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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第一章〜テウルギア編〜
26/35

始まり

「……どういう、意味ですか?」

「言った通りの意味だ。機関から目をつけられたんだ。テウルギアにお前の居場所はない」


 ギリ、と奥歯を噛み締める。


「……でも!」

「お前が目指してるものは、この街には無いだろ!!」


 怒号が弾け飛ぶ。気圧されて、出かかった言葉が喉元にとどまる。


「……三〇分後だ」


 レヴィンが口を開く。


「三〇分後にセイヴスはこの部屋に突撃を仕掛ける。それまでにどうするか決めておいてくれ」


 それだけ言い終えると、男の姿がその場から掻き消えた。まるで、最初からそこにはいなかったかのように。

 沈黙が、沈黙だけが部屋に残された。


「……ねぇ、リアム君」


 マリエルがその沈黙を破った。


「私はさ、お父さんに認められたくてリアム君に付いてきた。そして、最後の最後でようやくお父さんに認められた。だから……ね? 今度はリアム君が夢を叶える番だと思うの」

「マリエル……」

「僕もリアム君にはお世話になった。ビッグホールに呑まれた時は守って貰ったし、お陰で新薬も開発できた。あの時言ってたサービス。まだ渡せてなかったよね?」


 アルヴァがリアムに歩み寄り、腰に巻いていたポーチを手渡してた。


「……これは?」

魔工品(マギア)をいくつか入れてある。是非、役立ててくれたまえ」

「役立ててくれって……」

「そうゆうこと」


 はい、と言って、マリエルも自身が扱う短剣の一本を渡す。便乗して、ウィルフレッドは腰に携えている二本の刀の両方を投げ渡してきた。


「お前に託す。鞘が黒い方は使っていい、白い方は使うな」

「どういうことですか?」

「お前やレヴィンじゃねぇが……俺にも探してるやつがいてな、どうやらそいつも、ここにはいない見てぇだ」

「だから僕が代わりにその人を探して、この刀を渡せと……?」


 ああ、とウィルフレッドは頷いた。

 俯いて、ギリリ、また奥歯を噛み締めた。


「なんなんですかみんなして……急に出てけだの、託すだの、探せだの好き勝手言って……」

「大丈夫、それ全部ウィルフレッドさんが言ったことだから」

「フォローになってねぇぞー」

「とにかく!」


 ボフッと叩かれた布団が弾んだ。


「僕は僕の意思で動きます!」

「それができるなら俺達は何も言わねぇさ……」

「……っ!」


 小さく悪態をつきながら、目を逸らした。

 はあ、とウィルフレッドがため息をつく。


「俺とマリエルはこれから南門へと向かってセイヴスのやつらを誘導する。レヴィンも合わせてくれるだろう」

「……え?」

「その隙にお前はここを出て北門へ行け」

「ちょ、ちょっと待ってください!? 何をする気ですか!?」


 少年の言葉を聞かず、男は窓際に立つ。その隣には全身をローブで覆い隠した少女の姿もあった。

 少女が親指を立てた。


「リアム、お前と過ごすのも悪くなかったぜ」

「グッドラック! 相棒!」


 窓は全開に開け放たれた。

 冷たい明け方の空気が流れ込んでくる。

 男は窓縁に足をかけ、隣にいた少女を抱えて、飛んだ。

 セイヴスの隊員たちは即座にそれに気づいて声を上げる。


「南の方へ飛んで行ったぞ!」

「逃すな! 追え!」


 ドタドタと外でいくつもの足音が響いて、そしてそれらがだんだん遠のいて行くのが分かる。

 部屋に残ったのは少年とオレンジ色の髪の少女二人だった。


「リアム君、追い詰めるようなことをしてゴメンね。でも時間がないのも事実なんだ」

「なんで……なんでみんな僕なんかの為に……!」

「僕なんか……なんて言わないでよ」

「……!」


 はっと顔を上げる。目から溢れた雫が少し飛んだ。

 窓縁に腰かけた少女の儚げに笑う顔が見える。


「君にその自覚があるかは分からない。でも、僕もマリエルくんもウィルフレッドさんも君に恩を感じてるんだ。ここまでできるほどの、ね」


 ギリリリ、奥歯が軋む。


「……くっそぉぉぉおおお!!!!」


 渡されたポーチ、短剣、刀。全てを手に取り駆け出した。

 部屋を出て、外へ、そして、北へ、北門へ。


「いたぞ! 捕らえろ!」


 セイヴスの隊員がまだ数人残っていた。しかし、そこに試験管が二本投げ込まれる。


 ――あれは確か……!


 その場にいた誰しもがぼんやりと試験管を見る中、リアムだけがぐっと目を閉じた。

 瞬間、眩い閃光が放たれる。

 直にその光を見た隊員達は一時的に視力を失い、その場に膝をつく。


「いっけー! リアムくーん!」


 少女の声援が少し遠くから聞こえた。

 振り返ることはできなかった。

 ただ、ひたすら前へ前へ、走る、走る、走る。

 心臓が高鳴る。全身が脈打つ。呼吸が乱れる。涙が、溢れる。


 ――クソクソクソ! なんでこうなるんだよ!? なにが悪いっていうんだよ!? なにを間違ったって言うんだよ!? なにが……っ!


 辿り着いた北門。

 徐々に速度が衰えて、やがて止まる。

 門の前に立つ影があった。

 日が昇り、家々の影が短くなっていく。

 影が動いて、門の前に立つその少女の姿が露わになった。

 水や空の色といった爽やかさとは別の意味を持ったような蒼い髪に猛る炎のような紅い瞳の少女。


 ははは、と乾いた笑い声が出た。


「そうか……そういえばヴィオラさんはセイヴスの二番隊隊長なんでしたっけ……」


 ああ、心の中で感嘆する。

 終わった。ヴィオラという少女の実力は目の前で見た彼がよく分かっていた。どうあがいても勝てない。

 彼女が最後の難関としてこの北門を守り続ける限り、リアムはテウルギアの外には出られない。


 ――すみません、ウィルフレッドさん、アルヴァさん、マリエル……。


 絶望はなかった。憔悴しきっていた。

 何にせよ、リアム・バージェスという冒険者の物語はここで終わる。

 それも、自分が助けたと息巻いていた少女に。いや、それも悪くはないのかもしれない。

 ふっ、と皮肉ったような笑いが出た。


「二回」

「え?」

「二回もあなたには命を救ってもらったわ」

「え、っていうかその口調は……」


 いいから、と少女はリアムの言葉を跳ね除ける。


「これでも義理堅いのよ、私。借りは返さないと気が済まない。だから」


 少女は右手に歩いて、門より少し横にずれた位置に立った。


「だから、ここであなたを見逃す。門を通りなさいリアム・バージェス」

「……!」


 日が昇り、光が満ちた。

 そうか、こういうことなのか、リアムという冒険者が今までしてきたことは、彼の窮地になってこうして助けてくれるのか。

 天に感謝するように、リアムは上を向いて笑った。


「おっと、門の管理はあくまで、俺達門番(キーパー)の仕事だよ?」


 二人は同時に振り向いた。北門の左手から一人の男が現れた。


「あなたは!」

「や、久しぶりだねリアム君」


 いつかリアムが出会った北門の門番長、ユアン・シェリンだった。


「北門の門番か……」


 ヴィオラは軍人然とした厳しい口調に戻っていた。


「門の管理は君達セイヴスの仕事じゃない、俺達キーパーの仕事だ」

「……行け、リアム・バージェス。門番長ユアン・シェリン。一筋縄ではいかないだろうが……」

「ちょっと待った」


 右手のひらを前に突き出し、首を横に振ってユアンが制止をかけた。

 促されて、二人は臨戦態勢を解く。


「別に門を開かないとはいってない」

「なんだと?」

「前に言っちゃったからね。できる範囲で力を貸す。で門番のできることといったら、門を通すことだろう?」

「じゃ、じゃあ、ユアンさんは?」


 うん、と爽やかに笑いながら男は頷いた。


「北門門番長として、リアム・バージェスがこの門を通ることを許可しよう!」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!」


 軍人然としてた声が解けて、たじろぐ少女の声が挟まれた。


「そ、それじゃあ私がここで彼を通さなくっても、彼は普通に通れたってこと!?」

「うん? まあそうなるね」

「そ、そ、そ、それじゃあ私はどうすればいいのよ?」

「どう、と言われてもなぁ……」


 ユアンもリアムも一人狼狽してる少女にかけるべき言葉が分からない。


「こ、このままじゃ命の恩人になんのお礼もすることなく、ただお見送りに来ただけになるじゃない! ああ、もう、最低の気分よ!」

「えっと……そんなに気にしなくても、僕はその気持ちだけで十分……」

「黙ってて!!」

「は、はい!」


 ――あれ、なんで僕怒られたの?


 状況を察したのかユアンが手のひらをポンと叩いた。


「なるほど、ヴィオラちゃんはリアム君に恩返しがしたいわけだ」

「そうよ。あとちゃん付けはやめて」

「ならばこういうのはどうだろう? リアム君の旅に君もついて行くんだ。それはリアム君の助けになる」

「え?」


 ヴィオラはリアム、ユアン、の顔を何度か交互に見た。

 最後にユアンに辿り着いた時、その男は爽やかにスマイル。


「え、えええええ!?」

「君が今できる恩返しって言ったらこれくらいだろう? それとも他に何かあるのかい?」

「そ、そりゃ……ないけど」

「じゃあ決まりだ! リアム君! ヴィオラちゃんは君の旅に同行してくれるそうだ!」


 今まで若干ひそひそした声で話していたというのに、男は軽くこだまするほどの音量でリアムに事を伝えた。

 当然、リアムは驚いた反応をする。


「あんた、勝手に! あとちゃん付けするな!」

「ヴィオラさん」


 そろりとヴィオラはそちら側を向いた。少年の真正面だ。


「本当について来てくれるんですか? その、セイヴスは……?」


 ああ、と忘れていたような生返事をすると、ヴィオラは襟元に手を入れて、セイヴスの一員であることを証明する銀のドッグタグを取り出した。

 首から外し、手の内に握って、拳をリアムの前に突き出した。


「私もまあ、あなたと同じよ」


 ドロリ、と少女の細いゆびの隙間から銀色の半個体の物質が零れ出る。同時に拳からは煙が出ている。

 銀のドッグタグが彼女の熱によって溶かされているのだ。


「都市反逆罪で機関から追われる身、隊長の肩書きももちろん剥奪されたわ」

「ヴィオラさん……」

「ヴィオラ、と呼んでちょうだい? あなた、私より一つ上なんだし」

「え、ああ……じゃあヴィオラ。僕についてこないかい?」


 にっと蒼い髪の少女が笑った。


「いいわ、あなたと一緒逃げてあげる!」


 そして、ユアンも満足気に笑った。


「よろしい! 北門門番長、ユアン・シェリンの名において、リアム・バージェス、並びにヴィオラ・リーヴィの出門を許可しよう!」


 門が開かれる。外界の風が二人を迎えた。


『リアム、冒険者になれ』


 これは過去、少年が一人の男と一頭のドラゴンに言われた言葉だ。

 テウルギアにいることが重要なのではない。魔術師であることが重要なのではない。

 ただ、未知の世界へと踏み出す勇気。それこそが冒険者に必要なことなのだ。


 ――僕は今日ここで……冒険者になる!


 決意を固め、二人の新たな冒険者が、この終わりかけの世界へと旅立った。

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