帝国皇女
帝国北部の港町 ミュンヒは帝室直轄領の一つである。3代前だか4代前だかの皇妃陛下様が保養地として海辺の別荘を欲したことから当時、寒村だったミュンヒに多額の投資がされ急速に発展した町である。
ロゼッタ帝国第3皇女殿下の名前を聞いて眉をしかめるものはある程度、帝室、帝国内の情報に通じているものである。彼女には上に2人の兄と2人の姉、下に1人の弟と妹がいる。しかし、彼女の皇位継承権は最下位の8位。彼女に後ろ盾となる有力な貴族も信頼できる親族も存在していなかったからである。彼女の母親は皇宮で働く侍女であり、そこでたまたま当時の皇太子(現皇帝)のお手付きとなってしまい一人娘を授かってしまった。もちろん、礼節をもってむかいいれられたが親類縁者は戦争によってほぼ壊滅、唯一残っていた祖母も他界し、天涯孤独の身となってしまった。その為、母親の帝室での扱いは非常に軽いものとなってしまい、結果、彼女の継承権もずるずると下降、ついに最下位となってしまったのである。
「いつまでここにいればいいのかしら?」
ロゼッタはため息をつきながら眼下に広がる海とそこに停泊する数多くの帆船の群れを見つめた。
「・・・・いっそ、海に出てあっちこっち放浪するのがいいかしら・・・」
彼女に行動の自由はない。最下位とはいえ皇族の一員であることには違いなく、その為各種の義務から逃れられなかったのである。
婚姻の自由がなく、もちろん処女であることが政略上有利であると考えられたため、恋人を作ること認められなかった。しかも保安上、常に数人の護衛官と行動を共にしなければならず、しかも彼らは帝室からの監視者でもあった。
唯一といってよい娯楽はミュンヒ唯一の軍艦にしてロゼッタの財産となっているニ等巡洋艦 ヒューベリオン に乗っている時である。ヒューベリオンは帝国軍艦の中でも最古参の軍艦で艦齢は50年を超える老朽艦である。すでに帝国海軍から除籍され、皇室財務局に帝室財産として計上された物をロゼッタがミュンヒに流される際、座上する船として与えられた物で現在、ロゼッタ個人が所有する船ということになっている。実際は船の艦長 キュンメル退役大佐の趣味で維持、管理されている。彼は退役前からこの船の艦長を務めていた者で人一倍この船に深い愛着がある。退役後、解体されることの多い軍艦を帝室財産に計上されたのも皇族の御召艦として存続できたのも彼の働きかけによるものが大きい。彼の目的はこの船で最後まで航海することであったし、そういう意味では航海や演習が自由にできる皇族の御召艦は有利であった。現在、ヒューベリオンは艦長の趣味の演習航海に行ったばかりであり、あと5日ばかりは帰ってこない予定となっている。
「帰ってきたら艦長に頼み込んで航海に連れて行ってもらおう。今度こそ」
ミュンヒに来て以来、もう8年になるがロゼッタが船の乗って航海に出たのは5回くらいしかない。確かに最初のころは子供であったし、しょっちゅう乗せるわけにはいかなかったのであろう。しかし、もう彼女も16となり急速に心身共に成長したひそかに自負を持っていた。
同刻、帝国辺境領
ワイバーンが去った後、しばらく彼女は茫然としていた。あまりにいろんなことが起きて心身が状況を整理しきれなかったからである。ほんの数分魂が抜けたように微動だにしなかった体がビクッと痙攣を起こす。
「ヒエン。!!ヒエンは!??」
突然、、思考停止状態から急速に覚醒していく。見るとヒエンは赤い血だまりの中に横たわっている。
「ヒエン!!」
帝国北部は平和な土地であった。国境を直に接している国もなく、これといって特徴のある特産物を産してもいなかったからである。ここでの第4皇女の評判は悪くはなかったし(彼女はわざわざ帝都から送られていた各種調度品や消耗品を地元の業者と直接取引し、疫病がはやった時はいち早く城館の一部を治療のため解放したことがあったため)、夜盗や盗賊も比較的警察力に余裕のある北部では少ない。そんな惰眠をむさぼっていた北部に激震が走ったのはルールの月24日のことである。
『皇太子暗殺』
この情報が賭けめくった時、多くの人は他人ごとであった。当時、暗殺は珍しいことではなかったし、ましてやここの皇女殿下は継承権最下位なのである(厳密には皇族から貴族に降嫁した者にも継承権があるからこの場合は直系子孫の中でということ)関係ないと思って当然であった。しかし、事態はさらに混迷を深める。
『皇帝死去』
この報が届いた時、人々は嵐の予感を感じずにはいられなかった。皇太子についで皇帝が続けて死去する事態は嵐を予想するには十分すぎた。いや、こんな状況でひと波乱なくすむほうが裏で凄惨なことが起こっていると相場が決まっているのだ。しかし、次に起こった事件はある意味人々の予想を大きく覆した。
「エユロ兄上がアティナ姉上に反逆した?!」
ロゼッタにとってこれは驚くべき事態であった。エユロは彼女の次兄、第2皇子である。一方、アティナは彼女の長姉、第1皇女である。本来なら皇太子亡き後、継承権1位であるアティナが皇位をついで終わるはずであるが、よりにもよって反逆が起こるとは、しかも気弱で暗愚であるとの評判の第2皇子が行うとは・・・当時の人々だけでなく第2皇子をよく知る兄弟、姉妹たちも驚きを隠せなかった。
第1皇女アティナは正妃の娘で主要な帝国貴族の支持を得ていた。一方、第2皇子のほうは何人かの貴族の支持があるだけでけして強大ではない。しかもそれに気弱で暗愚という評判もあるのである。反乱は長くは続かない、戦力差は圧倒的、これは第2皇子の乱心が原因だ、など第2皇子に不利であるように見えた反乱は大方の予想に反して半年経過しても収まってはいなかった。
ラーム神聖国 帝国南部と国境を接する国でけして大きな国ではない。が、神聖国と名乗るほど大陸西部で最も大きな宗教勢力 ルクソン聖教 と結びつきが強い。そのラーム神聖国が第2皇子を支援しているのだ。特に神から愛された軍団との呼び声の高い聖十字騎士団が第2皇子のもとに派遣されると不利だった戦局は一変、膠着状態へと入った。
「兄上は何を考えている!これでは内政干渉ではないか!!」
ロゼッタは考えの浅い兄を罵倒した。一方、圧倒的戦力を有しているにもかかわらず攻めあぐねている姉に対してもいら立ちを感じていた。
「半年も私は・・・・・」
無為に時を過ごしていたのではないか、そんな後悔が彼女の心を掻き乱す。ちょうどその時
「失礼します。」
帝都からの貴重な情報源である交易商人が部屋を訪ねた来たのである。
「おお、そなたか、息災で何よりです。帝都の方もつつがないですか?」
「ええ、帝都はいまだきらびやかで先日も帝室主催の大舞踏会が行われました」
「・・・・まあ、さすがは帝都、きらびやかですね。他には何か変わったことはございませんでしたか?」
「はい、皇女様。先日、第3皇子様の病死と第2皇女様の御婚約が発表されました。お相手はアンドレア侯爵様だそうで」
「え、弟が!いったい何時なくなったのですが?」
「10日ほど前になります。葬儀は盛大に執り行われました。」
「・・・貴重なお話をありがとうございます。さっそく弟の喪に服したいと思います。今日はこれでお引き取りください。こちらはいつものお礼の気持ちです」
「へえ、ありがとうごぜいやす」
男が去った後、大きなため息と虚脱感が襲った。そして自分はおそらく運がいいのだと思い始めた。ここから帝都まで騎馬を使っても8日はかかる辺境である。だが皇族である弟が病死するという大ニュースがここに伝わっていないのはおかしい。おそらく姉のどちらかがこちらへ伝わる情報を阻害しているのだろう。なぜ、そんなことを?かなりの確率で皇位継承権を持つものをできるだけ排除しておきたいのだろう。もちろん、弟を殺したばかりですぐには行動に移さないであろうが、いずれ・・・・・・
「わざわざ、殺されるのを待つのも芸がないな」
そう小さく呟くと部屋を飛び出し、ミュンヒ港に向かい馬を走らせた。
港に着くとちょうどヒューベリオンが入港するところであった。
「姫殿下~!!」
見ると甲板上に元気のいい白髪の老人が大声を張り上げている。彼がこの船の艦長、キュンメルンその人である。着けている衣装も他の船員と比べると豪華でよく見ると白髪とは思えないほど筋骨隆々で生粋の船乗り、といった感じがよく出ている。
「姫殿下~!!わざわざ御自らでむかえ、かたじけない」
ガハハと笑い声が続く。よっぽど航海に出られなかったことを悔しがっておると思われたらしい。
「キュンメル~!相変わらずのボロ船だな~。今度の航海で沈んだとばかり思っていたぞ~」
「ガハハ、姫殿下も御人が悪い。この船はまだまだ現役ですぞ~。例え嵐が吹こうが槍が降ろうが無事に渡り切って見せやすぜ」
「じゃあ、物は試しだ。出航準備をしておいてもらおう。どれだけ浮いていられるか楽しみにしているぞ」
「ガハハ、いいでしょう。明後日には準備を整えておきやしょう。ですが、今回も姫殿下を乗せるわけにはまいりませんぞ」
「・・・・・フフフッ、けち~~~~」
「ガハハハハハ」
2日後、護衛官たちの様子が少しおかしいことに気付いたのは朝食の席でのことだった。いつもは進んで行う毒味役がなかなか決まらない。よく見ると護衛官全員が集まってコソコソ相談しているようであった。
(もう少し、上手にできないものかしら?)
おそらく、帝都から指令が出たのだ。一応、彼らの任務は護衛なのであからさまに行っては責任に問われかねない。うまく事故に見せるか自分たちに類が及ばない方法を考えねばならない。
(助け舟を出してあげましょう)
いじのわるい考えを心の内で思いながら
「今日はヒューベリオンの出航がありますね。たまには見送りに行くのもよいでしょう」
一瞬、彼らの顔が明るくなる。
(ほんと、分りやすいんだから)
ロゼッタは移動の時には騎乗することが多かった。そして、騎乗すると全力疾走で駆け抜ける。彼らは騎馬からの転落事故、操作を誤っての自損事故を起こさせるつもりなのであろう。例え、死ななくても一回、傷を負えばそれが原因で病死したと言えばよい。
(これで彼らはしばらくおとなしくしているでしょう)
絶好の機会が与えられたのにわざわざ他の方法を試す必要はない。
(でも、想像以上に早かったのは確かね)
予想ではあと一カ月は先のはずであった。ロゼッタの姉たちはあまり急にことを起こす人ではない。なにか知らないところで動きがある。
(とはいっても私にできることは自分の命を守ることで精いっぱい)
自分の無力を嘆くべきか、ヒューベリオンの帰港中にことが起こった幸運を喜ぶべきか、結局彼女は苦笑いをして厩舎に向かった。
馬を疾走させると世界が一気に狭く遅いものに感じる。もし、後ろから迫ってくる騎馬隊がいなかったらもっとこの感覚を楽しめただろう。
(どこで仕掛けてくるかしら?)
ゾクゾクする感覚を抑えながら極めて自然体に見えるよう、いつも通り手綱をしっかり握り爆走させた。
「お待ちください!姫様!!」
心配するような言葉を吐いた兵士は手に投石用の石とそれを勢いよく投げるための革ひもを持っていた。そして周囲の同僚に笑みを見せると黙って、だが勢いよくロゼッタに向かって投石を開始した。
『ビュン』
(意外と古典的ね)
ロゼッタは馬を右の路肩に寄せる。その瞬間、馬の居た位置に石ころが勢いよく通過した。そしてそのまま馬を走らせ何の舗装もされていない斜面や民家の庭を走り抜けた。
「しまった!!!追え!追え!!」
後方から数人の兵士があるものはそのままロゼッタを追いかけ、あるものは道なりにロゼッタを追いかけ、またあるものは先回りをするべく港へ向かった。
(そう簡単につかまるもんですか!)
ロゼッタは民家の庭先から路地裏へ、路地裏から裏通り、表通りへと馬を走らせ、道なりに進んできた者たちを鼻差でかわし港へ、ヒューベリオン号へ向かう。
「止まれ!!!」
先回りしていた2騎が道を塞ぐように立って、暗殺することをあきらめたのか抜剣して待ち構えている。
「バーカ」
そう言うとロゼッタは『ピューイ』と指笛を吹く。すると前方で待ち構えている馬がピンと耳を尖らせ体を路肩へと寄せる。
「こ、こら、言うことを聞け」
ロゼッタは指笛一つで馬に道を開けるよう訓練していたのだ。これも訓練のせいか騎乗している兵士たちの言うことは全く聞いていない。
「バーカ、じゃあね~♪」
2頭の間を悠々と抜け最後のスパートをかける。一方その頃、事情を全く知らないヒューベリオン号は岸を離れはじめ、ゆっくりと動いている最中だった。そこにけたたましい蹄の音を響かせて突進してくるロゼッタ姫殿下を発見すると狼狽し、
「ひ、姫殿下!?あぶのうございます!」
船員たちには暴走した馬に必死にしがみついているようにしか見えなかったのである。
「大丈夫♪」
初めてみるロゼッタ姫の無邪気な笑顔に一同ぽかんとし
「ちょっと退いて!」
という言葉に思わず素直に従ってしまっていた。
「とおっ」
馬は岸から大きく跳躍すると見事な放物線を描いてこちらに向かってくる。そして気づくと甲板の上に馬と姫殿下を乗せていたのである。
「姫殿下、これは一体?」
恐る恐るキュンメル艦長が尋ねると
「あら、あなたはわたくしに忠誠を誓ったのだと思っていたけど?」
「そ、それはもちろんですが・・・」
「じゃあ、そんなこと聞くだけ野暮じゃない?」
「そ、うでしょうか?」
「そうよ。さあ、メインマストを開きなさい!面舵いっぱい!進路は東!!艦長よろしくて?」
「よく解りませんが、おめーら全速前進!!姫殿下に恥ずかしいところ見せんな!!」
「「「へい」」」
同刻 帝国辺境領
ヒエンは意識を失ったまま目を覚まさない。赤い血だまりで横たわっていたときは肝を冷やしたが不思議なことに彼に目立った大きな外傷はなく、身体的な欠損もない。
「ヒエン・・・・」
自分の体にしっかりとくくりつけた状態でマイは馬を走らせる。
「頑張って!あと半分だから!!」
ヒエンの体の温もりと鼓動を感じながら自分に言い聞かせるように言う。
「・・・おねがい。もって!」
最近、惑星ジエンドが進みません!うまくSFの要素、入れられるといいんですが・・・・作者は一応、理系です(^^)y




