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1 魔皇帝の後継者は人間

――――うわわぁっ!!


 微睡んでいたイリダルは不意に聞こえた声に目を覚ました。間抜けな侵入者だと思いながら起き上がれば、彼の足元に一人の少年が転がっていた。

 赤毛の少年はイリダルが見たことのない服を着ていた。警戒したイリダルが少年の首を掴み上げれば、少年はプルプルと震えながらも懸命に彼を睨みつけた。まるで小動物のようだ、とイリダルは内心思った。


「お前は誰だ」


 イリダルの問いに、少年はただ睨みつけただけであった。小動物を虐待する趣味のないイリダルとしては、強引に聞き出す真似はしたくはなかった。だが、少年が何も言わないのであれば……無論、拷問も視野に入れる。

 殺気を滲ませながらもう一度聞けば、少年は震える声で呟くように言った。


阿留多伎アルタキ乃生ノウ

「アルタキノー?」


 少年の名前らしき言葉の羅列に、イリダルは首を傾げるしかなかった。どこが名前でどこが名字なのか。そもそも"アルタキノー"が名前なのか。

 首を傾げたイリダルを見て伝わっていないと思ったのか、少年はもう一度言った。


「阿留多伎、乃生」

「アルタキ、ノウ?」


 確認するように尋ねたイリダルに少年は頷いた。彼の名前らしい言葉をしばらく呟いていたイリダルだったが、言い辛いと溢した。

 言い辛い名前で、呼んでいると噛みそうだ。そう考えたイリダルはさらりと重要なことを決めた。首を掴んでいた手を離して少年を解放したイリダルは、息を整える少年に向かって告げた。


「テメェの名前を改名してやる。テメェの名前は"アルノー"だ」

「ア、アルノー?」

「この俺がつけてやった名前だ、光栄に思え」


 少年――アルノーは目を丸くして新しい名前を反芻した。まさか自分の名前が言い辛いからといっていきなり改名された少年はただ呆けるしかなかった。

 呆けたアルノーを余所にイリダルは着替えて身支度していた。床に座り込んだまま呆けていたアルノーは、バッと突然立ち上がってイリダルに叫んだ。


「誘拐は犯罪ですっ」

「誘拐?テメェが勝手に来たんだろう」

「僕は来てないですよ!足を滑らせて電柱にぶつかったらここにいたんですから!」


 アルノーの言葉にイリダルは再び首を傾げた。"デンチュウ"をモンスターの名前だと考えた彼は、運が悪かったなとアルノーに言った。アルノーは、自身が電柱にぶつかって気絶してそれを偶然見つけた彼に誘拐されたことが"運が悪かった"という意味に受け取った。

 電柱にぶつからなければ誘拐されなかったのか。アルノーはあの時足を滑らせた己を恨んだ。今恨んだところで、もう遅いのだが。

 アルノーの誤解を知る由もないイリダルは、デンチュウというモンスターについて詳しく聞きたかった。自分の知らないモンスターによってここに来たとは、そのモンスターは人を転移させる能力があるに違いない。


「デンチュウはどのような姿をしている?」

「電柱?電気を届ける柱…なのかな」

「デンキ?デンキを届ける柱?デンキはどういうモンスターなんだ」


 デンチュウとは、デンキというモンスターをどこかに届けるモンスターなのかとイリダルは興味深そうに頷いた。デンキを届けるということは、そのデンキと共生しているモンスターということか。共生するモンスターは中々珍しい。デンキをモンスターだと思い込んでいるイリダルは、興味深いモンスターがいるのかと思っていた。

 一方アルノーは、電気を知らない大人がいると驚愕していた。もしかしたら自分より頭が悪い人がここにいるのかもしれない。だが、彼の言った"モンスター"という言葉が気になってしょうがない。平和な国、日本にモンスターやUMAがいるわけがない。

 段々嫌な予感がしてきたアルノーは、考え得る現実から目を逸らしていた。ありえない、まさか自分が……異世界トリップをしたなんて。


「あの、突然すみませんが……この国の名前教えてくださいませんか?」

「国?ここは魔界だ」

「魔界!?じゃあやっぱり僕はトリップしたの!?」

「トリップ?転移のことか?」


 アルノーの言葉に先程から首を傾げていたイリダルは、彼がデンチュウにぶつかって転移したのだと思っていた。恐らく魔界のことを知る前に人間界から飛ばされたのだろう。哀れに思ったイリダルはアルノーに魔界について説明することにした。

 ここ、魔界は通常は人間界から来ることはできない特別な場所である。だが、魔界から人間界に行き来することはできる。それは魔界の住人が人間界の環境に適応でき、人間界の住人が魔界の環境に適応できないからだと考えられている。尚、魔界の住人は通常魔族と言われていて、人間界の住人は人間と言われている。

 魔界には五つの大都市があり、その中心に魔皇帝の住む城がある。そして、五つの大都市にはそれぞれ魔皇帝により任じられた市長がいる。普通の魔族の実力を1とすれば、市長の実力は100である。尚、この場合の人間の実力は0.01である。

 どうしてそこまで実力が離れているのか?それは保有している魔力量とその扱い方に差があるからだ。人間の持つ魔力は、魔族のものより濁っていて量も少ない。だが、どちらも魔力を用いて戦いをするのが主要となっている。つまり、魔力が純粋で量が多い魔族の方がどうしても強くなるのだ。


 一通り説明を終えたイリダルは、目を回しているアルノーを見て溜息を吐いた。理解していそうにもない

その様子に彼は自分のことも知らないのだろうと思った。

 目を回しているアルノーに、イリダルは彼が自分の状況に気付けるようにと、ここがどこなのかを懇切丁寧に教えてやった。


「ここは魔界の中心で、俺の城だ」

「城……魔皇帝の住んでいるのは中心にある城……もしかして魔皇帝!?」

「様を付けやがれ」

「す、すいませんっ!」


 アルノーは思わず正座してひれ伏した。その姿勢に満足気に頷いたイリダルは、ベッドに座って足を組んで彼を見下ろした。

 イリダルの覇気に今更気が付いたアルノーは、自分がとんでもない人に無礼を働いたと、この後受けるであろう罰に恐怖するしかなかった。チラリとイリダルを見上げては床に視線を落とすアルノーは、小動物のようであった。

 人間なら真っ先に消している筈なのだが、どうもこの少年を見ていると消す気にはならない。自分の知る人間と持っている魔力の質が違うのだ。外見は人間である少年だが、その魔力は魔族に近かった。魔皇帝である自分を知らないことからして彼は人間なのだが、腑に落ちない。

 また、イリダルはアルノーの赤髪が気になって仕方がなかった。赤髪は人間には現れない色素である。人間界の人間の髪は大抵金、黒、または茶色をしていた筈だ。ぼんやりとイリダルは昔のことを思い出しながら考えていた。ハーフなら赤色が現れていた筈だが、彼はハーフなのだろうか?


「テメェ、魔力の質が人間じゃねぇな。魔族とのハーフか?」

「ハーフ!?そ、そんなまさか…僕の両親は人間ですよ」


 イリダルの問いにアルノーはまさか!と大げさに首を横に振って答えた。アルノーの脳裏には、彼の両親が思い浮かんでくるがどう見ても日本人である。間違ってもイリダルのように藤色の髪に赤眼ではない。そもそも、藤色の髪をした人なんて地球にいる筈がない。勿論、コスプレの場合は除く。

 コスプレの際は髪を染めていることをアルノーが話せば、イリダルは彼の髪をじっと見つめて思考した。彼の髪は綺麗な赤色をしているが、それは染めたからなのだろうか。

 イリダルは赤色にも染めることはできるのかとアルノーに尋ねた。


「赤色にも染めることができますよ」

「テメェは髪を染めてんのか」

「僕?僕は染めていないです」


 イリダルの問いに目を丸くしながらアルノーは答えた。だが、イリダルの目は"染めていない"と答えたアルノーの赤髪を見ていた。

 染めていないのに綺麗な赤色をしているアルノーの髪に、本人が気づいていない。部屋に置かれた鏡をふわりと魔力を使って引き寄せたイリダルに、アルノーは魔法だと目を丸くした。


 鏡を手に取ったイリダルは、その鏡面をアルノーに向けて問うた。


「テメェは染めていないのにこの色なのか」

「え?髪が赤い!ど、どういうこと!?」


 あなたが染めたんですか!と憤慨したように言うアルノーを無視して、イリダルは思考に耽っていた。今、この時期に赤髪が現れるのには意味がある。人間だと思っていたが魔力が魔族寄りといい、何かとその意味と関係があることは間違いないだろう。

 長年魔界を統一していたイリダルは、このタイミングで赤髪が現れたことに溜息を吐いた。何とも厄介なことになりそうだ、と。

 パニックを起こしているアルノーを一発殴って落ち着かせたイリダルは、よく聞けと念押しした。一度しか言わないと言ったイリダルは、ここでアルノーが現れた意味を彼に伝えた。


「テメェは次期魔皇帝だ…例え人間だろうとな」

「えぇ!?」


 アルノーは思わずイリダルの顔を見た。美しく整ったその顔はどう見ても引退するとは思えない。意外に顔は若くても歳がいっているのか。そもそも魔界の後継者は彼の息子がなるものではないのか。

 イリダルは何も理解していないであろうアルノーに魔界の後継者の仕組みを説明した。


「魔界の後継者の決定権は俺と人魚姫にある」


 人魚姫は予言を得意とする、五つある大都市の市長の一人である。彼女は後継者の決定権においては魔皇帝であるイリダルに次いで決定権を持つという。その理由が、必ず当たる彼女の予言であった。

 今から約五百年前に人形姫は予言をした。


――赤髪の人間は手厚く迎えなさい。彼は次期魔皇帝となり、世界を越えた覇者となるであろう。


 魔界には赤髪の人間はいない。それもそうだろう、魔界に人間は住むことができないのだから。魔界に住むことのできる人間は混血児しかいないと、先程まで思っていた。だが、アルノーの存在がその考えを覆した。

 人間にもかかわらず、彼の魔力の質は魔族に近い。普通の人間は魔界の魔力を含む空気に耐えられなくなる。つまり、人間は魔界で呼吸することが困難なのだ。だが、アルノーは違う。普通に呼吸して会話もしている。

 普通の人間とは違うアルノーの存在に興味を持ったイリダルは、決断した。


「最終的な後継者の決定権は俺にあるから今ここで決めてやろう」

「えっと、何をですか…?」


 嫌な予感がしたアルノーは、腰が引けつつもイリダルに尋ねた。聞きたくない、だが聞かなければならない。複雑そうな顔をしながら聞いたアルノーに、イリダルはニヤリと何かを企んだような笑みを浮かべて答えた。


「たった今からテメェは俺の息子だ。次期魔皇帝として励むがいい」

「うえぇーっ!?」


 イリダルの宣言にアルノーはただ驚くしかなかった。突然魔界に現れた人間の少年、アルノーは現魔皇帝イリダルによって後継者に任じられた。次期魔皇帝となったアルノーは思いがけない言葉を受け入れられる筈もなく、ついには知恵熱を出して倒れてしまった。

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