黒髪の女剣士
シオンの恋人だったロザヴィにアリシアは何を想うのか…
リンダ達と別れた二人は、カスピアの国境近くの町へとやって来た。
今夜はここに滞在しようと話がまとまり、アリシアは近くの宿泊先を探しにシオンの元を離れた。
彼女の後ろ姿を見送りながら、シオンはあの後のことを思い出す。
馬上で見つめ合い、手を伸ばすとアリシアに届いたので自然と身を乗り出した。
互いの息遣いを感じながら、想い人の唇があと数ミリで重なる距離をシオンは躊躇した。
すっと彼の体が離れる気配に目を開けたアリシアの、何かを期待したそれでいて安堵した表情に複雑な思いを感じた。
彼女に過去の愛を振り切れと言っておきながら、自身がまだ五年前の傷に怯えているのかと苦笑する。
それにしても、何故今になってあの女を思い出すのか。
最悪だな……。
目の前を通り過ぎる通行人をぼんやり眺めていると、不意に自身の名を呼ぶ女性の声がした。
アリシアではない、聞き覚えのある声にシオンの体が硬くなる。
振り向くと、腰に剣を提げた女性がウェーブがかかった豊かな黒髪を揺らしてこちらへ向かってきた。
「……ロザヴィ」
「久し振りね」
「ああ」
「もう何年になるかしら」
「さあね。過去は忘れてお互いの未来を生きるんじゃなかったのか」
ロザヴィと呼んだこの女性を懐かしさだけでは片付けられない複雑な感情が交錯している。
「あの頃は二人とも子どもだったのよ。世の中が何一つ分かっていなかった。だけど、今は違うわ。こうして巡り会えたのも運命だと思わない?」
「俺を捨てた女の台詞とは思えんな」
お前はいつもそうだ。自分の思い通りにいかないと気が済まない。
シオンは心の中で毒づいた。
「私達、やり直しましょう」
ロザヴィの突然の申し出に、シオンは目を細めた。
宿が決まったアリシアがシオンの元へ戻ろうとした時だった。剣士らしき女性と何やら話し込んでいたので傍へ行くのを躊躇っていた。
知人だろうか。それにしては、雰囲気が穏やかではない。
すると、アリシアに気付いたシオンが歩み寄り彼女の手を握った。
「行こう」
半ば強引に引っ張られたアリシアは無言のシオンとその場を立ち去った。
宿の部屋に着くと、シオンは勢いよくソファに座ると大きく息を吐く。
「あの方は?」
黒髪の女剣士と出会って様子がおかしいシオンに訊いてみた。
「昔、付き合っていた女だ」
やや間が空きシオンが口を開く。
「五年前になるか。あの頃の俺は子どもで、愛という言葉に溺れて彼女を失うまいと必死でね。そんな想いが息苦しかったのか俺を捨てて他の男と去って行ったよ」
意外だった。
そして、こんなに寂しげな彼も初めてでそれだけ当時の愛の深さが垣間見えた。
今更、やり直しても何も変わらんさ。そう、何も……。
目を閉じたシオンに当時の記憶が甦る。




