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化かし合い

帝国暦295年2月12日 


突如として撤退した皇女軍は追撃に用心したものの順調にコロイドの街へ近づいていた。

「急な撤退命令だったわね」

満身創痍といった感じではあるが大きな傷はないヒエンに、こちらは疲労困憊といった感じのアンリが声をかけた。アンリは不満そうな口調とは裏腹にその様子はこれ以上戦わなくてよかったと本心から安堵しているようだった。

「まあ、舞台は政治に移ったからな。あのまま行っても十分戦えたさ!」

二人がそんなことを皆に聞こえるように話しているのは皇女軍内部に結構な割合でこの撤退に不満を持っているものがいるためだ。それはそうだろう。圧倒的兵力差がありながら戦い抜き、いざ、こちらが優位になった途端、撤退しろと命令されたのだ。これを不満に思わないものはかなりの少数派であろう。

もちろん、兵士目線での話であって、指揮官クラスやベテラン兵になると死傷者多数による戦力低下を肌身に感じており、例え、戦場に残っても積極的な行動はとれなかっただろうとこの撤退を不満は感じつつも理解はしていた。

さらに言えばヒエンやアンリが言ったように撤退命令が出たこともある。これはコロイドの街が自身の防衛力に不安を持ち、皇女軍に警護の依頼をしたことも大きかったが、皇女軍が戦功を独占しない配慮もあった。とはいえ、すでに1000名を超える死傷者を抱える皇女軍として無理はできなかった。ヒカルやロゼッタにしても自軍の何倍もの軍を野戦で押しとどめ、しかも整然と撤退にまで成功している軍を無理にこれ以上消耗させずコロイドの領民の支持獲得や地方領主に恩を売っておきたいと考えることも当然だろう。

そして無言で進むことさらに4時間、ついに帝国中央と南部を結ぶ重要拠点であるコロイドの街が見えてきた。

「おおお、さすがに大きいわね」

アンリが驚いたのも無理はない。人口は10万を超えており、これは中堅国の首都に匹敵する規模なのだ。さらに戦時特需に沸き、ひっきりなしに荷馬車が出入りしている。さらによく見ると南側の城壁は大きく取り壊され、街の拡張を行っている最中であり、確かに街の防衛に不安を持つことも無理はなかった。

「ん?」

ふとヒエンはコロイドから一騎の兵士が向かってくるのが見えた。

「皇女軍、ヒエン将軍ですね」

見るからに生真面目そうな兵士がマントさえもぴっちりと付けてヒエンに見事な敬礼を披露しながら告げた。

「・・・将軍?」

「ぷっ、ヒエン将軍・・」

返ってきたのは戸惑いと(笑)だった。

この時代、軍の指揮官の総称として将軍という言葉が使われていたので生真面目な兵士が言ったことは間違いではない。しかし、傭兵団が母体となっている皇女軍では将軍という言葉は全く使われた居なかったのだ。

「・・・・・まあ、その、なんだ、うをほっん!確かに私がヒエン将軍ですが・・・」

恥ずかしい台詞は顔色一つ変えず吐くくせに、真っ直ぐに来られると途端に恥ずかしくなるらしい。何度もどもりながらも、なんとか返事をしたヒエン。

「はっ!私は皇女軍との連絡員を務めさせていただくコウエン上級騎士です」

「上級騎士ですか」

ヒエンは少し驚いたようだった。もともと上級騎士とは帝国が直接任命するもので武と智の両方で高い力量が求められていた(・・)役職だったからだ。現在ではやや名誉職化し、本来の上級騎士が200名足らずであるのに対し、大貴族の子弟を中心に800名が増員されていた。

ヒエンはさっと探るように視線を一瞬上下させたが、コウエンは気にする様子もなくコロイドの街の案内を始めた。

「皆様を収容するのは街の南側で新設された兵舎です。負傷兵の収容も可能な大型の兵舎なので皆様は安心してお使いいただけると思います」

「ほう、()側ね・・。そこを選んだのはコウエンどのですかな?」

「ええ、長旅でお疲れでしょうから気持ちよく滞在していただけるように大分、骨を折りました」

「よくコロイド側が納得しましたな。新設の施設などこんな外部の部隊に使わせたらないでしょうに」

「いえいえ、しっかりと理を説明したらちゃんと同意してくださいましたよ」

そしてしばらく二人は見つめあい

「「ハハハハハハ」」

すこし白々しい笑いを同時に上げた。ヒエンはこの上級騎士が本来の意味での上級騎士であることを確信した。



同刻、ファランク王国 南西部国境地帯


ヴェール帝国、ファランク王国連合軍と大陸西部十字軍との戦いは大方の予測を覆して連合軍の大敗北でその幕を閉じようとしていた。

「後退だ!国境砦まで後退する!!」「助けてくれ!あ、足を斬られた!!」「なんなんだ!あいつらは!!」

ヴェール帝国軍やファランク王国軍にとってそれは悪夢以外の何物でもなかった。彼ら連合軍の力量が十字軍のそれに比べて劣っていたわけではない。むしろ兵士個人個人の力量は圧倒していたといってよかった。しかし、彼らは敗北していた。なぜならば敵は狂気に取りつかれたような圧倒的数量に文字通り飲み込まれたからだ。それは槍を持っただけのパン職人であり、それは剣を携えただけの少年であり、それは鍬を持った農民であった。十字軍は大陸西部の国々の国民そのものをぶつけてきたのだ。そしてそれは成功しつつあった。

あるファランク王国の騎士は日記にこう記している。

『彼らは狂気に取りつかれていた。私は少なくとも10人は切ったはずだが、彼らはすべて絶命するその瞬間まで私に向かってきた。恐ろしい。私は彼らがいったい何を考えているのか理解することは一生できないだろう・・・・』


こうして連合軍30万と十字軍280万との戦いは連合軍が18万もの兵力を失い大敗北を喫した。十字軍は実に200万以上の人命を失ったが、正規兵の損失は事実上0に近かった。


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