旅は道連れ世は情け 3
不利な賭けに挑むアリシア。惚れた女の危機にシオンはどうする!?
「なあに、簡単な勝負ですよ」と店の奥の従業員に目配せして大きな酒樽を二つ持ってこさせた。
「この酒を私よりも早く飲み干したなら剣士さんの勝ちです」
いつの間にか人垣ができていて、町人の一人が呟いた。
「あの男は大酒飲みで有名だぞ。敵いっこない」
「可哀想に。とんでもない賭けをしたものだ」
口々に無謀な勝負だと言う声がアリシアにも聞こえてきたがもう後には引けない。
覚悟して樽の前へ進んだ。
「おい、酒は飲めるのか」
一緒にいてアリシアが酒を飲んだところを見たことがないシオンは、彼女の細い腕を掴んで尋ねると案の定困惑していた。
「……グラス一杯なら」
「話にならんな。何故、俺を頼らない?」
「私のわがままで、関係ないあなたを巻き込みたくないわ」
「大ありさ。惚れた女が困っているんだ。見過ごすことはできない」
また、人前でっ!! と声なき悲鳴を上げたが、シオンは涼しい顔だ。
「俺の勝利を信じろよ」
アリシアの肩を抱き寄せて耳元で囁くと不敵に笑った。
「この勝負、シオン・フォレストが受けた」
「いいでしょう」
野次馬が見守るなか、合図とともに二人が樽を抱えて飲み始めた。
正直、酒樽ごと飲んだ試しはない。シオンとてこの量は飲み干すのは容易ではないが、他人の為に一生を掛けて護ろうとするアリシアの真心を大切にしたかった。
剣士としては甘い感情だが、アリシアだから許されるのだと妙に納得してしまう。
そんなことを考えながらひたすら飲み続けるシオンをアリシアは見守るしかなかった。
樽の量は周りの者も確認できないし、勿論勝負している当人達もお互いどのくらい減っているか分からない。
だが、シオンの方が勢いがあるのは明らかで、ベストの男の口から酒が流れ落ちる量が増えてきた。
男の表情が苦しさで歪んできたが、シオンは顔色一つ変えず淡々と飲んでいった。
実は、彼もかなりきついのだがアリシアに大見栄きった手前表に出すのは男のプライドが許さない。
やがて、先にシオンが樽から口を放してそれを逆さまにしてみせると酒が一滴もこぼれなかった。
彼の勝利を知った町人達から拍手と歓声が湧き上がった。
「あいつに勝つとは大したものだ!」
「見てみろ。あの酒樽を飲んでも平気らしい」
「そんな馬鹿な……」と男が信じられない様子で呟いた。まだ自身の樽には酒が残っていたので、酒の飲み比べで無敵を誇っていただけに落胆が大きい。
「さあ、約束だ。その男は許してやれ。いいな?」
頬がこけた男は唖然としていたが、己の自由が確定すると喜んだ。
アリシアという美女と大金を失って気落ちしたベストの男は、五十万ペルの札束をアリシアに渋々渡したが、彼女はその中から二十万ペルを痩せた男に差し出した。
「これに懲りて真面目に働いて」
恐る恐る札束を震える手で受け取った男は涙声で「はい」と返事したのでアリシアは胸を撫で下ろした。
勝負を終わり人垣が崩れるなか、アリシアはシオンに駆け寄った。
「大丈夫?」
「当分は酒抜きだな」
軽く笑うシオンはかなり酒臭い。普段もよく飲むが、それでもこんなに酒の匂いはさせないので体調が心配だ。