プロローグ
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本作品は拙作「ESP部のとある登場」及び「殺し屋殺しの藁人形」のネタバレを多少含みますので、ご注意ください。(ただし、本作と前述の2作品は趣向が異なりますので、必ずしもこれらの作品を先に読むことをお勧めするものではありません)
「ねえ、知ってル? 実は精霊って、この世界に本当に実在するんだヨ」
などといきなり言って、即刻その言葉のすべてを信じてくれる人など、一般的な日本社会においては皆無である。
万に一つ、初めから全部を本気にしてくれる人がいるかもしれないが、しかしその場合、むしろそんな人間の方が大多数的価値観からすればデンジャーな存在であり、そんな輩は残念ながらとても一般的な人だとは言えない。そのようなケースは例外中の例外であり、後悔しない友達付き合いをしたいのならば、もっと別の人を選択するべきである。
しかしだからと言って、普通の学校の普通の友人を相手に、真顔を作って前述のセリフなぞを言おうもんなら、たいがいは
「何、それ? どんなジョーク?」
などと、最初から冗談と決め付けられたり、
「何だ、昨夜寝つきが悪かったのか?」
などと、夢の話だと決め付けられたり、
「……何か悩みがあるなら、俺が相談に乗るぞ?」
などと、精神的病気の類を疑われたりするのがいいところだ。
真実だと言い張ろうもんならそれこそ奇人呼ばわりされかねないし、友人関係が危うくなるかもしれないし、もしかしたら大人から本気で心配される可能性だってある。一般人の枠組みの中で生きて行きたいと思っている人間にとって、どう転んでも想定外の未来しか待っていない。そのような未来を望まないのなら、冒頭のようなセリフは初めから口にしないのが吉である。
――鞘河亜紀雄が「それ」を隠しているのも、つまりはそういう理由なのだ。
学業という名の一種の牢獄から開放され、安堵感が辺りを覆いつくす放課後の教室にて、帰り支度をしている最中に、隣の席のクラスメイトが、
「おとぎ話やら何やらだと、昔からあっちこっちで精霊なんつーもんが語り継がれてるけどさ、ここまでその例が多いってことは、実際にそんなもんがいるのかね?」
なんていう話題を突拍子もなく運んできた場合でも、亜紀雄は躊躇なく、
「あはは、そんなもんあるわけないでショ」
と笑い飛ばすようにしている。――――実は、彼の右隣わずか三十センチ先に鎮座している、当高校の制服をまとった小麦色の散切り頭の女子生徒が、その精霊本人であるにも関わらず。
当の精霊たる少女――鞘河スズラン――はというと、亜紀雄のその辺の心情を十分に理解しているので、自分の存在を否定するそんな会話にも、
「そうですよ」
と、他人事のように愛想笑いを浮かべている。できた精霊だと言っても異論はないだろう。
このスズランという精霊。この世界に降り立っている理由が理由だけに、亜紀雄とほんの数時間だけでも離れることを頑なによしとせず、無論亜紀雄も亜紀雄で高校をそう何日も休むわけにも行かないので、結果、スズランが学生として学校に通うことになったのである。
スズランには亜紀雄以外に身寄りはなく、また亜紀雄以外の誰かに身寄る意味も意義もないので、必然的に亜紀雄の衣食住すべてについて周ることになっている。彼らの級友達にしてみれば、亜紀雄を見れば必ずスズランも視界に入るし、スズランを視界に入れれば即ち亜紀雄の動向を眺めることにもなる。紐で繋がった飼い犬と飼い主のようなものだ。どちらが飼い主なのかという疑問は置いておくとして。
しかも、スズランが精霊であるということは周囲には完全に伏せられていて、スズランが亜紀雄にやたら着いて回っているその本当の理由を知るものは、他に誰一人いない。それはつまり、傍から見ればその昼夜問わず行動を共にしている様は、ただのオシドリ関係にしか見えないということで――
「――では、亜紀雄様。そろそろ帰りましょうか。帰りに夕飯の買い物をしたいのですが、メニューは何がよろしいですか?」
「……え? あ、何でも……」
「そうですね。亜紀雄様は中華がお好きですから、チンジャオロースなどどうでしょう? あ、亜紀雄様の嫌いなピーマンは、一応減らしておきますが、でも少しは食べないといけませんよ。好き嫌いはよくないです」
「……え? あ、ああ……」
「さ、行きましょう、亜紀雄様」
「わ、分かったから、あんまり腕を引っ張らないで、肘が変なとこに――」
「――くそっ、亜紀雄っ! 見せ付けんじゃねーっ! くらえっ! 彼女いない歴=年齢パーンチッ!」
「いたあっ!」
――現在、亜紀雄は級友に羨ましがられ疎まれるには十分と言うか十二分を過ぎるような状況に甘んじているのである。




