裏切り
「なんだと!!」
フェザーの怒号が広間に響き渡ったので、クッソは首を竦めた。
「もう一度言ってみろ!! クッソ!!」
彼に詰め寄るフェザーの腕をアリシアが掴んで制した。その様子をシナリアは冷ややかな目で見ている。
「聞こえなかったのかしら? フェザー・タンジェリン」
「騎士団長はイルセ様のご遺志を継いだアリシア様ただお一人だ!!」
「私の夫になるべき者に与えるのは当然でしょ?」
「……えっ?」
フェザーを押さえていたアリシアの腕からふっと力が抜けた。
「……今、なんて……」
いかなる戦いの前でも、これほど声が掠れたことはなかった。それだけ激しく動揺しているのだ。
「私とクッソは契りを交わしたのよ、お姉様」
妹の不敵な笑みに、素手で心臓を掴まれたごとく胸が痛い。
ー恋人の裏切りー
自分という恋人がいながら、よりによって双子の妹と契りを交わしたクッソに愕然とした。
今の私はどんな顔をしているんだろう。きっと顔面蒼白に違いない。
それ程、全身の血の気が引くのを感じた時にはフェザーに肩を支えられていた。
シナリアの台詞だけが頭を駆け巡り何も考えられなくなった。
もはや、怒る気力も失せてしまったアリシアの代わりにフェザーが厳しい表情でクッソを睨む。
『愛』という絶対的な信頼を寄せてこの国を任せたというのに、権力と富をちらつかせたシナリアの誘惑に応じてしまったクッソを断じて許すわけにはいかない。
アリシアの想いを知っていただけにフェザーの怒りは凄まじく鬼の形相でクッソを殴り飛ばした。
騎士団きっての剛腕から繰り出された拳は、線の細い彼をいとも簡単に大臣の列まで吹っ飛ばして一同を愕然とさせた。
皮肉にも、この騒動でアリシアは正気を取り戻した。
「フェザー殿、やめて!!」
まだ殴りかかろうとするフェザーとクッソの間に両腕を広げて割って入った。
「何故、止めるのですか!? この男はあなた様の想いを踏みにじり、更に……」
フェザーははっとした。ブランデー色の瞳が潤んでいたのだ。
何も言えず拳を下ろした彼を、護衛兵が床に押し付けて取り押さえた。
「フェザー・タンジェリン。神聖な玉座で騒ぎを起こした上に、上官であり私の婚約者でもあるクッソに手を挙げたことは大罪よ」
そのクッソは、大臣達に支えられながらよろよろと立ち上がった。
「剣士の称号を剥奪した後、国外追放とします」
冷酷な彼女の命令に、フェザーの奥歯がぎりっと鳴った。
「望むところだ!! あんな男に仕えるくらいならいっそ死ん……」
「フェザー殿!!」
死んだ方がましと続く彼の台詞を、アリシアの悲鳴にも似た鋭く強い口調が遮った。




