姉と妹 1
ボタンを掛け違えたかのようにすれ違う姉妹。シナリアの憎しみをアリシアは受け止められるのか。
宮殿に入ると、随行していた剣士達は所定の持ち場へ戻り、シナリアは二人の若い侍女を従えてアリシア達を客間に案内した。
さすが、西の大国だけあって宮内の装飾も豪華絢爛である。長い廊下は左右の壁に名画や彫刻が飾られており、高尚な趣味の持ち主なら退屈しなくて済みそうだが、全く興味がないシオンにとってはやはり退屈な廊下に過ぎない。
だからというわけではないが、前を歩く姉妹のそっくりな後ろ姿を眺めながらシオンなりに状況を整理してみた。
偉大な女剣士イルセ・シャムロックとこの姉妹は親子で王族である。あの高貴な雰囲気を持つ容姿や少々世間知らずで純粋な性格を考慮すれば納得がいく。
当時のアリシアは何らかの理由で国を去らなければならなかった。その原因は、妹のシナリアやクッソも関係しているに違いない。
シナリアといえば、この宮中でも姉妹を見分ける者が少ないほど頭のてっぺんからつま先までそっくりだが、こうも性格が違ってくるのだろうかと首を傾げる。無論、シオンも妹とはつい先ほど会ったばかりで全てを知っているわけではないが、あの媚びる目とむせる香水の匂いがどうも好きになれそうにない。
「ところで、何故戻ってきたの?」
「エバ様に戻るよう頼まれたわ」
シナリアの辛辣な台詞にアリシアは無表情で返した。
「エバ様? ああ、そんなことを言っていたわね。でも、お姉様に資格があるのかしら?」
見下した態度にアリシアはぐっと堪えた。
同じ容姿を持つ妹が放つ言葉は、心に奥にいるもう一人の自分に向けられているようで胸に深く抉る。
「そもそも私というものがいながら、今更どういうつもり? 一人じゃ来づらいから男と一緒!?」
シナリアは、姉とシオンを交互に見ながら言った。
自分は何と言われても仕方がない。しかし、関係のないシオンまで侮辱されるのは耐え難い。
「彼を部屋まで案内してあげて」
アリシアが目配せすると侍女は一礼してシオンを先へと促したので、寂しく微笑むアリシアを尻目にこの場を立ち去った。
やがて、姉妹の姿が見えなくなったのを確認すると侍女が深い溜息をついて嘆いた。
「アリシア様が可哀想」
「あの二人は実の姉妹と聞いているが」
「はい。でも、シナリア様はとてもアリシア様を憎んでおいでです」
「理由は?」
すると、侍女は辺りをきょろきょろと見回して声を潜めた。
「私も詳しくは知りませんが、なんでもイルセ王妃が亡くなったのが原因じゃないかともっぱらの噂です」
「剣士イルセ・シャムロックの武勇伝のことか」
「よくご存知で。そういえば、貴方様も剣士でしたね。今は、シナリア様に仕えていますが、アリシア様がお戻りになるなら喜んでお側に置いて頂くんですが……」
と、長いまつ毛を伏せた。
「ところで、剣士様はアリシア様とはどういうご関係なんですか?」
この辺りは若い女性らしい好奇心で、目を輝かせてシオンの答えを待っている。
こっちが知りたいよ、とシオンは曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。