14話
衝撃だった。
一般試験の方では、試験官が合格だと言っていた筈だったのに。もしかして、特待生試験に不合格だったから、一般試験も不合格判定になるとか!?……ジェームズおじさんに何て言えばいいんだろう……。
そんな事もあって落ち込んだ私が帰ろうとした時、不意に男の人に声を掛けられた。多分、同じくらいの年齢の人だと思う。後ろで纏められた少し長い金の髪に透き通るような蒼い瞳。格好いい人だなぁ。
「あー、君の名前はセレネ・ティアットで合っているか?」
「あ、はい。私が、セレネ・ティアットですけど……」
「……近くで見てるとよく分かったが、ウィリアムの言ってた通りの別嬪さんだな」
「ふぇ……!?」
「あ、ああ。なんでもない、さっきのは忘れてくれ」
な、何なんだこの人は。いきなり私を呼び止めて、べ、別嬪さんだって……!?は、恥ずかしい!
「さっき、合格者名簿を見てきたのだろう?あれは、一般合格者と特待生合格者の欄が別々なんだ。君は、特待生試験で負けはしたが、一般試験の結果を鑑みて特待生として合格になってるよ。異例の四人目としてね。どうせ、一般合格者の欄しか見ていないのだろう?」
「えっ!?」
急いで確認する。私の眼は、普通の人よりかなり良い。少し離れたこの位置からでも十分、私の名前がレイラさんの名前の下に見えた。
「………本当だ。よ、良かったぁ!」
「ず、随分と眼が良いんだな。強化魔術か何かを使っているのか?」
「あ、いえ。私、元から眼がいいんです。やっぱり普通じゃないですよね……」
耳の形は髪で殆ど隠れている筈だから、ばれないだろうけど、瞳が縦に割れているのは、近くでなくてもよく見れば判る。私が人ではないと思われるかもしれない。……それは正しいのだけど。
「いや、良いじゃないか。それくらい眼がいい事は誇ってもいいことだと、僕は思うけどね。獣のようではあるが、その金の瞳も十二分に美しい。他の人間には無い特徴だろう?悲観することはないさ」
「……そう……かな?」
「そうだとも!……ああ、僕としたことが自己紹介をしていなかった。君の事は僕が一方的に知っているだけだしな。……さて、僕の名前はアレス・アンブロシア。恐らく、同じクラスになるだろうから、宜しく頼むよ」
それだけ言うと、彼――アンブロシア君――は颯爽と去っていってしまった。直後、女子に囲まれていた。やっぱりモテるんだね、アンブロシア君。……ん、"アンブロシア"?アンブロシアってこの国の名称じゃなかったけ?何か関係あるのだろうか……。
結局、その後ローゼス商会へ帰っておじさんに特待生になれたと伝えると、昨日よりも喜んでくれた。直後、商会全体を巻き込んで昼時にも関わらず、大宴会を始めてしまった。……おじさん、嬉しかったのは判るけど、皆さん仕事出来なくなってるよ。
後で、その日のローゼス商会の売上は過去最低を記録した、と経理担当の人達が泣いていた。けど、その人達も私を祝ってくれた。
翌日、お返しに簡易型魔法鞄五個と魔法薬各種百個ずつをおじさんに渡すと、仕入れ担当の人達が飛び上がり、経理担当の人達はまた泣いていた。おじさんは凄く黒い笑みを浮かべていたけど。喜んでくれたみたいだし、良かったぁ。…………その翌日、大宴会での出費等の数倍の儲けが出たと、経理担当の人達が笑顔で教えてくれた。なんでも、魔法鞄を一個金貨千枚で売ったらしい。一個1億リンの鞄なんて売れるわけがないと思っていたら、完売したそうだ。………おじさん、簡易型でこれなら今までの魔法鞄は一体いくらで売ってたの………。
そして、試験から三日後。
私は、エリシオン学園の寮に入る事になった。何時までも、おじさん達にお世話になるわけにはいかないから。……経理の人達を筆頭にほぼ全員に止められたけど。なんでなんだろう……?
荷物の大半を強化型魔法鞄に入れ、私は魔法鞄を肩に掛けているだけだ。この魔法鞄は、お婆ちゃんの口座に入っていた"古代竜の胃袋"と"霊糸"で作った特別製だ。内部の容量はほぼ無限に等しい上に、内部の時間停止機能まで付けられた。強度も、多分上級魔術を直撃でもさせない限り壊れないと思う。世界で二個しかない特別な物だ。
「……本当に、寮へ入るのかい?セレネちゃんなら、何時まで居てくれても良いんだけどねぇ」
「……いえ、何時までもおじさんにお世話になるわけにはいかないですから」
「そんな事、君が気にしなくても良いのに。……これは、私がした婆さんとの約束だしねぇ」
それは、大分思い詰めたような表情だった。そんなに、私の事を考えてくれていたなんて……。
でも、これは私の我が儘だ。おじさんには、負担を掛けたくない。……人間とは言いがたい私は、絶対に負担になってしまうから。
「……今までの、お礼には足りないですけど、これ使ってください」
「……黒地の魔法鞄?今セレネちゃんの持っている物と同じ素材かな?」
「はい、容量はほぼ無限だと思いますし、中に入れたものは時間が停止するので、永久に保存出来ますよ。それと、それはおじさん専用にしてあるので、盗られても安心です。場所も……これを使えばわかりますし」
私が取り出したのは、小型の羅針盤のようなものだ。これは、特定の物のある方向を指し示してくれる優れものだ。昔、お婆ちゃんと一緒に作った物だ。因みに、専用化にはおじさんの髪の毛を使っている。一本だけ、こっそり抜かせてもらった。
そう伝えると、おじさんは手の中にある鞄を何度も見て驚いていた。周りにいた商会の人達も驚いていた。
「そ、それは凄いねぇ。そっちも、魔道具なのかなぁ?」
「はい、昔お婆ちゃんと作ったものです。位置を知りたい物を念じて触れるだけで、その物のある方角が判る魔道具です。これも、私が持っている予備を含めて二個しかないので、気を付けてくださいね?」
「あ、ああ。うん、気を付けるよ。……ところで、あの家からここまで来る間に使っていた魔法鞄はどうしてるんだい?」
「あ、忘れてました。もう使うことはないので、これもおじさんに上げます。これの容量は、精々この商会の建物がまるごと入るくらいですから、好きにしてくれて構いません」
「い、いやいや!精々ってレベルじゃないでしょ!?無いですよね、会頭!」
思わず、といった感じに声を上げたのは仕入れの人だった。かなり遠くまで行くらしく、大変だと毎日愚痴を言っていた。……うーん、今使っている物と比べると、精々だと思うんだけど。
「………セレネちゃん。本当に、これ等をもらって良いのか?魔法鞄だけで、一財産になるよ?」
「良いんです。私は、それ以上のものをおじさん達に貰いましたから!」
「そうかい。じゃあ、学校頑張ってね。私の、息子も同学年の魔術科にいる筈だから、宜しく言っといてねぇ」
「………はい!ありがとうございました。皆さんも、短い間お世話になりました!」
おじさん、同い年の息子が居るとは聞いていたけど、まさか魔術科だとは……。通っていても経営科だと思っていた。
今は驚きを顔に出さず、私ができる限りの笑顔を作る。その方が良いと思ったから。でも、おじさんは後ろを向いてしまったし、他の人達は泣いている。……それだけで、少し悲しい。
「……お前ら、笑って送り出せ。私は、先に仕事に戻っているから」
「……会頭……?了解しました」
近くにいた人以外は聴こえない位のおじさんの小声。おじさんは私に伝わらないように小声で言ったのだろうと分かった。けど、私は聴覚も人外レベルだった。
おじさんが商会の中へ言った直後、皆さんが笑ってくれた。涙は相変わらず、流れていたけど。それだけでも、嬉しく思えた。
「ありがとうございました!」
私は、後ろから商会の皆さんの声を聞きながら、学園の方へ歩きだした。
お婆ちゃん、皆いい人だったよ……。
私自身が泣いて目が腫れない事を祈りつつ、学園の寮を目指した。
次回、ついに学園編スタート!
といっても、私のプロット内では、まだ入学編になってますが(´・ω・`)
学園内での本格始動が次回から……ということで( ̄▽ ̄;)