?」


 自由落下。地下にある巨大空間。そこに落ちる彼らに助けを出すものはない。ただ、雲のように掴めない白い霧が充満しているだけ。

 あの子供は言っていた。

 毒霧は空気より重い。徐々に街の地下に溜まって行ったと。

 ならば、深ければ深いほどその濃度は濃く。そして、時空間の歪みである境界は巨大なものになる。


 二人に為すすべはない。

 登れない、飛べない、縋れない。

 重力の赴くままに、今、少年と少女が白い霧の奥深くへと消えて行った。


 そんな二人を見届けた者が一人。


「結構楽しかったよ。生きてたらまた遊ぼうね」


 アハハハハ! 廃墟の中で無邪気な笑い声が一つこだましていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 冷たい。しっとりと冷気が全身にまとわりつく。

 いや違う、冷気なんて実体の分からないものじゃない。もっと包み込むようにして体の熱を奪っていくもの。あとついでに息ができない。


 ——水だこれぇ!?


 認識とともにありったけの酸素が口外に出る。

 白い泡が彼の額をなぞって、水面へと導かれていた。

 咄嗟にそれに追随して上へ上へと上昇する。

 青い世界、天井から差し込んだ光芒。

 掴み取るように腕を伸ばしては、水を掴んで振り落とす。そうすれば体は上がって、もがいて、そして、


「ぶはぁ!」


 ありったけの空気を吸えた。

 顔を下げて、乱れる呼吸を整える。

 顔を上げて、自分の周囲を確認する。


「街の地下……じゃ、ないよね?」


 廃都市から一変してそこに広がっていたのは緑だった。

 眼前には轟々と音を立てる滝が見えて、体は水流に押されて滝壺から岸へと到達する。

 豊かな自然の風景。

 鮮やかな緑色が太陽に光を浴びて育まれ、さえずる鳥や滝壺の水音が気分を落ち着かせる。

 それらは少なくとも、廃都市の近い存在できるような風景ではなかった。


「一体何がどうなってるんだ?」


 口に出して言ってみる。返答はない。のでため息を一つ。

 ふと、白い霧がリアムの周囲を包み出した。

 踵を返して滝壺の方を見やる。霧の正体、水飛沫……ではない。それに、なんとなく暑くなってきた。

 ポコン、と気泡が一つ水面に浮かんだ。


「……ん?」


 それは徐々に量を増していった。

 可愛げもなく、容赦もなくボコボコと気泡は穏やかな水面を侵食していき、同時に白い霧が、蒸気が空気中覆った。

 そして、爆発が起こる。

 蒸気が辺り一帯を埋め尽くし、リアムの視界を遮る。

 焼けるような熱を孕んだ気流が通り過ぎる。必死で両腕で顔を庇って凌ぐ。

 やがて熱は過ぎ去って、景色を隠した蒸気も消え去った。

 その先にいたのは、


「あー……死ぬかと思ったわ……」


 大地の窪みに佇んだ青い髪色の少女だった。


「ヴィオラ!?」


 少年の声に気づいてパッと顔を上げて、ヴィオラは窪みを駆け上がってくる。


「お互い無事だったようね」

「いや、無事なのはいいんだけどさ……」


 眼前に立つ少女より背後、窪みの上空からバケツをひっくり返したように大量の水が押し寄せた。

 再び鳴り響く轟音。

 驚いて肩を竦めた少女が振り向いてそれを確かめた。


「びっくりした……滝だったのね」

「いや、それよりさっきのはなんだったの? 一瞬、その……滝が逆流したようにも思えたんだけど」

「え? ああ、私ね。泳げないの」

「はい?」


 繋がらない答えに対し、それくらいの返答しかできなかった。

 むっと顔をしかめて、だからね。と少女は続ける。


「私、泳げないの」

「いや、聞こえてないわけじゃないよ。そりゃ、意外っちゃ意外だけど……それがどう関係するのさ?」

「だーかーらー、泳げないからそのまま沈んじゃうでしょ? なら水から出るんじゃなくて、水を無くせばいいのよ」

「はい?」


 二度目のだった。

 むむむ、とますます顔をしかめる。


「要するに、水を無くすために滝壺の水を全部蒸発させたのよ」

「はい?」


 三度目になるし、間隔が短くなった。


「もー、どう説明すれば納得するのよ?」

「いや……うん、そうだよね。元々天才だのなんだのとは聞いてたしね……君と旅する上でこれくらいは慣れとかなきゃいけないのかな」

「どうゆうことよ?」

「僕が岸に上がってから実行してくれて助かったなってこと」

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