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気になる終末空模様  作者: 永見坂
第一章〜テウルギア編〜
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アイリーン・デンゼルの力

「ただいまー」


 と言ってリアムは孤児院の扉を開ける。

 コの字型の構造をした孤児院は玄関口からすぐ壁が見えており、上がればまず、左右のどちらかを選択して進むことになる。

 右は子供達の寝室や倉庫。左は食堂や図書室。

 今は夕飯時……というのにはいささか早いなんとも微妙な時間帯だ。右眼の負傷のこともある。孤児院の年長者であり、姉代わりであるアイリーンには少しでも早く会って伝えたいのだが……さて、どちらに居るのやら。




「「リアムにいちゃーーーん!!!」」

「ぐほぁ!?」


 右方向からけたたましい絶叫にも近い声で呼びかけられたと同時に飛んできたタックル、二つ。

 それはみぞおちに見事に入り、リアムは悶絶する。


「な、お、お前たち……人を見るなりタックルを仕掛けるなっていつも言ってるだろ……」

「兄ちゃん! それどころじゃないんだよ!」

「そうそう! なんか黒い服の怖い人たちが来たんだよ!」

「黒い服……?」


 脇腹を押さえ込みながら、左眼を駆使してタックルを仕掛けた元気な少年少女を見る。

 少年の方はバジル。少女の方はフラニー。どちらも一〇歳であり、孤児院の中ではその元気旺盛、天真爛漫な性格もあって年少組の中ではリーダー格、つまりはガキ大将のような立ち位置にあった。


「それで……みんなはどうしたの?」

「みんな今は右の部屋で絵本読んでる。でもアイリ姉ちゃんは左の端っこの部屋で黒い服の人たちと話してるみたい」


 バジルが言った。


「もう一時間も出てきてないんだよ! リアム兄ちゃん見てきてよ!」


 フラニーが言った。はぁ、と一つため息をつく。


「分かった分かったよ。僕が見てくるから二人はベッドに戻ってなさい」

「「あいさー!」」


 ビシッと元気に敬礼。形だけは立派なものであると微笑ましいような感心するような感覚を覚える。

 その後、ドタドタと足音を立てて右側奥の部屋へと戻っていった。


「さて」


 一呼吸置いて、リアムは立ち上がる。進む方向は左だと決まった。


「なあなあ」

「なぁに? バジル」

「リアム兄ちゃんが右眼にしてる包帯なんかかっこよくね!?」

「わかる! あれだよね! きっとめーよのふしょーってやつだよ!」

「あれが冥夜の不書ってやつか! すげーかっけーなー!」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「や、久しぶり」


 所変わって、カフェ・クロウス。

 日も暮れてきた頃、徐々に客は増え始め、夜の酒場としての一面が現れ始めて居る。

 そんな中、一人カウンター席で五杯目のカルーアミルクを煽る男の元に黒い制服を着た金髪の男が現れた。


「……何の用だ? レヴィン」

「そんな怖い顔しないでくれよ。俺たちの仲じゃないか」


 なだめるように言いながら、レヴィンはおもむろにウィルフレッドの隣に座る。


「……ご注文は?」


 カウンターに立つダミアンが言った。


「ああ、お酒は飲まないんだ。そうだな……」


 チラリと壁にかけられたメニューを見て


「ベーコンサンドイッチを貰おう」

「かしこまりました」


 そう言ってダミアンは調理に取り掛かる。

 簡単な料理、程なくして皿の上に盛り付けられたサンドイッチがレヴィンの目の前に置かれる。

 待ってましたとばかり、金髪の男はサンドイッチを頬張り始めた。


「で? 何の用だよ一体」

「れひのへんのひほほうほふはよ」

「飲み込んでから喋れ」


 モグモグモグモグ……ゴクン。


「例の件の事後報告だよ」

「例の件?」

「知らないとは言わせないよ? 教団が孤児院を襲撃した件だ」

「なんで俺にそんな話するんだ?」

「だから知らないなんて言わせないって、君が彼らに助太刀したから彼らは助かった。そうだろ」

「……ま、調査済みだよな」


 面白くない。と言わんばかりにちっ、と舌打ちをする。


「気になってないわけじゃないだろう? アイリーン・デンゼル。何故彼女が狙われたのか」

「まあ……」


 図星なのかボリボリと後頭部を掻く仕草。


「機関は以前から彼女のことをマークしていたんだ。何度か直接あって話もした」

「それは知ってる。初めてあった時は俺を機関の人間じゃないか疑ってたし、それに……」


 腰から刀を鞘ごと引き抜いてレヴィンに見せつける。


「こいつを持ってるやつを知ってるとも言っていた。お前のことだろ? レヴィン」


 チラリとウィルフレッドはレヴィンの腰に納められた青い塗装が鞘になされた刀を見やる。

 ははは、と愉快そうにレヴィンは笑った。


「そこまで知っていたのか、なら話は早い。何故機関と教団が揃ってアイリーン・デンゼルを狙っていたのか、その話をしよう」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 応接室の扉を開いたら二人の少女が対面していた。

 一人は紫色の長髪で自身の姉代わりでもあるアイリーン。

 もう一人は爽やかな青い髪に燃えるような赤い瞳を持ち、その華奢な身体には分不相応な堅苦しい黒い制服を着た少女が来客側に座っていた。

 そして、その両サイドに同じく黒い制服を着た男女が佇んでいる。


「リアム、お帰り……ってどうしたのその怪我!?」


 アイリーンはリアムが応接室に入ったのを見るなり、弾かれたように立ち上がって顔の包帯にベタベタを触ってくる。


「わわわわわ、大丈夫! 大丈夫だから! 依頼でちょっと怪我しただけだから!」

「本当に大丈夫? 傷残ったりしないかしら……」

「大丈夫だよアイリ姉。そんな大したものじゃないから」

「リアムが大したことないって言ったことって大したことない方が珍しいじゃない!」


 リアムの顔が引きつる。だってしょうがないじゃないか。下手に騒ぎ立てるとパニックを起こしそうな人物が身内にいるのだから。

 こほん。と咳払いが一つ応接室で響いた。


「失礼。あなたがリアム・バージェスですね。お話は伺っております。お会いできて光栄です。

 私はヴィオラ・リーヴィ。セイヴスに所属する魔術師です」


 そう言って、立ち上がった青髪の少女はそっと右手を差し出した。

 リアムもそれに応えて右手を差し出し、二人は握手を交わした。

 改めてリアムはその少女の姿を見る。小さい……いや、そこまで極端に背が低いわけではないが、女性平均から見ても少し下、男性平均程度のリアムからすれば少し屈んだくらいがちょうどいいほどだった。


「初めましてリーヴィさん。えっと話というのは?」

「先日のノーブル教団がこの孤児院を襲った話です。なんでも侵入した教団の手先四人を一人で倒したとか」

「え、あ、いえいえ、あの時は本当夢中で……そんな大したことは……」

「そんなことはありません。あなたは家族をその身を呈して守った。この上ない立派なことです」

「そ、そうですか」


 慣れない賞賛の言葉の応酬。どう返すのが正しいのか分からず、言葉が詰まってしまう。


「それでは、私はここで失礼します。ご協力いただき感謝します」


 流れるように応接室の入り口に立ってヴィオラは深々と頭を下げた。

 アイリーンとリアムも応じて頭を静かに下げる。


「あの人……セイヴスに所属してるって言ってたよね? 何を話していたの?」

「そうね……」


 アイリーンは踵を返して、応接室の椅子に座る。


「座って話しましょうか」


 促されるがままにリアムももう一方の椅子に座る。


「機関の人……まあ、セイヴスの人が前から内に来ていたのは知ってるわよね?」

「まあそれは……でもそれって孤児院の管理のためじゃ?」


 アイリーンは首を横に振る。


「セイヴスの本当の目的は私よ。正確には私の力ね」

「アイリ姉の……力?」

「実は私、五歳までは普通に暮らしていたの、お父さんもお母さんもいた。でね、二人とも研究者だったの。

 テーマは『後天的魔術適正』の研究」


 後天的魔術適正。その言葉にリアムは戦慄する。

 テウルギアの人口の約5%もいない魔術師。世界の摂理を捻じ曲げ、自身の権限の範囲で好きな現象を巻き起こす神の力の一端に触れる存在。

 彼らは先天的に魔術を世界の摂理に触れる力を持ち行使する。逆にただの人間として生まれた存在が後天的に魔術を行使した事例は存在しない。


 故に魔術師は重宝され、魔術師でないものは魔術師を羨み続けるしかない。

 リアムは特にそうだったと言える。

 何故なら彼は魔術師がいないことによって評価を得られなかった『大凶作の八十期生』その一人なのだから。


「ある日、お父さんは産まれたばかりの赤ちゃんはまだ人としての構築式が未完成で、式が完成するまでの間に魔術的刺激を与え続ければ、後天的に魔術を使えるようになるんじゃないかって考えたの」


 ゴクリ、自然と唾を飲む。


「で……どうなったの?」

「成功……とも失敗とも言えない結果になったわ」


 曖昧な回答にリアムの表情は怪訝になる。


「からかってるわけじゃないわよ? その赤ちゃんはね、確かに魔術に触れる力を手に入れたの。

 でもそれはね。決して世界の摂理を操る緻密な魔術なんかじゃなかった。ただ何も分からない子供が乱暴に積み木に触れるだけの暴力……。『拒絶』って知ってるかしら?」

「魔術師が世界の構築式を書き換えた時に得られる最悪の結果だよね。世界に受け入れられない式を当てはめてしまったために魔術が暴発するっていう」

「そう、その赤ちゃんが手に入れられたのはそこまでよ。何も分からないけれど式には触れられた。そして、何も知らずに乱暴に触れた結果。それがどうなるかは分からない。でもそれは……」

「世界には受け入れられない……」


 そう。と静かに肯定した。


「その力を得た赤ちゃんっていうのが……」

「そ、私。アイリーン・デンゼルは類を見ない後天的に魔術に触れられるようになった人間なの」

「機関もその教団もその力を狙って?」

「この力は魔術師が式を書き換えるって行動そのものに干渉できるからね。機関は私を対魔術師要員として迎えようとしてたわね。ノーブル教団は知らないわ」

「これから、どうするの?」

「さっき来てたヴィオラちゃんにもね。正式にセイヴスに入らないか。冒険者登録は特例を認めるーとか言われたけどね」


 椅子に深く腰掛けて、脱力。悔いのない笑顔を見せる。


「断ったわ。やっぱり私はみんなのお姉ちゃんでい続けたいの」

「あはは、それがいいと思うよ。アイリ姉に戦いは似合わないって」

「そう言ってくれるか弟よ〜」


 ニヒヒと、悪戯な笑みを浮かべてテーブルを超えてアイリーンはリアムの頭を撫でた。


「やめろよ。アイリ姉……ん?」


 そう言えば。と一つ違和感を覚えた。


「さっきヴィオラちゃんって……」


 アイリーンは孤児院をまとめる最年長者なだけあって礼節はしっかり弁えている。

 もちろん、それなりの身分を持つものに対しては影でも敬称を忘れない。が、


「ああ、あの子ね。あの子こそ立派よね〜。私やリアムより歳下なのにセイヴスで隊長を任されてるんだって」

「は、はいぃ!?」


 やっぱり、魔術師って羨ましい。とリアムは心に思った。




 余談だが、この日を境に「メーヨ・ノフ・ショー」と言って片目に眼帯をするのが密かに孤児院のブームとなった。

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