悲恋
「哀れなものだな、シオン。女に捨てられて副隊長の名が泣くぞ!!」
王の恩恵を受け、若しくて近衛隊の副隊長になったシオンを快く思っていない剣士が叫んだ。
「なんだと!!」
「相手にするな」
普通の精神状態ではないと察した友人が宥めたが怒りで聞こえていない。
「あいつは俺に抱かれながら言っていたよ。王位を放棄したお前には興味ないとな。つまり、もう用なしって……」
剣士が言い終わらないうちにシオンの拳が顔面にめり込み吹っ飛んだ。
「もう一度言ってみろ!! 二度としゃべれないようにしてやる!!」
こんな屈辱は初めてだった。
怒りで我を忘れた彼を友人が背後から抑えたが、いとも簡単に振り解いてまた男に殴り掛かる。
男の仲間も加勢して、シオンは独りで複数を相手した。
酒場が一時騒然となり、騒ぎを聞き付けた近衛隊がすぐさまシオンと男を取り押さえてやっと事態が収拾した。
独房に入れられたシオンは、鉄格子の隙間から月を見上げていると涙が頬を伝った。慌てて拭うが止めどなく流れてくる。
ロザヴィはシオン自身ではなく、彼がいずれなろう王の寵愛が生み出す権力と富が欲しかったのだと友人から聞かされた。
初めて愛する者に裏切られた悔しさ、切なさ、苦しさを知った彼は絶望に打ちのめされる。
こんな想いをするならもう誰も愛さない……。
近衛隊を自ら辞めて国を去ったシオンは現在に至るまで女性を愛さなかった。
言い寄る女性は多いが、娼婦と関係を持っても他とは一切関わりを持たず五年間過ごしてきた。
だが、『宝船』でアリシアと再会して心が大きく揺れる。美しい容姿もさることながら、強くて純粋でそれでいて儚さを持つ彼女に惹かれる自身がいた。
アリシアの笑顔にどれだけ胸が熱くなっただろうか。
最後になろうともう一度だけ愛してみよう……。
「……アリシア」
これまで黙っていたシオンの低い声でアリシアは振り向いた。
「いいか。どんなことがあっても非情に徹しろ」
「シオン?」
「ロザヴィは必ずお前さんの命を狙う。そしたら迷わず斬れ」
ロザヴィは、自身の欲が満たされるまで尋常ではない執着心を持っていると一緒にいたシオンが良く知っている。そして、それを徹底的に排除しようとする陰湿な姿は思い出すだけでぞっとする。
彼とやり直したいと渇望するロザヴィの標的は間違いなくアリシアだ。彼女を見たあの恐ろしいまでの憎悪と嫉妬に満ちた瞳をシオンは見逃さなかった。
「でも、彼女はあなたの……」
「俺達は終わったんだ。『美しき死神』なら出来るな?」
シオンの険しいまでの漆黒の瞳にアリシアは頷くしかなかった。




