旅の目的
パチパチパチ、小さく弾ける音がする。焚き火の音だ。
テウルギアから失踪して、ややあって夜。
リアム、ヴィオラの二人は暗闇と静寂に包まれながら、蒼い焚き火を囲んでいた。
「そういえばさ」
「うん?」
「なんで口調変えたの?」
「今更な質問ね」
ふう、と一つ息を吐いて、ヴィオラは両手を後ろにつけて空を見上げた。
「変えた……と言うよりは、戻したが正しいかしらね。隊長である自分から素の自分に……ね。
なにせ最年少で隊長になったものだから、周囲の目がね。……だから、態度だけはそれらしくあろうとしていたのよ」
「……大変だったんだね」
「……そうね。必死だった。あの人が残してくれたものなんだから、守らなきゃって……」
リアムは蒼い火から視線を少女の顔に向ける。一粒、輝いて落ちる。夜空の星、ではない、少女の涙。
「それなのに……どうしてこうなっちゃったかな……」
少し鼻声になった声が聞こえた。
「……ヴィオラ。君はもうセイヴスの隊長じゃないんだ。強がらなくていい、泣いてもいいんだ」
「そう言ってくれるのね。ありがとう」
身を起こして、少女は焚き火をじっと見据えた。
潤んだ瞳、乾いた目尻。
それを見るだけで少年の心にはなにかこう、締め付けられるような感覚がした。
「そういえば、あんた。あいつの弟子なんだってね?」
「弟子? ……ってああウィルフレッドさんのこと? うん、そうだけど?」
「あはは……あいつが弟子か……」
笑う。しかし、その表情には陰りがある。
「そういえば、ウィルフレッドさんは元二番隊の副隊長だったよね?」
ピクリ、肩が少し揺れた。
「もしかしなくても、何かあったの……?」
「……あいつは、私のお姉ちゃんを殺したのよ」
そう口にしながら、少女はその右手に拳硬く握った。
「……殺したって……一体、何が!?」
「何があったかなんて知らない! でもこの目で見たんだ! あいつがお姉ちゃんを殺すところを! そしてあいつは、逃げたんだ……!」
憎らしさばかりが表情に現れていた。潤んだ瞳からは涙が再び溢れる。
そこで少年は一歩引いた。
「……それについてはいつか聞こう。一つだけ教えてほしい」
「……いいわ、なにかしら」
リアムが発つ前、ウィルフレッドから託された白い鞘の刀をヴィオラの前に出した。
「……!?」
「ウィルフレッドさんにも探してる人がいるらしいんだ。この刀はその人の物らしい。ヴィオラは何か知っ……」
「どこでそれを手に入れた!?」
弾かれたように飛び込んできたヴィオラを受けるまま、リアムは地面に押し倒される。
「な、一体どうしっ……!」
「これは、この刀はお姉ちゃんの物だ!」
「は!?」
「遺品なんて何もなかったのに……なんで今更!」
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて!」
なんとか身を起こしてヴィオラの肩を掴んで制止する。
しかし、少女の目は瞳孔が開きっぱなしなり、息も浅く。興奮状態にあることがわかる。
「ウィルフレッドさんからは、この刀は使うなと言われた。探してる人に渡してくれって頼まれたんだ!」
「渡す? 誰に……、これはお姉ちゃんの物よ!」
「じゃあ、ウィルフレッドが探してる人って言うのは……」
「あいつが殺したのよ! なんで探すのよ!?」
発狂じみた怒声が発せられる。
リアムも混乱してきた。しかし、そういう時こそ
「落ち着いて! 何か見落としているのかもしれない!」
大きく肩を揺さぶってなんとか落ち着かせようと努力する。
途中で少女がやめて! もういいから! と言ったあたり、やり過ぎたようではあった。
双方落ち着いた頃には、二人とも息を切らしていた。
「と、とにかく、そのヴィオラのお姉さんはウィルフレッドさんに……その、殺されたんだよね?」
「そうよ。この目で見たんだから」
「理由は分かる?」
ふるふる、と首を横に振った。
「そのお姉さんとウィルフレッドさんって何か関係が?」
「お姉ちゃんはセイヴスの先代二番隊隊長よ。あいつは副隊長」
「え? 先代二番隊隊長って確かシャーロット・リンステッドさん……」
「そうよ。あいつ……いやレヴィン隊長から聞いたのかしら?」
こくりと頷く。
「二人って確か恋人同士じゃなかった?」
「……そうよ。癪だけど、私にとってあいつはあの日まではお兄ちゃんだったわ」
「……ウィルフレッドさんは、亡くなったシャーロットさんを探している?」
「なんで……くそっ! 分からない!」
リアムはじっと託された白い鞘の刀を見る。よく見れば、それは使用され、傷が目立つ黒い鞘とは違い、丁寧に手入れされており、新品と見間違うほどだ。
——信じていいのかな。
「僕達の知らないことをウィルフレッドさんは知っているのかもしれない……」
「え?」
「探して見ない? この刀の持ち主、シャーロットさんを」
「お姉ちゃんを……探す」
俯いて少女は思案する。
「僕も探している人がいるんだ。だからヴィオラ、君も一緒に探さない?」
「……そうね」
ポツリと言った。
「長い旅になるんだもの、一つくらい目的があってもいいかもね」
「うん、一緒探そう」
互いにあまり上手ではない笑みを交わした。
蒼い焚き火が風に揺らめく度に目の前の少女の顔が見え隠れする。
ぐるるるるる。と腹の中から音が響いた。
「……お腹空いたね」
「何も持ってきてないからね……」
「明日は、まず食料のことを考えようか」
そうね。とヴィオラが返事をしたところで、彼らの一日目が終わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
テウルギアには、罪人を拘留する刑務所の役目を果たす特務ギルド『プリズン』が存在する。
その中央拘置所。地下牢。
白髪の男がそこに今日、新たに入れられた。
魔術を封じる鉱石、固式石で作られた手枷を嵌められ、静かに、およそ衛生的とは言えない牢屋の中で腰を据えていた。
「すまないな、ウィルフレッド」
牢の外から声をかけられた。セイヴスの一番隊副隊長、レヴィンだ。
「しゃーねぇよ。お前の仕事にケチつける気はねぇ」
「そう言ってくれるか」
「……あいつらはどうなった?」
「アルヴァ・ホロウェルは誰にも見られることなく離脱、マリエル・クーヴレールは校長に引き取られた。
今回の件は君がそそのかしたって事にしておいたよ」
けっ、と男は笑う。
「で、リアムは?」
「リアム・バージェス。並びにヴィオラ・リーヴィが行方不明だ。おそらく行動を共にしている」
「あいつらが……ね」
「機関はこの二人を指名手配し、賞金をかけて外部の冒険者にも協力を仰ぐそうだ」
「……随分と大ごとにするんだな。上のやつらは何が目的なんだ?」
牢屋の前に立つ男は首を横に振る。
「分からない。分かるとすれば二人の旅は困難になるということだ」
「……ま、大丈夫だろ」
なんとも気軽そうに白髪の男が言った。
「仮にも俺の弟子と……俺の妹だ。あいつらなりになんとかするさ」
「その根拠のない自身はどこから来るのやら、まったく、変わらないな。ウィルフレッド」
「そいつはどうも」
「これからも定期的に連絡はする。牢屋生活を楽しみたまえ」
そう言ってレヴィン・アルドリッジはその場を後にした。
その足音が遠のき、扉の開閉音を最後に聞き、ウィルフレッドは不貞腐れたように横になった。




