大人の事情
目覚めたアリシアのぼやけた視界に、心配そうに見つめるフィリカの顔があった。
「よかった、気が付いて」
虚ろな瞳で辺りを見渡したが彼の姿がない。あれは、逢いたいという深層心理が創り出した幻覚だったのかとまた目を閉じた。
「これ」とフィリカが翳した物にアリシアが飛び起きた。いぶし銀の重く古びた剣はまさしくシオンのに違いない。
「これは……」
「シオンがね、目が覚めた時に寂しくないようにって置いていったんだよ」
やはり夢ではなかったと自然に頬が緩んだ。
「シオンは?」
「ガトルとどこかへ行っちゃったみたい」
起き上がろうとした矢先に、二人が丁度帰ってくるのが見えた。アリシアの表情が明るくなったがすぐに沈んでしまう。
シオンに逢えて嬉しい反面、一緒にいると嘘をついて別れた後ろめたさに目が合わせらずにいた。
「どこ行ってたのよ!?」
「飯調達」
「きゃあぁぁ!!」
ガトルがぽんと放り投げた獣にフィリカが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ちょっと!! ど、ど、どうするのよ、これ!?」
半狂乱のフィリカが涙目で叫ぶと、ガトルがわざとらしく両耳を掌で塞いだ。
「どうって、捌くから脚を持って……」
「いやあぁぁ!! 向こうでやってよ!!」
「医術師のくせに血は苦手ってか?」
「それとこれとは違うのよ!!」
二人が言い合っている間、シオンは俯いているアリシアを半目で見据えている。
はっきりしなかった俺も悪いが、嘘ついてまで別れたアリシアも相当だろう。
フィリカの絶叫に耐え兼ねたガトルは、渋々と獣を引きずって奥へと歩いて行くとシオンも続いた。彼を伏せ目がちに追いながらそっと小さく息を吐くアリシアに、フィリカが覗きこむ。
「まだ具合が悪い?」
「ううん。大丈夫。ただ……」
「ただ?」
それだけ言うとまた口を噤んでしまった。別れた二人の間にどんな会話が交わされたかはフィリカは知らない。
好き合っているなら、どんな事情があろうとも逢えれば嬉しいに決まっている。なのに、アリシアは躊躇していた。
「お姉さまはシオンが戻ってきて嬉しくないの?」
「嬉しいわ」
「じゃあ……」
「嘘をついたの。ずっと一緒にいるから、あの日だけは近衛副隊長でいてほしいって」
あの日とは、シオンの師であるブベッセンス王位三十周年の祭典である。シオンが近衛副隊長としてパレードに参列した際に、アリシア等はブルニア国を去ったのだった。
てっきり二人の合意だと思っていたフィリカは、そんなにしてまで離れる必要があったのかと疑問が残る。
大人って難しいのね。
ついため息をつくフィリカだった。




