辺境伯爵領
帝国暦292年8月10日早朝 帝国北東部 辺境伯爵領
高野ヒエン(14)はヒカルの長子である。厳密には養子であるが、性格やその容姿もどことなくヒカルに似ている。もちろん、欠点まで
「若、起きてください!若」
ヒエンは寝起きが悪かった。ちなみに母親であるヒカルも悪くフライパンとお玉という当時では最強の目覚まし装置で起床させられている。
(私はどこにいる?)
ゆっくりと覚醒していく過程でそんなことを考えながら、ある意味恐怖感じながら起きる。片目を開ける。見知った天井が見える。そして見知ったメイド姿の幼馴染が見える。
「う~ん、おはようのキスでもしてくれたら飛び起きれるんだけどな~」
朝っぱらからこんな桃色全開な台詞を吐けるのはそう多くはないだろう。
「馬鹿言ってないであとはご自分で起きてください」
つかつかとカーテンを全開に開けるとそのまま部屋から出て行ってしまった。
(さすがに手慣れてる)
少し苦笑しながら彼女がそうすることが自分を一番早くベットから叩きだせるのだと再認識させられる。もし、彼女がそのまま部屋にいたら寝ぼけていることを理由にセクハラまがいの会話を続けていただろう。のそっりと必死にベットからの誘惑と戦いながらで、冷たい朝の空気に身もだえしながら衣装棚に手をかける。
うつらうつらで着替えを終えた時、すでに朝食の準備が完了しており、保護者である高野女辺境伯爵はやはり目をショボショボさせながらライ麦パンと卵スープを交互に口の中に持っていきあっという間に皿を空にしているところだった。
「朝からすごい食欲ですね」
唯一、この親子ににていない点があるとすればヒエンが少食であることだろう。彼は親の3分の1ほどしか食べない。もちろんヒカルが大食いであることもあるが、常人に比べても明らかに少ない。
「朝は健康の第一歩よ。いつも言っているでしょう。それにこんな仕事食ってなきゃやってられないわ」
高野ヒカルが正式に辺境伯に叙勲されたのは5年前になる。貧乏人たちや孤児たちとまとめて葬ったと思っていた帝国宰相府や騎士団本部では誤報を疑い、真実と知ると手のひらを返したように共同経営の申し込みや利権確保の為の縁談まで舞い込むという事態を引き起こした。しかし、ヒカルは開墾に成功したのはごく一部であること、街道が未整備であることを理由にそのことごとくを却下し、当初の契約に基ずく帝国貴族への序列と砲兵都市ゲイボルグ以東の土地の領有を認めることを求めたのだ。帝国内部ではもめにもめたが開墾や街道の整備など旨味の少ない仕事はヒカルに任せ、後から理由をつけて利権を奪えばいいと考えたらしく、最終的には既存の帝国貴族たちと明確に区別する形での略式での叙勲と土地の領有が認められたのである。その後も順調に発展を続け、この辺境伯爵邸がある町『ルーク』以外にも3つの町を建設できるほどの人口をもち、疲弊していく帝国にあって唯一、未来があると評されるほどになっていた。
「ヒエン、あそぼー」
伯爵邸は孤児院と学校を兼ねている。その中にあって年長者であるヒエンは面倒見がよいので子供に大人気だ。
「ああ、分った分った。あとで遊んでやるからな~」
「「「ええ~けち~」」」
しがみつく子供たちを丁寧にどけながらヒエンは伯爵邸の外へと出かけた。
「若、じゃなかったヒエン遅い~」
外で待ちうけていたのは今朝のメイドさんである。今はメイド服ではなく厚手のズボンに無地のTシャツ、背中には小さなリュックを担いだ姿だ。
「ほんとゴメン、ガキどもに捕まっててな~」
ヒエンも同じような格好をしていたが腰には刀を差していることと背中のリュックは大型であること、ジャケット装備など細かい違いがある。
「もう、今日は東の遺跡に行くんでしょ~。早くしないとひがくれちゃうよ~」
メイド姿の時とは違って私服姿の時は歳以上に幼く感じる幼馴染を見ながら2,3度気のない返事を打ちながら時には冗談を交えながら進んでいく二人。彼らが背負っているリュックには一枚の木製の札がかかっている。それには発掘ギルド 真実の目 のシンボルが描かれていた。
高野ヒエンは孤児であった。厳密には両親が不明であった。季節は秋から冬に代わる頃、傭兵団団長のテントの前に赤ん坊の状態で置き去りにされていたのだ。そのころには森への移住が本格化し始めた頃で苦難を乗り越え安住の地についたばかりであるにもかかわらず、捨て子という行為に激怒したヒカルは精力的に両親を捜したが見つからず、これも縁だと思ったのかそのまま養子として育てたのだ。幼いころは何の疑問も持たず過ごしたのだがヒカルと非常に似ているにもかかわらず血縁関係がないこと、自分の過去に関することが全くの白紙であることは自己が確立していく過程で大きな不安となって表れている。あるいはそれが遺跡発掘という過去を調べることに情熱を持てる原因かもしれない。
「しかしそれにしても遠くへ来たものだ」
ヒエンは苦笑しながらそれを眺めた。遠くからはただの丘に見えた。しかしこうして近くからみるとそれは小さな盆地、しかもきれいな円系をした盆地であった。
「自然にこんなきれいな円になるもんかな~」
そんなことを言うメイドさん(元)。名前はマイ。ヒエンの幼馴染兼メイド兼ギルドのパートナーである。
「さあな、あそこに行ってみれば分るだろう」
そう指さしたのは盆地の中ほどにある一本の塔である。上部は朽ち果てたのか随分と破損が進んでいたが基部のほうはしっかりとしており、何かしらの遺物が出てくるものと期待された。
「・・・・・ねえ、今回の発掘、やめにしない?」
「どうしたんだ、急に?」
「・・・いやな予感がするの」
彼女の予感はよく当たる。ときどき彼女は未来が見えるのではないかと思うほどだ。だが、今回は多少危険でもしょうがないことは分っていたはずだ。
「・・たしかに、ここは森から遠い。モンスターも多くいるだろう。でもそれははじめから分っていたことだ。違うか?」
「そうじゃないのよ。そんな予感ならここまで嫌な感じはしないわ。」
まるでメイド姿の時のように凛としていて自信たっぷりだ。そんな彼女に気押されながらちょっとがっかりした口調で
「あなたがいるから大丈夫、とは言ってくれないんだね」
するとたちまち幼馴染の顔がみるみる赤くなってきて
「そんな恥ずかしい台詞はけるか!」
なぜか怒られた。
結局、塔の発掘は行われることになった。マイは顔をそむけたまま小声で
「あなたがいれば大丈夫な気がする・・・・」
と言ってくれたからだ。私は感謝の気持ちを表現しようと抱きつこうとすると鳩尾に見事なひじ打ちをなぜかくらった。そんないつものスキンシップを経て、塔に近ずくとなんと入口が発見できなかった。埋もれてしまったのだろうか?仕方がないので朽ち果てた上部から進入することにした。
「・・・・くらいな」
塔には採光という発想がないのか一切の光が差し込まない。しかも見た目以上に大きいらしく最深部が見えない。
「これは地下があるわね」
真面目モードのマイ。
「するととんでもないものも潜んでいそうだな」
私は軽口のつもりだったが、マイはそう受け取らなかったらしい。心配そうな顔で暗に
(今からでもよしましょう)
と訴えかけていた。私はそれに気づかないふりをして奥へと進んだ。
奥は想像以上に入り組んでいた。人一人しか通れない通路があったと思うと、人が300人は入れるんじゃないかと思うような広い部屋があったり、どうやらこの塔は大部分が地下にあるらしい。
「もう、探索してから2.3時間になるわ。そろそろ今日はやめて帰りましょう、ね、ヒエン」
マイは本気で怖くなって来たらしい。彼女もこんな暗闇など怖くはないはずだが・・・・
「・・・・怖いのか、マイ?このくらい経験がないわけじゃないだろう」
「そうね。でも私が怖いのは暗闇ではないわ。あなたがこんな異常な遺跡に違和感を感じていないことが私には怖いのよ。ねえ、いったいどうしたの?いつも慎重なあなたらしくないわ」
確かにこの遺跡は異常かもしれない。ふつう遺跡には大なり小なり人々の生活感というものがある。例え宗教施設であったとしても人々が使う施設である、人のいた痕跡みたいなものは残る。しかしここにはそんなものが全くない。だが、私はこの遺跡に奇妙な既視感を感じていた。
(俺はここを知っている?)
まさかとは思う。でも、しかし、とも思う。もしかしたらその時私は混乱していたのかもしれないと後になって思うことになる。
「・・・・・・・・・・・・・じゃあ、次の扉を確認したら一旦戻ろう」
「次で最後よ?」
「・・・ああ分っている」
でもその時、私は気づいていた。この扉の向こうには何かがあるということに・・・・・・
奇妙、あまりにも奇妙な部屋だった。けして狭くはない、だが圧迫感を覚えずにはいなかった。壁一面には様々な数字が映し出されており、さまざまなグラフとともに現れては消えていた。天井には大小の計器が並んでおり、せわしなく針を右に左に動き続けていた。だが、何より目を引くのか中央に浮遊している正8面体状の青く輝く石である。大きさはちょうど蹴球の球くらいの大きさだろうか、くるくると回転しながら一定の高さを保ち浮遊している。
「なに、これ・・・」
マイが茫然とつぶやく
「わからない」
一方、私は自分でも可笑しいと思うほど落ち着いていた。やはり既視感があったせいだとは思うがしかし、いったいなぜ、どこで見たのだろう。
手を伸ばし、その石をつかもうとしたまさにその時、
『ガッシャーン、バラバラ』
突然、天井が崩落し、激しい土埃が辺り一面を覆う。私はすばやくマイを抱えるとそのまま扉まで走る。しかし、扉は歪んでしまったのか全く開かなくなっていた。




