人はそれぞれ…
コーラム公国を出て、どのくらい経っただろうか。
旅を続けて三年、初めての連れ添う人物がシオン・フォレストだ。精悍な顔立ちだが笑うと子供っぽさが残る剣士をアリシアは馬上から眺めていた。
一緒に旅をしようと約束したわけでもないし「ついてきて」と懇願したわけでもないのに何故か隣にいる状況に最初は困惑したが、今更追い返すのは気の毒なので仕方なく彼を受け入れることにした。
強引だが嫌な気はしない。これがアイサが言っていたシオンの魅力なのだろうか。
「のどかだな。のどか過ぎて退屈だ」
ふとシオンが呟いた。何処まで行っても青い空と緑の森が彼をうんざりさせる。
「それだけ平和ってことでしょう。いいことだわ」
物は言いようだな、とぼやいたシオンはやっていられないとばかりに馬から降りると草むらに寝転んだ。朝が早かったせいか欠伸を連発する彼に、隣に座ったアリシアが水筒を渡した。
「平和すぎるのもつまらんが、こうして二人きりになれるなら悪くないな」
シオンは上体を起こして、アリシアの腰に手を回してにやりと笑った。すると、アリシアはその手首を掴んで素早く捻じり上げた。
「いてて、降参だ!」
「油断も隙もない人ね」
今度は彼女が笑って手を離すと、シオンは大袈裟に腕を擦り「やるなあ」と苦笑した。
「『宝船』でもそうだったが組手もやるんだな。いくつ習得しているんだ?」
「魔術と体術は護身程度よ」
護身程度ねえ……。
あの店での華麗な立ち回りを見る限りその程度とは到底思えない。現に、剣士崩れとはいえ大の男二人が無残に倒されたではないか。
彼女に惚れるのも命懸けだな、と眉をひそめる。
「腕が立つが、師はさぞ高名な剣士だろうな」
「……私の母よ」
「へえ、母上か。お前さんに似て美人なんだろ?」
「私よりもずっと綺麗で強くて優しくて、私の誇りなの」
アリシアの視線は流れる雲の彼方にあった。
旅に出る剣士の殆どは何らかの事情を抱えている。シオンはこれ以上の詮索は無粋と口を噤んだ。
しばらく山道を走り続けていると、轟音が二人の耳に聞こえてきたので音を辿ると十メートルはある滝が見えてきた。
「水を浴びたいな。汗と埃で気持ちが悪い」
今日は日が高くなるにつれて気温も上がり、久々に鎧を装着したシオンの体は蒸し風呂状態となっていた。
「でも、着替えはどうするの?」
「なあに、この陽気だ。すぐに乾くさ」
と、言っているそばから鎧を外し半裸で滝壷へ飛び込んだ。
水面から顔を出して少年のような笑顔で叫んだ。
「気持ちいいぞ! アリシアも来いよ」
畔に立って見下ろす彼女に声を掛けたが、「私はいいわ」と鎧だけ外して岩に腰掛けた。
額には汗が光っているが、応じないのは自分に警戒しているのか。子どもが悪戯を思いついた表情のシオンが突然、彼女の片腕を引っ張り水へと引き込んだ。
不意を突かれたアリシアの体は滝壷へと沈んでいく。
「ほんと、気持ちいい!!」
仕掛けた悪ふざけを咎められるかと思いきや意外にも笑顔のアリシアが現れた。
日光が水面に反射してアリシアが眩しく輝いた。水も滴るいい女とは彼女のためにあると見惚れている隙に、仕返しとばかりに彼目掛けて水しぶきを立てた。それが合図かのように二人は無邪気に水遊びに興じた。
一頻り水浴びを楽しむと、アリシアはなんの躊躇いもなく濡れた服を脱いでインナー姿になると日当たりのよい岩の上に広げた。
見事なプロポーションが露わになり、目のやり場に困ったのはシオンの方で当人はさほど気にしていない様子だ。
「意外と大胆だな」
「えっ?」
改めて自身のあわれもない格好に慌ててしゃがみ体を隠した。
今まで男性と二人きりという場面がなかっただけに、全身を薔薇色に染めて戸惑っている彼女に苦笑しながらも自身の鎧のマントを掛けてやった。
「汚れているが、ないよりましだろ?」
ありがとう、と小声で礼を言うと紫紺のそれに包まった。
「今夜はここで野宿しよう。薪を拾ってくる」
そう言って森の奥へ行ってしまった。
シオンのマントは触り心地が良く素肌に優しかった。鎧にマントが付いているのは剣士だけで、しかも上質の素材はかなり上位の役職に就く者しか与えられない。
もしかして……。
結局、答えは出る筈もなく太陽の光で揺らめく水面をぼんやり見つめていた。