アリシアの心情
アリシアの心が揺れ動く。いよいよ第一章完結。
次第に陽が傾くにつれてシオンの寝顔が穏やかになってきたので、安心した彼女は夜に備えて焚火に使う小枝を集めて回った。
泥酔状態からようやく峠を越えたシオンが目を覚ました頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。
額に置かれたタオルが濡れていたので今し方まで介抱してくれたのだと知った。
焚火に照らされたアリシアのあどけない寝顔を眺めながらふとシオンは思った。
ひょっとしたら、彼女はブランクルの一件の裏を知っていたのではなかろうか。アリシアほどの剣士がこの程度の芝居を見抜けない筈がない。助けた男とベストの男が仲間と知りつつ、これをきっかけに更生するのを願いながら己を犠牲にしても賭けに挑んだに違いない。そう考えれば無謀な言動に納得がいく。
傷つけるより傷つく生き方を選ぶのか……。
ブランデー色の髪をそっと撫でると気配に気付いたアリシアが目を覚ました。
「気が付いたのね。よかった」
「心配掛けたな。俺が火の番をするから寝てな」
小さく笑った彼女はまた眠りに就いた。
苦い経験を経てやってきたのが『ラヂュエン』という町である。この地域は温泉が豊富で湯治場として栄えており、遠方から剣士達が傷や疲れを癒しに集まってくる。
それ故に、彼等は情報収集の場として利用することも多い。
宿の設備が充実にしている所はやはり人気が高く、なかには一分隊で湯治に来ている騎士団もあるのであっという間に数ある宿が埋まってしまう。
ここまで来て野宿は忍びないと、取り敢えず手当たり次第に宿をあたることにした。
「いやあ、残念ながら」
「御覧の通り客が多くて」
「生憎、満室でございまして」
と、体よく断われ続けてやっと六軒目にして宿泊が叶った。築年数はかなり経っており外も中も古びていておまけに素泊まりだがこの際贅沢は言っていられない。
案内された各々の部屋で荷物を置いて一息入れたところで、温泉にゆっくり浸かって疲れをとりたいと部屋を出たアリシアは、申し合わせた訳ではなかったが同じ考えだったのか浴場の前でシオンと鉢合わせとなった。
「混浴じゃないのか」と残念がるシオンに慌ててアリシアは『女湯』と『男湯』の入り口を再度確認した。
さすが疲労回復を謳っているだけあって、勝負での酒もすっかり抜けたシオンと肌が潤ったアリシアは食事に出掛けると街の食事処も大勢の剣士達で賑わっていた。
「西の国の話、聞いたか?」
「いや、知らないな」
「病気の王に代わって娘が政治を行っているそうだ」
「よくある話じゃないか」
「その王女が権力を盾に国民に圧政を強いているらしい」
剣士達の会話は隣にいるアリシア達にも聞こえてきたので二人は何気なく耳を傾けた。
「へえ。なんという国だ?」
「確か、オマスティアだったな」
その名前を聞いたアリシアの表情が一瞬強張ったのをシオンは見逃さなかった。
「騎士団の士気も落ちたし、あの武勇伝もおしまいだな」
オマスティアといえば、かつて大戦で一人の女剣士が身を呈して自国を護ったと剣士の間では有名な話がある。
アリシアとオマスティア、両者にどんな関係があるというのか。
彼女は黙して語ることはなかった。
次話から第二章に突入! 一気に話が動きます。