風刃乱舞
「状況はどうですか?」
コロシアムの最も高い外縁部の廊下。学年対抗トーナメントの対戦組み合わせが決められてるのを尻目に黒い制服——セイヴスのメンバーが話し込んでいた。
「一番隊、異常はないとのことです」
「二番隊、同じく異常はないとのこと」
レヴィンとヴィオラが揃って敬礼をした。
眼前に見据えるのは赤い装束に白い仮面で顔上半分を隠した女だった。
「よろしい、ここ最近ノーブル教団の動きも活発になりつつあります。王族もご来賓なさるこの場で行動を起こす可能性は非常に高い。各員、鋭意警備に当たるように伝えて下さい」
はっ! 二人は足並みを揃えて敬礼をした。
赤い装束の女はその場を後にしてコロシアムの人波の中にかき消えて行った。
「まさか、原理委員会の火が直々に指揮に来るとはね……」
やれやれと肩を竦めてレヴィンが言った。
「それでも我々のすることに変わりはありません。学園祭の警備、ノーブル教団の企みを阻止すること、それだけです」
「んー、僕としてはこのまま平和に終わって欲しいんだけどねぇ」
そう言って、ポリポリと後ろ髪をかく。
「油断しないことです。爆弾教サブリナはその名の通り、行動すれば被害は爆発的に広がっていきます」
「言われずとも、さ」
でも、と付け加えて。
「僕としてはやっぱり、ウィルが育てたあの二人が一体どんな戦いを見せてくれるか楽しみなんだよね」
ニヤニヤと笑いながら、レヴィンは対戦表が決まるその瞬間を見届けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
円形競技場が閑静に包まれた。
一陣の風が吹き、少量の砂が舞う。
対面するのは一年生二人と卒業生二人。
今、戦いの火蓋が切られようとしていた。
『さあ、時間だ! 両者ともに準備はいいかぁ!?』
アナウンスがそう言うと同時に四人は各々の構えを取る。
リアムは腰の剣に手をかけ、マリエルは二本の短剣のうちの一本を握り締める。
一方で一年生。一人はカード数枚を手に持ち、もう一人は何も持たずに臨戦態勢に入っていた。
『では、試合……開始だぁ!』
ジャァァン! と銅鑼の音が会場中に響き渡った。
同時、一年生チームの一人。アリッサはおよそ戦いには相応しくなく、口上をボソボソと述べ始めた。
——詠唱!
マリエルは咄嗟にそれを詠唱と判断し、腰に携えた短剣の一本をアリッサへ向けて投擲。
「させませんよ!」
しかし、その刃は突如として現れた鉄の壁によって弾かれた。
もう一人の一年生、デイジーの魔術だ。
すぐに壁を回り込んでリアムはデイジーを強襲。肉薄した距離まで迫ったところで居合いの一閃。
だが、それも突如として現れる鉄の盾によって防がれた。
宙を待った盾がコロシアムの砂に埋もれる。デイジーはリアムと距離を取る。その右手には幾何学模様が刻まれたカードが構えられている。
——あれは、法陣……なるほど、あらかじめ複数枚用意して、すぐに発動できるようにしているのか。
ピクリとデイジーの眉が反応した。
「させませんよ!」
そう言って投げつけられた三枚のカードは刃へと変わる。
二本の刃はリアムを襲うが、それを難なく撃ち落とす。そして、もう一本の刃は、
「くっ……!」
詠唱中のアリッサを仕留めんとしたマリエルの方へと投げつけられていた。
マリエルはすんでのところで刃を落とすも、完全に足を止められる。
「先輩達にとっておきを見せたげる!」
そう言ってデイジーは、また数本の刃を投擲した後に、目の前の敵には目もくれずに相方であるアリッサの元へと走り出した。
到達したポジションは両手を前に突き出して構えるアリッサのすぐ後ろ、そして、詠唱は完了していた。
「いきます!」
ドンッ! 突如として衝撃が二人を襲った。アリッサの風の魔術だ。
その風はリアムとマリエルの進行を阻み、砂で視覚を轟音で聴覚をも潰してくる。
「これがあたし達の必殺技!」
少し目を開いた先、風の中でキラリと光る物体が見えた。
デイジーがカードから生み出した。鉄の刃だ。
「「風刃乱舞!!!!」」
刃の暴風雨が二人襲う。
目も耳も奪われている中で、無造作に飛んでくる刃は塞ぎようがない。
「くそっ!」
必死に目を開く、そして、眼前にまで白い刃が飛んできていた。
——あれ?
さっと風の中でその刃を避けた。思っていたよりも呆気なく。
もう一度、前方を見やる。砂で視界が苦しいが煌めく刃はよく見える。
——これは……!
数え切れないほどの鉄の刃。しかし、それを難なくリアムは避け始める。そして、マリエルもそれは同様だった。
二人は思い出した。ウィルフレッドのあの言葉を。
『お前達が自覚してる以上に、面白い結果が見えるぜ?』
砂塵の中、刃がしっかり目で追える。
いくら突風で加速していようと、
——ウィルフレッドさんより遅い!
そう、高速で移動するウィルフレッドとの鍛錬により、いつのまにか二人はその速度に見合うほどの動体視力と身体能力を会得していた。
どんなに状況を悪くさせられようとも、少しでも見えていれば、この程度の魔術。避けるのは造作もないことだ。
——行ける!
二人は突風に足を取られながらも前進し始めた。
その歩は徐々に早く、力強くなり、そして、術者である一年生二人の眼前にまで到達した。
「う、嘘!? この風刃乱舞を突破するなんて、ありえない!」
「惜しかったね! でも」
「私達が勝たせてもらうよ!」
三つの剣線が煌めいた。
風が止み、鉄の刃は力なく砂上に落っこちた。
立っていたのはリアムとマリエル。
『そ、そこまで! Aブロック勝者は……卒業生チームだぁ!』
アナウンスが言い告げたその結果に終わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
会場全体がざわついていた。
相手が未熟な一年生だったとはいえ、大凶作と揶揄され続けてきた八十期生が勝ってしまったのだ。
どうせ一年生がその実力をデモンストレーションして終わるであろうと誰しもがたかをくくっていた。
円形競技場、外縁部の廊下。
そこに面白くない。と言った顔でその戦いを見届けた男が一人。
マリエルの父親、クリストフ・クーヴレールだった。
「よお、クーヴレール先生。十年ぶりだな?」
声をかけたのはウィルフレッドだった。
クリストフは声の方向を一瞥した後にすぐに向き直って、目も合わさずに口を開く。
「なるほど、娘に指南をしたのは君か、ローグ君」
「礼ならいらないぜ?」
「余計な世話だ」
冷たく父親は吐き捨てた。
「ああん?」
「中途半端に希望を持たせるなと言っているのだ。そのうち、嫌でもあいつは必ず壁にぶつかる。凡人と魔術師、埋めようのない差に絶望する時が来るのだ」
「は、あんたなら知ってるだろ? 伝説の七十期生、その二位であり当時の生徒会長であったシャーロット・リンステッドは凡人だった。
確かに凡人と魔術師、そこに生まれつきの差は存在する。だがな、それが埋めようのない差ではないってことをこの学園祭で知ることになるぜ。あんた」
ふん、と鼻を鳴らしてクリストフはウィルフレッドの言葉を唾棄した。
「決勝では私の教え子である二年生が相手だ。精々足掻いてみたまえ」
「おいおい、Bブロックでの三年生との試合もまだだろ?」
「結果など知れたことだ。私が手塩にかけて育てた二人だ。あの程度の魔術師に遅れをとることなどまずない。そして、君の教え子達にもね」
それだけを言ってクリストフは立ち去った。
学年対抗トーナメントBブロック試合。二年生チームvs三年生チーム。
結果はクリストフの宣言通り、二年生が三年生を圧倒する形で幕を閉じた。