愛の証 3
アリシアの遠征、そしてシナリアの誘惑。クッソは愛を貫けるのでしょうか。
気が弱い彼の心が、疑心暗鬼の闇に包まれているのをシナリアは見逃さなかった。
姉から全てを奪うと心に決めて十年。彼女の口から発せられる言葉は、真実をも捻じ曲げる話術と心を巧みに操る術を会得させてしまっていた。
「ところで、お姉様とは寝たの?」
「関係ないだろう!!」
突然のプライベートな質問に怒りを露わにしたがシナリアは動じない。
「その様子だとまだなのね? あなた達、付き合ってどのくらい経っていると思うの?」
「アリシアは団長の前に王女だ。正式に婚姻を交わすまでは……」
「お姉様がそう言ったの!? はっ! あの女らしいわ!」
彼女は吐き捨てるように言うと呆れた表情をした。
「私だったら、今すぐ愛している証が欲しいけど?」
事実、クッソはアリシアを何度か抱こうとしたがその都度拒まれていた。正式に婚姻を結ぶまでは待ってほしいと言うのだ。
アリシアの気持ちを尊重する半面、恋人としての自信も次第に揺らぎつつあった。
シナリアに自身の心を見透かれたようで、クッソの体が怒りと羞恥心で小刻みに震えているのを見て更にしゃべり続けた。
「私に替えたら地位も愛も全て手に入るわよ」
「……どういう意味だ」
「今、王は重病で政は出来ない状態にあるわ。そこで、慣例に倣って娘である私が代わりに政を行うことができるのよ。つまり、人事権は私にあるってわけ。勿論、騎士団においても例外じゃないわ」
目の前にいるこの女は一体何者だろうか。
彼女の言わんとすることが分かるだけに、クッソは心底怖くなる。
「私と結婚するなら騎士団長の座はあげる」
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ!! そんなの、許される筈がない!!」
拳を堅く握り、辛うじて反論したが鼓動は更に速くなるのを感じていた。
「そうかしら? 彼等がした仕打ちを考えればどうってことないけど、無理にとは言わない。一生、アリシア・シャムロックの影となって生きなさい!!」
この一言で、クッソの心が音を立てて壊れた。
二か月の遠征を終えた騎士団が帰国した。
大規模な遠征にも関わらず、オマスティアの騎士団の被害が最小限に抑えられたのは『美しき死神』アリシアの活躍もあるが、フェザーの巧みな用兵術によるところが大きい。
戦場において、いくら優秀な剣士が揃っていてもそれを最大限に活かせる者がいなくては烏合の衆となってしまう。
フェザーの師が用兵家だったので若い頃から戦術、戦法、補給など戦いに必要な基礎を叩きこまれた現在に至っている。
西の国にも、優れた用兵家がいるらしいが幸か不幸か両者はまだ相見えたことはない。
堂々たる凱旋に城下が盛り上がっているなか、馬上のアリシアはクッソを探した。残留していた剣士達も駆けつけてくれているのだが、やはり姿は見当たらない。
城に戻った後も、クッソは理由をつけてアリシアに会おうとはしなかった。その徹底ぶりは意図的に避けている気さえしたが、自身の勘違いだと言い聞かせるように納得する。
だが、事態は思わぬ方向へ流れていく。




