急報
久々の更新。でも量は少ないです。なんか忙しくて・・・これからは週1,2回の更新を目指します。
帝国暦295年3月2日 ヴェール帝国 帝都
「死傷者18万以上・・・じゃと・・・」
御年80に迫る帝国宰相グリューネル伯爵はただでさえ青白い顔をさらに青ざめさせ今にも倒れそうな様子で悲報を伝えた兵士をなじるように眺めていた。
「それは確かなのですか?」
事実上、文官の№2であるササミ男爵が再度、確認する。
「・・はっ!死者6万4000、重傷者10万2000、行方不明者2万です。現在はファランク王国国境砦にて防衛戦を展開中です。戦況は膠着しております。ファランク王国及び我がヴェール帝国の将軍閣下は早急な増援の派遣を求めております」
「馬鹿な・・・」
そう呟いたにはヴェール帝国武官のトップであるアリューシャン騎士総督である。見た目は好々爺としている白髪の老人であるが、数々の戦役を戦い抜いた帝国切っての宿将である。そんな彼が茫然と漏らした一言がいやに響いた。
「「「「「・・・・・・」」」」
その言葉を聞いたすべての人の視線がアリューシャン騎士総督に集まる。そして自然と宮廷は重苦しい沈黙に支配された。
「・・・・・・陛下」
アリューシャン騎士総督は意を決したように重苦しい沈黙の中、帝国最高権力者である女王に頭を下げた。
「なんでしょう。アリューシャン侯爵?」
「「「「!!!!!」」」」
この場で役職名をあえて言わなかったことですべて宮廷人は理解した。女王は責任を武官のトップに追わせると宣言したにも等しかったからだ。彼もそのことは理解していたが、あえて気付かないふりをして言葉を続けた。
「陛下、現在の帝国には余剰戦力はそれほど多くはございません。例え、親衛隊や衛士からも徴募をかけましても5000が精々です」
この発言に再び宮廷は騒がしさを取り戻す。それほど5000という数字は少ない。
「もちろん、東西南北には総勢8万の精兵が、領内各地に駐屯する兵も合わせますと10万は超える軍勢が存在します。しかし、それらをすべて動かすわけにはまいりません」
当然の話である。今回、ファランク王国に派遣した部隊も元はファランク王国との国境線を防衛していた部隊を転用した者であったし、使えそうな貴族の私兵部隊もその多くを神聖ヴェール帝国との帝国南部にくぎ付けにされていたのだ。他の部隊も国境警備やら治安維持やらとで動かせる状態にない。つまり、国内には遊兵という余剰戦力はもはや存在していなかったのだ。
「ならば、農民を徴用なさい。雑兵でもいないよりはましでしょう」
「いえ、陛下。今回はかなり難しいかと・・・・精兵が僅かな機関で18万死傷するような激戦地には向かう農民は多くはございません。さらに言えば戦場は宿敵といえるファランク王国の防衛線です。士気は高くなることはないでしょう」
「・・・・・では、5000名だけを援軍とします」
「!!陛下!しかし」
「指揮官は帝国の宿将たるアリューシャン侯爵に任せます。これで多くの不平はふさぐことができましょう?」
「・・・!!はっ!」
アリューシャン元騎士総督はそう答えると深々と頭を下げ宮廷を後にしたのであった。
同日、夜
アリューシャン侯爵は予備兵力として各地から温存していた部隊をファランク王国国境地帯への集結を命じると、一人、宮廷の中庭を散策していた。彼の内心はこの事態があまり面白くないと感じてはいたが、再び最前線に出られることに喜びすら見出していた。そんな矛盾にみちた心境をごまかすためかあまり来たことのない中庭でこうして夜の散歩と洒落こんでいた。
「閣下!!やっと見つけましたよ!!」
そういって近づいてきたのはまだ若い、それこそ未だ騎士の叙勲も受けていないような若年兵であった。暗闇で良く見えなかったが、その気配からつい数時間前に現役の武官に復帰した彼に配属された従者であることをアリューシャン侯爵は数瞬かかってやっと思いだした。
(こりゃ、いよいよ年だわい)
内心、自身の記憶力に苦笑しながらこの場違いな場所に現れた従者の名前を呼んだ。
「何か用かな?従者ワトソン」
「だれが名探偵ですか!私の名前はワイズです!それよりも閣下、第17歩兵連隊が到着しました。指示を待っていますが・・」
「第3練兵場に入れと伝えておけ、他の部隊が合流するまで徹底的に鍛えるとな」
「了解しました。それから補給士官より規定量の食料が集まっていないと報告が・・」
「コーゼン卿の尻をけり上げろと伝えろ。それでどうにかなる!」
「・・・はあ」
要職を退いても重鎮であることに変わりはないアリューシャン侯爵はコネとごり押しで急速に軍備を整えていった。
帝国暦295年3月12日 ヴェール帝国西部 国境地帯
僅か10日ばかりで整えられたアリューシャン侯爵率いるヴェール帝国軍第18軍団は5500名と軍団の規模としては通常の約半数。予想より多い500名は帝都守備隊と親衛隊の予備部隊と後方勤務という約束で徴収した農民兵である。
「出陣!!彼方で戦う我が国の勇士を助け出すのだ!!」
渋く、重みのある声が響き渡る。
「「「「おおおおおおお!!」」」」
そして爆発するような熱気がたちまち第18軍団に巻き起こった。それほどアリューシャン侯爵が集める信望は高い。
「・・・閣下・」
盲目的な熱狂の中、数少ない冷静な者は不安に押しつぶされそうになったいる。アリューシャン侯爵の副官たるワイズも数少ない例外のようだ。見た目は線の細い若年兵にしか見えないが、こう見えて小隊長としていくつかの合戦に出陣し功績を立てたバリバリの武官貴族なのだ。
「心配するな。わしは負ける戦はせんよ」
アリューシャン侯爵は豪快に笑うとつられてワイズもややひきつり気味ながらも笑うことができた。ここからおよそ半月かけて向かう最前線はどうなっていうるのかその状況は流動的で予断を許さないことだけは確かだった。
同日、帝国南部 コロイド
「な、に?・・壊滅、だと?」
遠く離れた帝国南部でも事態は大きく動いていた。
「いえ、壊滅ではないです。予想以上の損害の為、後方で再編を行っている、と申して居るのです」
その日、日も傾こうとしていた時間、その報告はヒエンやコロイド守備隊の取り纏め役 コウエン上級騎士を絶句させた。10日余りの戦闘で野戦では圧倒的に有利である帝国騎兵部隊が敗走したというのである。
「それで敵はこちらに向かっているのか?」
「それが・・・」
コウエン上級騎士の当然の問いに帝国軍の伝令は言葉を濁す。
「はっきりしないか!こちらの防衛計画に支障が出るぞ」
流石の事態にヒエンも上ずった声を出してしまう。彼は、いや、皇女軍上層部は十分帝国軍だけで対応可能だと見越して戦功を譲る形で下がったのだ。しかし、結果は無残な失敗。この状況で動揺を隠しきれなかった。
「はっ!反乱軍『神聖ヴェール帝国軍』は軍を解散させました」
「「は????」」
その発言は余程予想外だったのか、ヒエン、コウエンの両氏は口を大きく上げてまったく同じリアクションをしていた。すなわち、思考停止であった。




