過去の喜びは、良き思い出
――おめでとうございます。あなたの作品が選ばれました――
「いよっしゃぁぁぁぁぁああっ!」
喜びを体全体を使って表わす俺は、傍から見れば変人であろう。
だがそんな事も気にすらしない。こんな、こんな嬉しいことが他にあるものか!
「やっとだ……俺もとうとう作家デビューだ……!」
そう、それが分かったのはつい先ほどの事。
いつものように家の中でダラダラと過ごしていたら、一本の電話がかかってきた。友達からだと思って出てみると、相手は見知らぬ人。
少し戸惑いながらも話を聞いてみると、なんとかなり前に公募に出した自分の作品がいつの間にか最終選考に残っていたらしくて、見事俺の作品が選ばれたとのこと。
正直、実感があまり沸いていない。
だけど、とうとう俺も自分の小説でデビューすることが出来たんだ!
「と、とりあえずこれは報告するしかない!」
俺は急いでメールで片っ端から知り合いに、『小説で賞取った! これで俺も作家デビュー!』と書いて送った。するとすぐに返信が帰ってきた。
『おめでとう! とうとうデビューか~』
『やったな。これからもがんば!』
『ちくしょうー、先越された……。とりあえずおめでとう!』
いろんな称賛と時おり少しの嫉妬が一気にメールで送られてくる。それを見ながら俺は今後どうするかを考えていた。
デビューしたってことだから、自分の本を本屋なんかで売る事になる。
そしたらどんどん有名になっていって、いろんなファンレターが来たり、握手会なんかもやったりして……ああもう! 考えただけで楽しくなってきた!
何はともあれ、これでようやく俺もただの物書きを卒業だ!
明日にはさっき電話してくれた人と会って、今後の予定とか話し合って、それで表彰式とかの日程を決めるらしい。
とりあえず今日はその準備をするためと、過去の自分と別れるために散髪しに行こう。
「そうと決まったら、さっそく出かけるか!」
着替えて服装を整えると、俺は家の扉を開けて外へ――。
「……あー。懐かしい夢見た」
閉じてあるカーテンの隙間から漏れてくる朝日を浴びて、目を覚ました。
顔を起こすと目の前にあるのは電源のつけっぱなしのPCの画面が。開いてあるのはいつも小説を書いているときに使っているソフトで、まだ数行しか書いてない。
どうやら、プロットを書こうとしてうんうん唸っていたら、気が付いたら寝ていたようだ。
ケータイを見てみると、俺の担当の人からのメールと電話が何件も来ていた。昔の俺だったらかなり焦ってすぐに返信か電話をかけなおしていたけど、今はもう慣れてしまって無視をしている。
次の締め切りまではもう一週間も切っていた。だというのに、内容どころかプロットもろくに書けてない酷い状況。
「あの頃は、まさかこんなに苦しいとは思ってなかったなー……」
そう呟きながら、とりあえず飲み物を求めて冷蔵庫からコーラを取り出して一気に飲み干す。残り少なくて炭酸もほとんどないからこそ出来る飲み方だ。
作家デビューしてからの俺は、かなり順調に作品を出して有名になりつつあった。しかし、時代というのは日々変わっていくもので、今では俺はそこまで売れてなく、作品の方も停滞しつつある。
どうしてこうなってしまったのか……。やはり、俺には作家は似合わない職業なんだろうか。
「……いや、だとしたら、全国のまだ作家になってない人たちに文句言われそうだな」
空気を入れ替えるために窓を開けて網戸にする。しばらくカンヅメだったから、外から入ってくる空気がかなり新鮮に感じられる。
にしても、なんであんな昔の夢を見てしまったんだろう。小説を書いていると、そういったどうでもいい事でもなんか意味があるんじゃないかと考えてしまう。
あの時の俺はかなり純粋だった。ただ自分の小説を世界に出して、それでも自分の好きなように書いて……。
でも今の自分はどうだろう。締切の事を意識しすぎて、世間の事を気にしすぎて、自分の思う存分に書いているとは思えない。まるで何かに束縛されているかのように。
これは、少し気楽に生きろっていう過去の俺からのアドバイスなんだろうか……。
「…………考えすぎかもだな」
でも……。
少し、気分転換に散歩でもしてこよう。
そうすれば、今まで見えなかったものが見えるかもしれない。何か新しいプロットが思いつくかもしれない。
思い立ったが吉。そう思った俺はさっそく服装を整えると、玄関の扉を開けて外へと飛び出す。
まるで、夢に見た昔の自分を当てはめるように――。
今回ばかりは後書きを書かせてもらいます。
これはただ僕の想像です。実際はこうじゃないと言う人もいるでしょう。
そして作者はただの物書きです。世間で本を出すなんて事はしてないです。
それだけは知っといてください。まあ、こんな文章書いてる時点でお気づきだとは思いますが……。
それ以外の事で、たとえばこの作品から何を読み取ったか、というのは全て読者の皆様にゆだねます。
そんな、どうでもいい後書きでした。