答えなき定義
いよいよ第二章の始まりです。アリシアの苦悩とは?
ラヂュエンで身も心もリフレッシュした二人はこの深い森を抜けるとそろそろ新しい国に入る予定なのだが、あの『オマスティア』の話を聞いてからアリシアの表情は沈み、一人になると何やら手紙らしき物を眺めては溜息をついている。
訳を訊ければいいのだが、そうはさせてくれない雰囲気にシオンも手をこまねいている状態だ。
「いい女が台無しだぞ」
今日も物思いに更けている彼女に、痺れをきらしたシオンの口からついこぼれた。
「えっ?」
「いつも笑えとは言わないが、せめて俺といる時くらい気楽でいろよ」
そんなに自分はシオンが気にするほど顔が強張っていたのかと初めて気付いた。
「そんなに様子が変だった?」
「ああ。隙だらけで今なら襲えると思ったくらいだ」
シオンの冗談(本人は一瞬本気だったが)にアリシアが笑うと、「やっと笑ったな」と彼も笑みを返した。
気が緩んだせいか、剣士でもある彼にどうしても訊きたかった質問をしてみた。
「ねえ、シオン。一つだけ訊いていい?」
「ん?」
「あなたは何のために戦うの?」
何のために戦うのか……。
アリシアの疑問は、剣士なら一度はぶつかる壁である。
自身を護ろうとすれば誰かが傷つく。誰かを護ろうとすれば他の命を奪わなければならない。大義名分はどうであれ、結局は自分以外の犠牲無くして生き延びられない。
その矛盾を背負って今を生きている剣士とは一体……。
「剣士にならなければよかったのかしら」
いささか感傷的になったアリシアが呟くと、シオンは肩を抱き寄せて囁いた。
「アリシアが剣士じゃなかったら、俺とも出逢えなかったんだぜ」
もし、アリシアが剣士でなかったらコーラム公国にも行かなかっただろうしシオンとも会うことはなかったに違いない。そして、剣士だったとしてもこれだけの国と大勢の剣士がいる中で二人が出会ったことは奇跡に近い。
人はこれを『運命』という。
自身の中でシオンの存在がいかなるものかまだ分からないが、少なくとも悪縁ではないはずだ。
「俺は愛する者を護るために剣士になった。この信条を疑ったことはないし、疑ってはいけないと思う。それでも、迷うとしたらその時は……」
言葉を切ったシオンを見つめると、ふっと漆黒の瞳が鋭くなった。時折見せる剣士シオン・フォレストの眼。
短い間の後、真剣な表情のシオンが口を開いた。
「俺が死ぬ時だ」