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出会い

さらに10日後 帝国暦278年5月31日 北東原野 深部


この日は傭兵団 紅の戦乙女 にとって最も長い一日となった。早朝から頭に二本の角をもつ大型野生獣(牛みたいな)の大群と遭遇し、かなり興奮していたらしく出会い頭に先行していた歩兵3名をなぎ倒し開拓団本体に向かってきた為、応戦。向かってきた14頭のうち8頭を倒した段階で残りは遁走した。すると血肉の匂いにつられた大型猛禽類(鷲みたいな)が襲いかかって来た。開拓団、傭兵団に大きな被害をもたらし、2名ほどが猛禽類の巣に招待され、そのまま戻ってくることがなかった。この二つの戦いで傭兵団、開拓団合わせて57名の負傷者と16名の死者、2名の行方不明者を出した。負傷者の救助と遺体の埋葬を済ませた時には日は中天に懸かっていた。疲労困憊したところで次は中型犬歯類(犬みたいな)の群れに襲われ、それからすぐに大型猫類(ライオン?)数匹が参戦してきた。農民と孤児の群れである開拓団を守りながらの戦いは非常に不利であるだけでなく、傭兵団、開拓団双方に精神的疲労が半端なく襲いかかってきていたのである。そうして事件が起きた。

「きゃあ!!」

「うあ!」

傭兵団に守られながら遁走する荷馬車、幌馬車の隙間から次々と子供が落とされていた。子供を人身御供に捧げている間に逃げようと考えた馬鹿がいたらしい。

「!!!」

「!団長!!」

とっさにヒカルは落とされた子供を救うべく単独で引き返した。そしてまさに子供を強力な牙で噛み砕こうとしていた大型猫を刀の一突きで上顎からそのまま延髄まで突き抜け、絶命させた。

「早く逃げなさい!」

油断なく刀を構えるヒカルの周りに仲間の仇を討とうというのか2匹の大型猫がゆっくりと近づいてくる。

「!!」

ゆっくりと近づく大型猫、そして互いに目を合わせたと思った瞬間、一匹が猛烈な勢いで迫ってきた。

風を切って目にも止まらぬ速さできりかかる刀、しかし手ごたえはない。

「ウソ・・」

大型猫は刀が届く瞬間、真横に飛び神速の袈裟切りを回避したのだ。

(やられる!!)

そう思い体制が崩れるのを承知で大型猫がいる反対方向へ飛びずさる。しかし、いつまでたっても衝撃も苦痛もやってこない。見ると大型猫はさらに遠くへ走り去っている。

「きゃあ~」

「しまった!!」

一瞬で状況を理解する。一匹が囮となってヒカルを引き付け、もう一匹が獲物を確保する。そしてそのまま二匹は安全な住み家まで逃走を始めたのだ。

「団長~~」

振り返ると馬に乗った副団長のマルスが騎兵と馬一頭、数名の歩兵を引きさえて向かって来ていた。

「歩兵は残った子供を本隊まで送り届けろ!マルス!その馬をこっちに!私とマルス、レイブン(騎兵の名前)はこれよりさらわれた子供を救出に向かう!!」

ヒカルはそう言うなり、すばやく馬に飛び乗り追跡を開始した。


「おかしい・・・」

追跡を開始してものの数分で大型猫を発見した。しかし、それからまったく追いつくことができない。通常、猛獣の全力疾走は数分しか持たないとされている。ところがである、もう十数分走り続けているのにまったくペースが乱れていない。

「まさか・・・・誘われている?」

馬鹿な、とは自分でも思う。しかし、子供を見捨てることはできない。彼女のその性格が団にも表れ、割と規律のある傭兵団として育っていったのだろう。

「!!団長!!」

気づくとあたり一面、霧がかかったように視界が悪くなってきた。いや、実際に霧がかかっている。

「馬鹿な!!」

ここは荒野である。乾燥しているし、大きな山なんてものは辺りに見られなかった。そんな場所で霧、あり得ない話であった。

「マルス、レイブン集まれ、慎重に進むぞ」

しかし返事がない。

「マルス!レイブン!」

やはり返事がない。いつの間にか乗っていた馬さえいない。ついさっきまで後ろにマルスたちの蹄の音も気配もあった。それがいつの間にか白い霧の中で自分しかいない。

「・・・・・・・・・いったいどうなっている?」

「お困りかな?」

「!」

気づくと霧は晴れ、目の前に奇妙な仮面をしたおそらくは男が立っていた。しかもそれだけではない。辺り一面緑にあふれていた。明らかに北東原野ではない。

「・・・ここは?」

「帝国人が北東原野と読んでいる地域だよ」

男の声が聞こえるが年寄りなのか若いのかいまいちはっきりしないくもった声だ。

「そんなはずはない。こんな緑がー・・・・貴様、亜人か?」

亜人の中には知性が高く、とくに魔術に措いては人類を上回る技術をもつものもいるという。これは彼が魔術で創った、あるいは見せている風景なのかもしれないと考えたのだ。

「ふふっ、亜人か・・・私から見れば君たちこそが・・・んん、君たちから見れば私は亜人ということになるんだろうね?」

「いや、聞かれても・・・」

「ん、そうだったね。ああ、君たちが精霊族と呼ぶものの末席に連なるものだよ。たしか」

ヒカルは不審そうに眉をひそめた。

「・・・では、ここは森林国なのか?」

森林国、四大精霊国の一つ。帝国ことヴェール帝国とラーム神聖国、さらに南方の南トルマン連合国にまたがる大きな国で大樹海『帰らずの森』を中心に国土としている。排他的であるが、周辺に侵略を仕掛けたことはなく、逆に侵攻を受けたことはあるがそのことごとくを粉砕している強国でもある。

「いや、私は彼らとは関係ないよ?」

「だから、聞かれても・・・」

「ん、そうだったね。人としゃべるのが久しぶりだったんで、いまいち調子が出ないな。」

「そんなことは知らん」

「ん、そうだったね。ん、ちなみに何しに来たんだい?ここに」

「!!そうだった!お前、こっちに子供は来なかったか?」

慌てて辺りを見渡す。

「ん、そうだったね。それなら、こっちだよ」

すうっと指を後ろの大樹の上のほうを指す。

「あ・・・・」

見上げると太い枝の上に二匹の大型猫と気絶しているらしい子供の姿が見えた。しかし二匹の大型猫は襲いかかろうとも子供を捕食しようともしていない。ただヒカル見下ろすように座っているだけだった。

「・・・・・貴様が命じたのか?」

すうっと流れるような動作で刀に手をかける。昔、ヒカルは戦場でビーストマスターと呼ばれる魔術師を見たことがあった。彼のように獣を手足のように使役する術を用いていたのではないかと考えたからだ。

「もしそうなら・・?」

「斬る」

鮮やかな抜刀、そしてそのまま剣先は目の前の男を切り裂くべく伸びる。しかし、手ごたえがない。見ると男は半歩後ろに下がり見事に剣先をかわしたのであった。

「ん、なかなかの太刀筋だね」

「馬鹿な・・・・」

至近距離、そして何千何万回という反復練習を得て生み出される脊髄反射の抜刀術。人間に、いやたとえ亜人でもかわせるわけがない。

「ん、そうだったね。ふつうかわせないと思うよ」

「・・・・・何が目的だ・・・」

ピンと伸びた抜刀後の態勢を崩すことなく、剣先を相手に向けたままヒカルは尋ねる。が、よく見ると剣先が小刻みに震えている。

「取引だ」

その言葉だけははっきり、くもることなく聞こえたように思えた。



突然目の前にと古めかしくも重厚な机とシンプルだが趣味のいい椅子が目の前に現れた。男は当たり前のように向かい側の席に腰を下ろした。私はゆっくりと慎重に刀を鞘に戻し、席に着く。

「ほんとは君たちを巻き込みたくはなかったんだけどね?」

「・・・・聞くな」

「ん、そうだったね。いやいや、そんなことよりお茶はどうだね?こういっちゃなんだがここのお茶はなかなかの逸品だぞ?」

「・・・・・・すきにしろ」

「ん、そうかね」

男は指を鳴らすと陶器のカップに注がれたこげ茶色のお茶が現れた。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

「・・・どうも」

ゆっくりとカップに手を伸ばす、そして芳醇だがくせのない香りが鼻腔を満たしていく。一口、口に含んでみる。そして胃に流し込む。

「・・・うまいな」

「そうだろ?そうだろ?」

「・・・・・・・・わざとやってないか?」

「ばれたか」

首をかしげ手を頭にあてる、仮面で見えないが仮面の下ではウインクと舌をてへっと出しているに違いない。

イラッ

「おおっと待った、待った。刀に手を置かないで、そんな顔で睨んだらせっかくの美人が台無しだよ!」

「!私が女ってよくわかったな」

「え!どう見たって女でしょう」

私は心の中で小さくガッツポーズをした。

「ごほん、で、わざわざこんな手の込んだことをした理由を教えてもらえるんだろうな?あと、子供に手を出したら承知しないことをあらかじめ言っておくぞ!」

「ふふ、もちろんだよ。これは互いに利益がある話だからね」

男の顔は見えないがニヤッと笑ったように感じられた。

「聞けば君たちは開拓団を伴って、新しい村を造りに行くんだろう?この北東原野に」

「・・・そうだ」

「できると思っているのかい?」

この男は私に何を言わせたいのだろう?少し慎重になりながら

「・・・・我々だけならなんとかなると思っている。」

そう、わずかな前払い金をやりくりして農機具や必要物資、そして人材をある程度集めることができた。なんとか一年ほど耐え抜けば軌道に乗ると考えていた。

「不可能、とまでは言わないがかなり厳しいね。しかも、半年足らずで第二陣がやってくる」

「馬鹿な、そんな不可能だ。我々が当座をしのぐ分しか持っていないんだぞ!!」

「私にあたられても困る」

「・・・・すまない」

私は心の中でこの仕事を紹介した仲介業者と依頼主である帝国内務省のお偉いさんを二、三十回絞め殺しておいた。彼らなら十分やりそうなことだと思ったからだ。

「そこで提案なのだが、ここに移住させてはどうかね?この森だけで4キロ四方に広がっている。耕作可能な土地はこの森を中心に10キロ四方はくだらないだろう。私が言うのもなんだがここの土壌は豊かだしそこいら辺に生えている木の実や山菜だけでも結構な量がとれる。しかもこの森には特殊な結界が張ってあってね、モンスターが近寄りにくくなっているんだ。どうかな?こんな好条件の地は広い北東原野でもそうないところだ」

「・・・・取引と言ったな。そんな好条件なんだ。こちら側にも見合う対価が必要ということだろう。一体何をしろと?言っておくが開拓団にも傭兵団にも金はないぞ。」

私はさらに注意深く男の反応を見守った。

「金?そんなもの要らないよ。そう身構えなさんな、難しい条件じゃない。しかし、こちらの条件を言う前にこの話を受けるかどうか先に判断してほしい」

「お前の条件がわからないまま返事をしろと?」

「そうだ」

私は悩んだ。目的地までは道半ば、あと少なくとも2週間はかかる。それまでに無事に着けるかどうか微妙である。仮に着けたとしてもどうやら帝国は次々開拓団を送りつけるつもりらしい。絶望的な状況である。一方、私は目の前の男を信用していいかどうか微妙である。確かに第二次開拓団の派遣はかなり信憑性があると考えている。自分たちが受けた事実を思うと(少ない開拓資金、戦災を受けた難民、孤児たちからなる開拓団、当初は必要最低限の農機具すら持っていなかった)事実上の棄民政策だと考えざるえない。だが、どうして目の前の男がそれを知っているのか?なぜ交換条件を秘密にしておくのか?なぜ子供をさらうような回りくどい方法をとったのか?不審をもつには十分な条件である。

「まずは子供を開放してもらえるかしら」

「・・・・ふふっ、そうだな、目的は達成したわけだしな」

男は腕を振り上げると大型猫はすっと立ち上がり子供を加えて煙のように消えた。

「確かに解放したぞ。さすがに開拓団に直接ってわけにはいかないがな」

「信じていいものかしら」

「ふふっ、安全は保障しよう」

「・・・・分ったわ。あなたを誠意ある相手とギリギリで認めてあげるわ」

「それは光栄至極」

「でも、条件は教えてくれないのね」

「残念ながら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私と男は互いに押し黙っている。私の頭の中はいろんな考え、可能性が浮かんでは消えた。

「じゃあ、いくつか質問には答えてくれる?」

「・・・・・いいだろう」

しぶしぶといった感じで男は認めた。

「それは私たちがやって不可能なことではないんでしょ?」

「もちろんだ。むしろ容易だろう」

この男いったい何を考えている?私は不審に思いながら続けた。

「なぜあなたがやらないの?」

「私では不可能だとわかったからだ」

この強大な力をもつ男が?いったい何をやらせようというのか?

「どうしてあなたには不可能なの?」

「それは言えない」

「・・・・・・ずるくない?」

「そんなことはない」

「・・・じゃあ、どうして私たちが選ばれたの?ここにはあなたの言葉を信じれば次々と人がやってくるわ。私たちを選ばなくてもよかったんじゃない?」

「選択肢があったのは事実だ。しかし、私は君こそがふさわしいと考えたのだよ」

君たちではなく君、この男は私個人に何かやらせるつもりらしい。リスクを負うのは私だけ・・・・

「最後に聞くわ。私がその条件を受け入れればここに私たちを受け入れてくれるのね?後で私たちを追い出すようなことはしないのね?」

目の前の男がニヤッと笑ったような気がした。

「もちろんだ。条件さえ君が飲んでくれればここは君たちの土地となる」

私の頭の中をさまざまな考えが浮かびあがる。今後も増えつつける人口、ある程度の安全と食糧自給が可能な土地、リスクを負うのは私だけ・・・・

「確認するわ。今まで述べたことにはウソ、偽りはないわね?」

「もちろんだとも」

「・・・・・分ったわ。答えはYESよ」

「ここに契約はなった」

男が厳かに宣言すると木々がざわめき、動き出し、そして道とその向こうに石造りの人が一人通れるくらいの小さな門が現れた。

「その門の内側にはモンスターは寄ってこない。先に移住を開始したまえ、私の誠意と受け取ってもらえるとうれしい」

見ると四方に道が開けている。おそらくはそれぞれに門があるのだろう。

「分ったわ、ありがとう。で、私は何をすればいいの?」

「そのうちわかる」

そう言うなり男の体が透けていく。

「待って、あなたの名前は?」

「それは最初に聞くべきことでは?」

「今、気づいたのよ」

「私は、そうだな、恵みをもたらすもの レインだ」

「レインね。覚えておくわ」

「ではさらばだ」

男は煙のように消えた。


私は門をくぐり道なりにしばらく歩く、すると私が乗っていた馬が丁寧につながれていた。馬に乗りさらに道を下っていく。途中、私が見たものは朽ち果てた廃墟のような街並みの後だった。朽ち果て木々が育ち原形をと留めていないものが多い。だが昔はここが人々であふれていたことは想像に難くない。あのレインという男はここでいったい何をしてきたのであろう。そんなことを考えながら廃墟を抜け5分ほどで森を抜け草花が茂る草原に出た。

「団長~~」

見ると子供を抱えた二人の騎兵がこちらに向かってくる。マルスたちであった。

「団長~、子供はぶじでっせ~、お怪我はありやせんか~」

まだ距離があるのにマルスの声がはっきり聞こえる。あの大声で私が私の知る世界へ戻って来たことを実感することができた。

「おお~い、私も無事だぞ~」

私はちからいっぱいの返事を返した。



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