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剣と愛の果てに  作者: 芳賀さこ
第一章 出逢い
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出会いは突然に

『宝船』にやってきた女剣士。シオンは何処か懐かしそう

 ここはコーラム公国。地形は海に面していて港が多く漁業が盛んである。気候は年間を通して温暖で、人間性も陽気で明るい。

 夜ともなれば、あちらこちらの酒場から笑い声や怒号が飛び交い賑わってくる。その中でもひと際客入りのいい店の看板には『宝船』と書かれていた。

「今日の獲物は大物だったよ」

「けっ、俺は雑魚かと思ったぜ」

 決して広いと言えない店内は、厳つい男達がひしめき合い一層狭くさせている。漁師達は互いの獲物の自慢話を肴に呑む、これが日課だ。

 地形を利用して船の往来も多く他国との貿易は公国にとって重要な役割をしているが、それ故に不特定多数の人間が出入りするので招かざる客も少なくない。

 そして、今夜もその客達が『宝船』に現れた。

「なかなかいい店じゃねえか」

 二メートルは優に超えようかという巨漢の顔には刀傷があり、見る者を震撼させた。

「そうだな。一休みするか」

 大男の背後から、同類と言わんばかりの不気味な男が二人続いて店内へ入ってきた。

 荒れ狂う海を相手にしている漁師達も、危険な雰囲気を感じたのか誰一人目を合わせようとはしない。

「おい、酒をくれ」

 三人の中で一番小柄な男が口を開いた。

「は、はい。ただ今」と、ウエイターが青ざめた表情で対応した。この男性は、今夜ほどこの仕事を選んだことを後悔したことはないだろう。

 酒が並々と入っている三つのグラスをトレイに載せて、恐る恐る異様な男達のテーブルへ運んでいく。だが、彼の体の震えは止まらず、こともあろうか一人の膝元にグラスを落としてしまった。

「おいおい、冷てえじゃねえか」

 膝を濡らされた男はウエイターをじろりと見上げて、勢いよく立ち上がり彼の胸倉を掴んだ。

「お、お許しを……」

 片手で持ち上げられたウエイターの両足は完全に宙に浮いた。

「この腕が悪いのか? いっそ切り落とそうか」

「ご、ご勘弁を……」

 彼の目から涙が溢れ出したが、その場に居合わせた客達は額に脂汗を滲ませてただ俯くしかなかった。助けてやりたいが到底敵う相手ではない。

 何故なら、巨漢を除いた二人は腰に剣を提げている『剣士』なのだから。

 相手が丸腰なら勝ち目はあるが、素手と剣の勝負は火を見るより明らかだ。

「待ちな!!」

 突如、大声が店内に響いた。その声の持ち主はこの酒場の女主人、アイサだ。

「誰だってそんな物騒なつら下げていたんじゃ、怖気つくのも無理ないさ。それに、ここは私の店だ。好き勝手な真似はさせないよ」

「ほほう。だったら、お前が落とし前をつけるんだな?」

「お望みならばね」

 アイサがぐいと袖を捲ると、女性とは思えない太い腕が露わになった。

 この一触即発の状況に、見兼ねた小柄な客が慌ててその場を離れた。

「旦那!旦那ってば!」

 彼が駆け寄った人物は、テーブルに足を載せて新聞を顔に被せて寝ている男だった。

「なんだ、騒々しい」

「暢気に寝ている場合じゃありませんよ。アイサが殺されちまう」

「あの女主人なら少々のことでは死なんよ」

「今夜は相手が悪すぎますって。なんせ、剣士が二人もいるんですよ」

「剣士?」


 この世界では、国を護る騎士は己の体一つで戦う『剣士』と、妖術・呪術・魔術・医術など術を操る『術師』と大きく二つで構成されている。

『師』と呼ばれる指導者の元で厳しい鍛錬を経た後、『師』から認められた者のみが『剣士』や『術師』の称号が与えられる。剣士になると各々の国の騎士団や近衛隊などに属する。優秀な剣士は国防に欠かせず、各国とも人材を獲得するのに必死であるが故に実力の差が剣士の人生を左右する。

 主に仕える者、国を追われる者、そして金や権力に目が眩み賞金稼ぎ不逞の輩に成り下がる者も少なくない。


 今夜のならず者達も剣士ならば実力はどうであれ素人では太刀打ちできない。新聞紙を外した『旦那』の顔は、漆黒の髪と瞳を持つ精悍溢れる整ったものだった。

「そりゃ、ちと歩が合わないな」

 そう言って、黒髪をかき上げてテーブルから長い脚を下ろそうとした時だった。

「なんだ、お前は!?」

 マントを頭から羽織った人物が、アイサとならず者達の間に割って入ってきた。

「三対一とは卑怯ね」

 凛とした澄んだ声から若い女性と想像できる。

「じゃあ、あんたでもいいぜ。ただし、別の方法でな」

 剣士の一人がにやけながらマントを剥ぎ取った。

 引きずり下ろされたマントからふわりとブランデー色の長い髪がこぼれた。その髪の持ち主は、白い肌にふっくらとした薔薇色の唇、瞳は髪と同色で万人が認める美女だ。すらりとした体に銀の鎧を纏い、大男達を見据えている姿は気品すら漂っている。

 そんな彼女に『旦那』の目が大きく見開いた。感慨深く「まさかここで会えるとは」と呟いたが騒々しい場で小柄な男の耳には届かなかった。

「女剣士とは珍しいな」

 確かに、美女の腰に剣が下がっている。

「こいつは面白い。その剣が本物かどうか確かめてやる」

 荒ぶれた剣士が剣を抜こうとしたが、実際には鞘から抜かれなかった。既に、彼女の剣先が男の喉元に寸止めされていたからだ。

「このまま大人しく帰れば命までは取らない」

 女剣士の静かで有無も言わせない口調に、皆固唾を飲んだ。

「旦那、まずいですよ。二人の剣士はともかくあのデカい野郎は無理だ。殺されちまう」

 小柄な男はたまらず加勢しようと身を乗り出したが、その手を『旦那』が掴んだ。

「まあ待て。お前さんが行ったところでかえって足手まといだ。いざとなったら俺が行くさ」

『旦那』はにやりと笑って腰の剣を触ってみせた。

 この男も剣士だった。

 まずはお手並み拝見といくか

「う……ぐ」

 剣士は、彼女の素早い動きに反応すら出来ず首筋に冷や汗が流れた。喉元に突き付けられた剣先を外すには相手よりも先に退かなければならない。だが、あの速さだと今度こそ斬られるに違いない。

「くそっ、舐めやがって!!」

 もう一人の仲間が女剣士に襲いかかったが、振り向きざまにすらりとした脚を男の首元に蹴り込んだ。大の男がカウンターまで吹っ飛び激突すると、酒の瓶やグラスが次々と音を立てて割れていった。加えて、カウンターは原形を留めないほどぐしゃぐしゃだ。

「はぁ……。また派手にやってくれたね」

 店の惨事にアイサは呆れた。

「それにしても、あいつは何をやっているんだい!? 用心棒が聞いて呆れるよ!」

 と、忌々しく見る視線の先には無法者と華麗な立ち回りを披露している女剣士を傍観している『旦那』がいた。

 次に剣を振りかぶってきた剣士の、がら空きになったみぞうちに剣の柄をお見舞いした。

 二人の剣士が女にいともあっさり倒されたのがよほど感に触ったのか、いよいよ巨漢が進み出た。

 身長や体格差ではもはや常人の比ではない。

 美女の表情が俄かに険しくなった。

 肉弾戦に持ち込まれたら勝機はない。

「ぶっ殺してやる!!」

 大声で叫びながら、人間とは思えない筋肉で腫れ上がった腕で彼女に掴みかかってきた。

 やられる!!

 その場にいた全員が無残な姿を想像して目を背けたが、鈍い音を立てて大男の拳は途中で止まった。

「女性に手を上げちゃいかんだろう」

 巨漢ほどではないがそれでも鍛えられた『旦那』の腕がしっかりと行く手を阻んでいた。そして、大男の手首を掴み捻じり上げた。

『旦那』と呼ばれているが年齢は25で眼光は鋭いがどこか悪童っぽく、この状況を楽しんでいるのか口角が上がっている。

 力比べはどちらも一歩も譲らず、二人の腕が小刻みに震えてきた。一瞬でも気を抜けば、あの美女に被害が及ぶだろうし己の身も危ない。

『旦那』が不敵な笑みを崩さず更に力を込めた時だった。

 骨が砕ける音がして巨漢が絶叫した。

「ぐおぉぉぉ!!」

 まさに信じられない光景だった。『旦那』が自分の倍はある腕をへし折ったのだ。

「もう一本いくか?」

 額にうっすらと汗が滲んでいるが大して息も乱れておらすまだ余裕すら窺える。

 この若者に折られた不自然に曲がった右腕を見て大男は初めて恐怖と激痛に顔を歪ませた。そして、ならず者三人はのろのろと立ち上がり入口へ向かった。

「ちょっと待て」

 『旦那』は長い脚で入口を塞ぎ、三人の行く手を阻んだ。

「修理代を置いていけ」

「修理代だと?」

「あちこち壊していっただろう? 手ぶらでお前達を帰したら俺があの女主人に殺されかねんからな」

 とぼけた口調だが、『旦那』の眼は「今度は腕一本では済まない」と言っていた。

 大男は後ろにいた剣士に金を渡すよう顎をしゃくると男は金貨で膨れている布袋を一つ差し出したので、『旦那』は満足げに受け取った。

「くそっ!! 覚えていろよ!!」

 三人は口々に捨て台詞を残して逃げるように立ち去った。

 一同はその様子を見届けると、やっと安堵の表情を浮かべた。

「余計なお世話だったかな」

『旦那』は女剣士に向き直った。一戦交えた後とあって、頬は紅潮してまるで紅を差したような顔を間近で見て改めて美しいと実感しる。それししても、あの頃と何一つ変わっていない。

「いえ。お陰で助かりました」

 一礼すると長い髪がさらさらと流れた。一つ一つの仕草に見とれてしまう。

「ちゃんと仕事しておくれよ。こうなる前にさ」

 アイサが指差した方向には、無数のガラス片、液体化した酒、木くずが散乱していた。

「これで足りるだろう?」

『旦那』は、先程あの三人からせしめた金貨の袋を手渡した。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 大半は自分が招いた結果に女剣士は深々と頭を下げて詫びると、アイサは「とんでもない」と顔の前で手を振った。

 椅子に置いていた荷物を手に取りここを去ろうとする彼女を『旦那』は愛おしく見つめるしかなかった。

 ここで別れたらもう一生会えないだろう。所詮は縁がなかったのか……。

「ちょっと待っておくれよ」」

 呼び止めたのはアイサだ。

「あんたは命の恩人なんだから礼をしなきゃ罰があたるよ。何かお礼をさせておくれ」

 女剣士は少し困惑したが、断るとどこまでも追いかけてきそうな迫力に押されて「では、お言葉に甘えて」と承諾した。

「今夜、泊まる宿を探して戴きたいのですが」

「なら、うちに泊まりなよ。部屋は……」

「生憎、空いていないが俺は相部屋でも構わないぜ」

 巨漢の手首をへし折った時とは全く別人のにやけ顔で言うと、アイサに名案が浮かんだらしくぽんと手を打った。

「そうだ。あんたは物置に移ってもらうよ」

「物置?」

「当り前さ。肝心の時に役に立たないんだから、このくらい譲りな」

 確かに反論できる立場ではなく、半ば強引に決定してしまう。

「私は物置でも構いません」

「気にしないでいいんだよ。そもそもあいつに決定権はないんだから」

 アイサに促されて、二階へ上がっていく美しい女剣士の後ろ姿を見送りながら彼は微笑んだ。



拙い文章ですが、思いのまま綴りました。それぞれの登場人物に感情移入して読んで頂いたら幸いです。解りづらい表現がありましたらご指摘よろしくお願いいます。

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