辺境領へ
帝国暦278年5月21日
きらびやかな鎧を身につけた帝国軍と雑多な兵装の傭兵団がともに隊列を組み多くの荷馬車や幌馬車を携え行軍する姿は当時の人々どころかその当人たちさえも奇妙な感覚をもっていた。
北東原野打通作戦
帝国騎士団本部、王宮、帝国宰相府の合同作戦であり、事実上の棄民政策の一環として行われた。結果から考えるとこの事態は必然であった。なぜなら帝国は戦いに勝ち続ける事で廻っていた国であった。が、しかし、近隣の弱小国のことごとくを滅ぼしてしまった後は易々と負けてくれる相手がいなくなってしまった。長らく戦争経済で動いてきた帝国は深刻な不況に襲われたのであった。しかもそれだけではない。いくつか列強と呼ばれる国と直に国境を接してしまったことで場合によっては帝国国内が戦場となることもしばしば、結果、農業生産高をはじめ、各種の産業が特に国境付近の産業が大きく後退してしまったのだ。
そうして後に残ったのは大量の失業者、故郷を追われた難民、数多くの戦争孤児、そして供給過剰な奴隷たちなどだ。しかも信じられないことに帝国はそれらの人材を敵国を利する可能性があるとして国外への移住、移動を認めなかったのだ。
これが国内の治安の悪化という結果を帝国にもたらした。国内の政治をつかさどる宰相府はこの難問を解決するために利用したのが今回の報償として設置される辺境伯爵という地位だ。有力な貴族の後ろ盾がない新興貴族と新たに領地を開拓する為に結成される開拓団にこれらの問題を一挙に解決を図ったのである。
「騙されたわ」
そう呟いたのは傭兵団 紅の戦乙女 団長 高野ヒカル、その人である。荒くれで無法者の集まりとしか認知されていない傭兵団にあって比較的まともで規律があることで知られる『紅の戦乙女』は前回の戦功を評され、その団長であるヒカルを帝国貴族、ただし新設の辺境伯爵なる地位ではあったが帝国史上初の平民から貴族へとなった人物なった。がしかし、これは壮大な罠であった。ともに護衛任務にあたっていた帝国軍は砲兵都市ゲイボルグで引き返し、ご丁寧にも
『貴軍への報酬は開拓団の開拓した土地そのものである。喜べ、貴官は帝国貴族への栄光ある道が開けたのである。なお、任務失敗は貴官の能力不足によるものとされ厳しく処断されるものと覚悟せよ。』
とのありがたい訓示を述べ撤退した。残されたのは中古の農機具とやせ細った農民たち、そして多くの孤児たちであった。
「どうしろって言うのよ、まったく!!!ここは孤児院でもないし就職斡旋所でもないのよ!!こんな状態で亜人やモンスター、怪奇、摩訶不思議が襲ってきたらどうするっていうの?!!!!全滅?!全滅しろって言うの!!うら若き乙女がいるというのに・・・・・グスン・・・・」
半泣きである。見かけは華奢ではかなげに見えるが気丈で男勝り、彼女の部下である傭兵Aによれば 素手で熊を殺したといわれてもあの人ならありえる とまで言わしめたつわものである。年齢は19歳、黒髪で身長は170cmと女性としては大柄であるが荒くれ者ぞろいの傭兵団にあっては小柄な部類に入る。顔は女性らしいというより、かっこいいという感じで短く切りそろえた髪と共にボーイッシュなイメージを持たれることが多い。若干控え目な胸と共にゆったりとした体の線が見えにくい服を着ているせいか男と間違われることも多く(過去、間違えた人物は流血をもって自らの非礼を詫びさせられた)私物入れに中に女の子らしい服とかわいらしいぬいぐるみ(名前はアルフォンス)が入っているのを知ると女性らしいと思われるよりギョッとされることが多かったりする(非公認だが新人団員の度胸試しに団長の部屋に忍び込み私物入れを開けるというものがあり、多くは茫然自失状態で帰ってくる)しかし、指揮官としての能力は高いだけでなく傭兵団の中でも5本の指に入るほど強く、団員が彼女を見る目はもはや信仰に近い。そんな彼女が半泣き、この作戦がどれほど困難なのかを物語っている。
「・・・・団長、愚痴ってもしょうがありやせん。とりあえずどっちに進みやす?」
「そうでっせ、進むも地獄、引くも地獄、なによりうちには余分な金は一銭もありまへん。団長が自信満々でもってきた仕事だったさかい反対はしませんでしたけんど早く移住先決めんとうちらは破滅、破産、甲斐性なしでっせ。」
話しかけてきたのはチンピラ風の男と町の商店主風の男だった。2人とも傭兵団の部隊長でチンピラ風の男が歩兵隊隊長マルス、商店主風の男が補給隊隊長エドワード、ともに経験豊富な副官、または団長の保護者を気取っている男どもである。
「解ってるんだけどね、愚痴らずにはいられないのよ!!まったく!!」
と言いながら懐から一枚の地図を取り出す。かなりあやふやな表記が多く、正確性がいまいちなのは明らかであった。
「これが命綱だと思うとこころもとないわね」
「しょうがないでっしゃろ、探検隊ちゅうても半端者を送り出しただけでっしゃろうからな。」
「・・・・やっぱり、予定通りこの河を目指すわ」
地図を一瞥すると東を流れる河を指さす。南から北へ向かって流れる河で途中、大きく蛇行している場所に目的地と大きく書かれていた。
「もしあれば・・・・だけどね」
互いに顔を見合わせて重苦しく頷く3人、どれほど困難なことかよく解っていたからいたからである。
同日夜、砲兵都市ゲイボルグ 帝国士官用サロン
国境の要ともいえる砲兵都市ゲイボルグ、三重の城壁と大型魔導砲9門によって守られている難攻不落の城塞都市であり、亜人・モンスターたちが跋扈する辺境領にあって安全が約束された唯一の土地である。
「奴らも不運なことだ」
そう呟いたのはヒカル達と共に護衛していた帝国軍の将官の一人である。
「意外と奴らは幸運かもしれんぞ?なんせ次の奴らには護衛なんて付かないんだからな、他の奴らより長生きできるだろうぜ」
「何日もつかな?ああ、はっきりわかりゃ賭けになるんだがな」
「いや、今度は何人かちょろまかして売っちまおうぜ!いやいや、これは救ってやるんだ!!無駄に殺すこともないからな!!」
煌びやかな甲冑に身を固めながら話している内容は品性の欠片もない。自分たちが運び、死地に追いやった農民や孤児たちに対して一片の羞恥心を持ち合わせていないだけでなく嬉々として語り合う。人間性というより想像力の欠如が著しい。
「そうそう、次の荷物はいつ来るんだったかな?」
「半年後だ」
十日後 帝国北東原野 夜
満月が澄み切った空の真ん中まで昇り、モノの形がはっきり分かるほど明るかった。開拓団一行は小さな小川の辺でテントを張り、昼夜問わず襲ってくるモンスターたちを蹴散らしながらやっと水が確保できる地点まで進むことができた。
「疲れた・・・・」
ヒカルは団長用にあてがわれたテントに入るなり腰に付けた刀を外し、外套を投げつけるように外すとゴロンと横になった。
よく見ると外套は主に赤黒いモノがびっしりと張り付いており元の色が判別できないほどであった。
「ああもう!!汗臭い、血なまぐさい~~~~~!!!」
そう叫ぶとピクリとも動かなくなった。眠って ガバッ いなかった。
「・・だめ・・ここで眠っちゃ・・・だめ・・・」
そう呟くと外した刀と外套を抱えるように持ち、再びテントの外に出た。
不運な、あるいは幸運な3人の被害者はヒカルのテントの近くに雑魚寝していた3人の傭兵である。彼らもヒカルと同じく疲労困憊の状態であり、泥のような深い眠りについていた。
「オイ、起きろ」
ボク、ボク、ボコッ
「「「うげぇえええ、ゴホッ、ゴホッ!!!」」」
ヒカルの遠慮のない一撃をみぞおちに食らった3人は文字通り飛び起き、悶絶した。
「!!!?なにしや!?団長?」
「いきなり、なにするんですか!!」
「起こすなら起こしかたってもんがあるでしょう!?」
3人の至極もっともな文句を聞き流し、生臭い外套を突きつける。
「お前ら、これを朝までに洗っておけ。そして川まで付き合え」
どうやら少し寝ボケているらしい、半眼で焦点があっていない。
「ちょ、いきなりなんです?っていうか川まで何用で?」
「ん、ちょっとした沐浴だ。汗臭いんでな」
「「「!!!!!」」」
「それから、その外套、ていねいに洗えよ」
「「「はい、お付き合いします!懇切丁寧に洗わさせていただきます!」」」
みぞおちのずんとした痛みは吹っ飛び、目を輝かせた3人の男がそこにいた。
「ああ、気持いい・・・・」
小川についたヒカルは早速沐浴を始め、3人は外套を少し離れた場所で洗い始めた。
「誰ものぞきに来ないようしっかり見はっとけ」
「「「はい、分っております!」」」
それはほれぼれする敬礼だった。
ヒカルが服を脱いだ時は茂みの向こうにいた3人であったが、沐浴を始めたときは茂みの中に侵入を開始し、物音を一切立てず進む技量は超一流の暗殺者に匹敵したという。まことにエロスの力は偉大である。一流の戦士であるヒカルに気づかれることなく川縁に到達した3対の目に目当てのものが月明かりに照らされた幻想的な雰囲気の中、映し出された。彼らは生死をかける傭兵である。刹那の快楽のために抱いた女は数知れなかったが、信仰の対象である女性の、しかも満月の月明かりに照らされた小川に白く輝く体をみて、我を忘れて見入ってしまった。そして、
「うつくしい・・・・」
「「!!馬鹿!」」
思わず口に出た言葉が想像以上にあたりに響いてしまった。とっさに互いの口を塞ぎ合ったがその時には視界いっぱいに岩が広がっていた。
「「「こつうう~~~ん」」」
ほぼ同時に3つの石が3人の額に命中する小気味の良い音が響いた。しかし3人の顔は苦痛ではなく満ち足りた表情だった。




