漆黒の戦士
「な、なななな何でだぁ……」
バタリ、と力なく砂の上に突っ伏したのはジェフだった。
その隣で片膝をつき、息絶え絶えになっているのはレオナ。
「こんな、こんなに強いなん……て」
しかし、それもそう長くは持たず、結果として三年生チームの二人は大衆が見守るコロシアムの中で気絶した。
結果は一目瞭然。二年生チームの圧勝だった。
「先輩方ありがとうございました。しかし、まずまずと言ったところですね」
「…………」
二年生のメアリー・キャンベルの態度は不完全燃焼。と言ったところだった。その隣に佇むアルマン・パーカーは依然として黙している。
『び、Bブロック勝者! 二年生チーム! 見事上級生を打倒し決勝進出だぁ!』
歓声は湧かなかった。
ただ呆気にとられ、陽気を保つアナウンスもその意味は成せなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「こんなところにいたのか」
赤い髪の青年が観客席に足を踏み入れた。視線の先にいるのは黒い長髪の男。
いつか孤児院を襲撃した魔術師——デュリオ・ロッソとその戦いに乱入したバーンハード・オールディスだった。
ニヤニヤと笑いながら、バーンハードは先の戦いを観戦していた。
「やあ、デュリオ君。なかなか面白いことになってるよ?」
「ガキの喧嘩に興味はないな。それより貴様の用事は済んだのか?」
クックと笑いながら黒い男は出店で買ってきたアップルジュースをストローで啜る。
「彼女、このトーナメントの結果によっては考えると言ってくれたよ」
「なんだそれ? 結局うまくいったのか?」
「ああ、うまくいくだろうね。ククク、蝶よ花よと愛でられてきた天才の本質を今日、ここで暴くことになるなんて……」
ああ、男は感嘆する。
「とてもいい日になりそうだ」
「……貴様の悪趣味に付き合うつもりはないぞ?」
「ご心配なく、必要以上のことはしないさ。それより……爆弾教の方はどうだい?」
「つつがなく。と言っていた」
そうですか。と興味があるのか、無関心なのか。あるいはその両方。と言った返事をする。
「食屍教も動いてると聞いた。この祭りは既に教団の手のひらの上だ」
「面白くないねぇ。こう、ドーンと想定外なことでも起こってくれると嬉しいんだけど」
「気を抜くなバーンハード。いくら今回の作戦に俺たちは加わらないとはいえ、予備戦力としては数えられているんだ」
「分かってるよ。とりあえず僕は次の試合を見守るとするよ。それであの子の決断が変わると言うのであればなおさら、ね」
ふう、と力なく鼻から空気が抜けた。
「……俺は一度ここを離れる。貴様の勧誘が上手くことを祈ってる」
そう言って赤い髪の青年は人混みの渦の中へと消えていった。
終始、バーンハードは笑みを崩さない。間も無く学年対抗トーナメント最終戦が始まろうとしている。
「ククク、さてあなたはこの戦いに何を望んでいるんだい? 僕も一緒にそれを見届けされてもらおうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「す、凄いですね……三年生を圧倒……」
同時刻、リアム、マリエル、ウィルフレッドの三人も揃って観客席から二年生と三年生の試合を観戦していた。
「なかなかやるな、成績だけで選ばれていると思ったが、なかなか相性のいいコンビじゃねーか」
「そりゃそーよ……なんたって二人ともお父さんが担任してるクラスの子だもの……多分、この日のために個別授業でも受けてるんだと思う……」
「個別授業……か、でも僕達だってウィルフレッドさんから一ヶ月も個別授業をしてもらったんだ! きっと大丈夫!」
見せつけられた力に気圧されていたマリエルをリアムが鼓舞する。
うん! と頷いた少女に笑顔が戻る。
「そうね! ここで何としても勝って認めさせるんだお父さんを!」
「その意気だ。因みにこれは自慢になるが、見た感じあいつらは学生だった頃の俺よりは弱い。はいアドバイス終了、後は好きにやるといいさ」
それだけを言い残すて踵を返したウィルフレッドは、どこかへと飛び去ってしまった。
「え、なに? 今のがアドバイス? どこが?」
「本当に……ただの自慢?」
リアムもマリエルも頰を引きつらせながら、空を見上げていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
しばしの休憩時間を挟んで、観客席には続々と人が戻ってきていた。
大番狂わせのカード、大凶作と揶揄され続けた卒業生vs上級生を圧倒した二年生。その戦いに誰しもが興味を持っているのだ。
「なあ、どっちが勝つと思うよ?」
「ああ? そりゃ二年生だろなんせ大凶作の八十期生だぜ?」
「いやいや、あいつら優勝するとか言ってたんだぜ? 俺、あの二人に期待しちまうよ」
「あんなん戯言だ戯言。新米はああやって膨張するもんだ」
そんな誰かの会話がどこかの席で行われていた。
まだ、変わらない。しかし少しずつ、リアムが思うように大凶作の八十期生という蔑称がその姿を変えつつあった。
試合は始まろうとしている。
卒業生チーム二名。二年生チーム二名。
互いに顔を見合わせながらコロシアムの中央に立つ。
「先輩方は魔術が使えないと伺っております。ですが、それでも侮るなというのがクーヴレール先生の教えです……ここは決勝、本気でいかせてもらいます」
二年生代表、メアリー・キャンベルが赤い眼光を放ち宣言した。
それにリアムとマリエルは揃った笑みで返してみせる。
「もちろん、そうでなくっちゃ困る。僕たちも全力でいかせてもらうよ」
「お父さんの生徒だからって私も手加減はしないよ!」
視線を交わす。既にその間には火花が散っているようだった。
審判の指示に従い、四人はそれぞれ配置に着く。
「準備はいいか!?」
はい! と三人の声が響いた。
審判が右手を空に掲げる。そして……
『試合、開始だぁああ!!』
アナウンスが叫んだ。それに続いて銅鑼の音が轟く。
「う、うぉぁぁああああああ!!!!」
突如として二年生チーム、アルマンが沈黙を破り、雄叫びをあげる。
と、同時に彼の周囲に黒い霧が発生。それは徐々に形を成していき、最終的にはアルマンの全身を包み込む漆黒の甲冑になった。
「がぁぁぁああああ!!!!」
雄叫びは止まない。アルマンはリアムに向かって跳躍しその勢いのまま拳を振るう。
——速い! けれど……!
冷静に最小限の動きで拳を回避。そして、その隙を見切ってのカウンター。リアムの斬撃がアルマンの脇腹を抉る。しかし、
——やっぱり、硬い!
刃は通らなかった。漆黒の甲冑に傷は見当たらない。
再び雄叫び、振り返った捻りのままにまた拳を振るう。同様に回避、風圧で徐々に砂が舞っていく。
「リアム君!」
マリエルがそこに駆けつける。大きく跳躍、逆手に持った双剣をアルマンの背に突き刺して、
「我が影は柔靭なる束縛の鎖!」
鎧の隙間から突如として黒い触腕のようなものが伸びる。
それは宙にいたマリエルを縛りその場に固定する。
「うぉぁぁああ!!」
叫ぶとともにそちらに振り返ったアルマンは身動きの取れないマリエルに向かって拳を振るう。
「きゃあ!」
悲鳴とともに少女は宙へと投げ出され、砂の上を何度か転がった。
「うぐぁぁぁああああ!!」
アルマンの追撃。漆黒の甲冑はその外見の質量からは想像もできないほどに機敏に動き、距離を詰める。そして、両手を合わせて振り落とす。
「おっと!」
先に回り込んでいたリアムが剣で受け止めた。
重い衝撃が体を一瞬で通り過ぎて行く。
「ぐ、ぐぅ!」
「ありがと!」
言いながらマリエルはリアムの傍から飛び出した。
狙うは甲冑の隙間。関節部だ。
「我が影は鋭利なる騎士の剣!」
メアリーが短く詠唱。
先ほどと同じようにアルマンの甲冑の隙間から黒い触腕のようなものが伸び始め、鋭く槍のようにマリエルの身を貫く。
「うぐぁ!」
少女の悲鳴。脇腹を少々抉られた痛みが襲う。
「マリエル!」
一度拳を押し退け、間合いから外れる。マリエルを抱えて一旦距離を取った。
すぐには追ってこなかった。
漆黒の甲冑とメアリー・キャンベルは依然として立ち尽くしたままだ。
「大丈夫かい!?」
「ええ、ちょっと掠っただけ」
脇腹の傷を抑える。じわりと血が滲み、着ている服が赤黒く染まり始めている。
——っ! 強がりを……もう二撃もモロに食らってるんだ。ダメージがないはずがないだろ!
チラリと対戦者二人の様子を見る。
漆黒の甲冑を見に纏ったアルマン・パーカーは前衛。耐久力、機動力、腕力共に高水準を満たしたった一人で二人を相手取ってみせる。
そして、サポートのメアリー・キャンベル。
自身の影を操る魔術を用いて、アルマンを援護。伸縮自在の影を身に潜ませて、アルマンの死角、弱点をカバーしてくる。
二人分の魔術を一人に収束することで欠点を無くした完璧な戦士を作り出す。見事な戦法だとリアムは思った。
——それに比べてこっちは剣一本、さてどうする……。
ギュッと地面の砂を握った。




