食糧事情、解決策
「ブモォアアアアアアアア!!!!」
「そっちいったわよ!」
ドスドスドス、重い足音が地響きを生み出して木々を駆り立てる。
奔走するのは巨大イノシシ、ヘビーボス。
口外まで飛び出した二本の牙を携えて、今、一人の少年の元に突進しようとしていた。
鞘を左手で持ち、柄に右手を置き、腰を低くする。
両眼を開いて目の前の魔物をじっと見据える。
左眼は生来の青い瞳。しかし、右眼は違う。ドラゴンから(一方的に)授かった金色の瞳。
その右眼の力は未来視。ほんの僅かな未来を見通す力。だが、その僅かな先を見通すことで戦闘は大きく変わる。
呼吸、タイミング、速度、成否、それらを全て見切り、そして、
「ブモァアアアアア!!!!」
斬ッ! と一閃がヘビーボスの喉笛を切り裂いた。
血が吹き出し、勢いのままにヘビーボスは木々に衝突。
十本近い数の木をなぎ倒したところでようやくその巨体は止まった。と、同時にその息の根も止まっていた。
「いやー、思った以上に上手くいったわね!」
「ヴィオラが誘導してくれたおかげさ、タイミングよく切れた」
「何言ってんの、あんたの剣さばきもなかなかのものよ」
灯した火、その上ではヘビーボスの肉が二つ焼かれている。
二人は互いに褒め称え合いながら、この旅で初めての食事を待っていた。
「そろそろいいかしらねー」
ひょいと肉を持ち上げて、豪快にヴィオラがかぶりつく。焼け焦げた表面に白い歯が刺さり、じゅわりと肉汁が彼女の頬を濡らすほど溢れた。
ぐいっと口と肉を引き離して千切る。
もぐもぐもぐもぐもぐ、ゴクン。
「美味しいには美味しいけど、やっぱ香辛料もないとこんなものね」
どれ、とリアムが続いて肉を頬張る。
もぐもぐもぐ。
なるほど、脂身が少なくあっさりとした味わい。飾らず気取らず、シンプルである。
繊維もやたらに硬くはなく、少々の咀嚼で飲み込める。
ごくん。
まあ、しかしだ。
「確かに一味欲しいかもね」
そんなものだった。
「あとこれどうしようか」
リアムが視線を送った先、ヴィオラもつられてそちらを見る。
見るも無残にも首と腹わたを切り裂かれ、草のカーペットの上に横倒しになった巨大イノシシの姿がそこにはあった。
とにかく大きい。リアムが体いっぱいを使って表現しても実際の五分の一も表現できないほどに巨大だ。
そんな魔物を朝食にと狩ってしまった二人だが、腹を満たしてしまえば冷静。
よくこんなものを腹に入れようと思ったし、ましてや後のことなど毛頭考えていなかった。空腹とは末恐ろしいものである。
「……自然に還す?」
首をひねりながらヴィオラが答えた。
「いや、流石にもったいなくない? 旅をしている身の上、どうにか保存して持ち歩きたいところなんだけど……」
「保存……ねぇ」
ヴィオラが肉を少し引きちぎった。
ペラペラとした手のひらに収まる程度の量。それをぐっと握った。
すると次第に白い煙が出始め、肉が変色する。
鮮やかな赤から白、そして最後は黒。そうなった頃にはサイズも小さくなり、指先で摘める程度のものになっていた。
「それって……」
「そ、干し肉。中の水分を飛ばして乾燥させたの」
唖然とした。一瞬で干し肉を作ったことよりも、食事の片手間でそれをやったことに驚いた。
「べ、便利だね……」
「火は文化と共にあり、火は偉大なのよ」
手に持った干し肉をひらひらさせて、口をもぐもぐさせながら言った。
ふむ、と関心を寄せながら、少年も再び肉を頬張る。
「まあ、保存はそれでよしとしよう。問題は運搬だね。ポケットに入れて置くわけにもいかないだろう?」
「そうねー。カバンの一つでもあればいいのにね」
「……これから旅に出るって時に誰も渡してくれなかったからね……」
へへっ、と少年はニヒルに笑った。
「私は旅に出ることすら予想してなかったけどね」
少女もまたニヒルに笑う。
「んあぁん!? てめぇら! そこで何やってんのじゃい!?」
喧しい男の声が聞こえた。
自然、リアムもヴィオラも声のした方向を向く。
二人のいる位置より少し高くなった丘、剣を携えた男がいた。冒険者……だろうか。
「んあーん? そこのでかい豚よく見たら……ヘビーボスじゃぁねぇか!?」
「アニキぃ! ったいどーしたってんですかい!?」
また喧しいのか一人増えた。
「おう、どぉやらオレらより先に……ヘビーぃいボスをやっちまった不届き者がいる見てぇだ!」
「何ですってぃ!? っ前らオラ! っすぞオラァ!?」
なんだかよく分からないが怒ってるらしい、と二人は察した。
「ヘビーモスはオレらが依頼を受けて討伐に来た獲物だぁ……それを先にやっちまうとは……一体どーゆう了見でぃ!?」
「っ前らおら! っすぞオラァ!?」
「ああん!? まて、てめぇら……まさか!?」
もぐもぐもぐもぐ。
なるほど、オフィスから出された依頼の討伐対象だったか、それは悪いことをした。
「昨日からセぇぇえイヴスから指名手配されてたやつらじゃぁねぇかぁ!?」
「っんだとぉお前ら!? っすぞオラァ!?」
ゴクン。
ほうほう、セイヴスからリアム・バージェスとヴィオラ・リーヴィの両名は指名手配されていると。
「オレらの獲物はヘビーボスだったが……やられちまったもんは仕方がねぇ! 代わりにてめぇらの首で稼がせて貰おうじゃぁねぇか!?」
「やっぞぉおら! っすぞオラァ!?」
特務ギルドであるセイヴスが外部の一般冒険者にも協力を募るとは、学園祭での襲撃も相まってか、なかなか弱っている状況にあるらしい。
「おぉっと! 下手に抵抗すると痛い目見るぜい? こっちはヘビーボス倒すために数は揃えてきたんだ! 来いてめぇら!」
その号令と共に男の背後からわらわらと獲物を携えた男どもが出てきた。
先頭の男も含めて八人……いや、十人。
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオファ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
「っだぁオラ!? っすぞオラァ!?」
うるさいうるさいうるさい。
「てめぇら二人に対して……こっちゃ十人だ! しかもそれだけじゃねぇ……元々取ったヘビーボスはその場で捌いてバーベキューしようとしてたんだ……」
ほう。
「酒も調味料も香辛料だって用意してんだぜ!?」
ほほう。
「それになぁ! 食いきれなかった分を売りさばくために、持ち運び用のバックパックだって大量に用意してんだ!」
ほほうほう。
「てめぇら二人はオレらからその楽しみを奪った! 万死に値する罪! その首で償って貰おうかぁぁああ! いくぞ、野郎どもぉぉぉおお!!!!」
「うぉあああああああああああ!!」
「うぉあああああああああ(略)」
「うぉあああああああ(略)」
「うぉあああああ(略)」
「うぉあああ(略)」
「うぉあ(略)」
「う(略)」
「(略)」
(略)
もぐもぐもぐもぐ。二人は顔を一度見合わせた。
ヴィオラは口に頬張った肉の先端をはみ出させながら、ぐっとサムズアップした。
リアムも同じくサムズアップ。作戦は決まった。
ゴクン。
「ほほほほほんと勘弁してください。いい命だけは命だけは……」
へこへこ頭を垂れている男の姿があった。
その周囲には先ほどまでは彼の取り巻きだった男九人が倒れている。
「よ……弱い……」
五倍差の戦闘とは思えなかった。別にヴィオラが強すぎるとかそういうのではない。むしろ戦ったのはリアムだけだ。……十倍差である。
頭の男が九人を指揮し、斥候したリアムを取り囲む。
そこまではいい、そこまでは定石中の定石。息ぴったりで、まるで一つの生き物かと思わせるほどの連帯感がそこにはあった。
しかし、しかしだ。
そこからがよくなかった。その連帯感がよくなかった。
具体的に何があったかというと、取り巻きであった九人の男は、揃いも揃って同じ動きしかしないのだ。
剣を振るも同じ、方向も同じ、足並みも同じ、ついでに呼吸も同じ。
そうするとどうであろうか。確かに食らえばひとたまりもなさそうだが、まず一人気をつけただけで死角も含めた全員の動きが分かる。
包囲するという一対多数戦闘における多数側の有利が一気に危うくなるのだ。
なれば、包囲を抜けるのは容易かった。だって全員が全員、隣の仲間に剣が当たらないように上段にしか構えないのだから。
まんまとすり抜けたリアムはすぐさま一人の背中に蹴りを入れる。そして、そのままうつ伏せになって倒れた。
そしたら何故か他八人も同じように倒れた。
一応言っておけば別にリアムが一瞬で九人に蹴りを入れたとかそういう芸当をやってのけたのではない。倒れた仲間を見て絶句し、つまづいてこけたのだ。
大の男八人が、同時に。
そして、その様子を見た九人の頭の男は、その場で膝をついた。
で、
「う、うちらのもんは幾らでもやるからよ……命だけは……命だけは……!」
この有様である。
「え、いや、なんだろ? まあ何にでも過ぎれば毒になるって言うしね。連携プレイもほどほどにね?」
ほとほとに困惑しながらもとりあえずの勝利を収めたリアム。なぜかアドバイスまでする始末。
一方でヴィオラは彼らが持ってきた大荷物の中を漁っていた。
「んー、フライパン、鍋、ナイフ、調味料はー、これくらいでいっか。油もこれくらい……それと器を二つ、水筒も二つ。あ、乾燥パスタもーらいっ!」
「楽しそうだね?」
近寄ってきたリアムの言葉にムッとした顔で少女は振り向いた。
「これは私達が生きるための行為よ。そんな略奪を楽しむ野盗みたいに言わないでくれる?」
「そこまでは言ってないんだけどなぁ……」
「リアムはい」
「え? うおっ!? おっも!」
間髪入れずにバックパックが手渡された。その予想以上の重量に狼狽するリアムを尻目にヴィオラが何も入ってないバックパックを背負って荷台から降りてきた。
「さ、次はあのお肉を入れましょ」
くいっと少女の細い指で指し示された方向。
ヘビーボスが依然として横倒しになっていた。
「……一応聞くけど、どのくらい持ってく気?」
「カバンに入るだけ」
「ですよねー」




