未だ脅威は去らず
時間は少しさかのぼる。
前日 夜間
「突撃!!」「「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」
「て、敵襲~!グワッ・・・」「どこから現れやがった?」
静かな夜に突然の鬨の声。夜襲をかけるのは神聖ヴェール帝国軍モルケ男爵、守るのは貴族連合の騎兵部隊であった。連日の猛攻ですでに1万を切った部隊をさらに二分し、なんと僅か200名を本隊とし9800名を陽動としてカライド大橋に鎮座させていた。盛んに篝火や歩哨をたて防御に心を砕いているように見せかけ、貴族連合はすっかりカライド大橋ばかりを警戒しその他の警戒を欠かせることに成功した。
油断させることに成功したモルケ男爵は率いる本隊をひそかに迂回させ、投石機を運ぶために整地された道を通り森林地帯を縦断、後方に展開することに成功。それからは冒頭のとおり一方的な展開である。騎兵自身は実は白兵戦能力は低い。真骨頂は突撃力、突破力であり、その場にとどまっての戦闘には向かないからだ。しかも、時間は深夜、それぞれに馬具を外し、休息を取っている時間だ。騎兵自身も鎧を脱いで休息しているものが大多数でこの夜襲に対応できない。
「敵は少数のはずだ!!探し出せ!」
幾人もの優秀な指揮官がそう声高に叫ぶが指揮系統が一本化されていない軍隊ではそれはさらに混乱を助長させるだけにとどまった。
「ユカタン部隊、遁走した模様!!」「メルイ伯爵の部隊も後退していきます!!」
とうとう一部の部隊が逃走を始めてしまった。
「バカな!敵の本隊は動いておらんのだぞ!!」
そんな中でも態勢を整えだした部隊もあちらこちらに見られたが、指揮系統が一本化されていない悲しさかな、不利と感じると自軍の損害を恐れ素早く後退したのだ。これでは残った部隊が不利とならざる得ず、結局は全軍の敗走という形で崩壊してしまった。
帝国暦295年3月15日
その報告を聞いたヒエンとコウエン上級騎士は頭を抱えた。騎兵部隊は騎兵部隊は疑心にかられたのであろう。後方から奇襲を受けたからには大規模な部隊が後方に展開していると考えたのだろう。しかし、ヒエンたちから見ればわずかな規模での夜襲は明らかにカライド大橋に展開している部隊が派遣したであろうことは疑いなかったからだ。
「しかし、軍を解散させたということは敵の侵攻作戦をつぶせたと判断してよいのではないかな?」
コウエン上級騎士は何とか思考を立て直すと何とかこの事態からよい情報を取り出そうとする。
「そんな場合ではないでしょう?コウエン上級騎士殿。おかげで付近にいる友軍は存在しなくなったのですよ。しかもこのままでは敵に非正規戦を展開されてしまいます。我々よりも圧倒的多数で!」
「!!!!た、確かに!」
「ただちに出撃準備!!準備が整い次第すぐに出るぞ!!」
「我々も動くぞ!カライド大橋を確保するんだ!」
動き出すコロイド。この素早い決断は好と出るか、この時点で判断できるものは誰もいない。
帝国暦295年3月16日
「もう出てきたか・・・分かってはいたがかなり優秀な指揮官だな。貴族連合の連中とは大違いだ」
そうつぶやいたのは直卒200名と後続部隊500名を率いたモルケ男爵、その人である。カライド大橋にほど近い森の中に潜んでいる。
彼らは目立つ銀色の胸甲をわざわざくすんだ色に塗装しなおし、さらに随所に落ち葉や草をあしらっている。後世からみればかなり稚拙な迷彩であったが、これは意外と効果が高く正規兵や傭兵は目立って何ぼという常識が横行していたこの時代では相手の白目が見える位置まで接近されても気づかれなかったほどだ。
『ドドドドドドド・・・・・』
土煙が目の前の街道を横切る。1000名近い皇女軍が隊列を組んで堂々と、しかもかなり目立つ赤マントや隊旗をはためさせ、周りに軍勢がいることを誇示させているようだ。
「さすがに仕事が速い」
これは付近に潜んでいるであろう神聖ヴェール帝国軍に圧力と牽制を与えている。すでに5000を帰還させ、残りの5000も各地に分散し、付近にいる部隊を糾合しても1000に満たないだろう。いや、すでに士気も低くなっていた状態だ。これ幸いと逃げ出した兵士も多くそれも確かでもないだろう。
「さて、これからどうするか・・」
のちに大陸東部でもっとも不遜な男と呼ばれるモルケ男爵の武勇伝はまだまだ始まったばかりであることをこの場にいる忠実な部下たちや本人でさえまだ意識していない。




