転戦
遅くなりました
帝国暦295年2月11日 早朝
すでに皇女軍の陣地は無残なという表現では現しきれないほど見る影もない姿をさらしていた。前日の投石機の攻撃は断続的に行われ、投石した量は実に10tに近い。もちろんそのすべてが命中したわけではなかったが、それでも木製の柵を破壊するには圧倒的すぎる攻撃力を誇っていた。
「前進!!」
しう命令するモルケ男爵の声も明るい。相手の頼みの綱である強固な陣地を破壊した今、圧倒的多数の兵力の前に打ち破れることが確信としてあったからだ。
「突撃!!!」
先ほどまでゆっくりと様子を見るように前進していた神聖ヴェール帝国軍が、モルケ男爵の一言を聞いて、我先にと全力疾走で橋を渡っていく。
「「「をおおおおおお!!」」」「「「突撃!突撃!!」」」
まるで全体が熱病に冒されたように爆発的な熱気が全体を覆う。意外と彼らもフラストレーションがたまってたいたようだ。そんな熱気の中、モルケ男爵は
「ははは、突撃!勝利は目の前だ!!」
一流の戦士でもあるはずの彼は、なぜかほとんど最前列で剣を振り上げていた。
「ふあはあっはっは!!この風!!この熱気こそ戦場だ!!」
モルケ男爵は本来というか元々、戦場の勇者であった。剣一本で文字通り成り上がり、とうとう将としての仕事をするようになったが、彼の本質は勇者であり剣士でありそして一人の武人であった。
『キンジリ!!』
モルケ男爵の剣は橋を渡りきらないうちから、その最初の音を発生させていた。皇女軍の方も神聖ヴェール帝国軍の突撃に呼応して突撃してきたようだ。その数、実に1000。カライド大橋は数日間の流血を取り戻すかのように血と死体で瞬く間に塗装されていった。
「ふあははは!!その程度か!!」
そういうとモルケ男爵は縦横に飛びまわる斧槍をくぐりぬけ、皇女軍の兵士の喉を鮮やかに切り取った。戦場の勇者であった彼の剣技は未だに衰えてはいないようだった。カライド大橋といっても幅は十数人も入れれば身動きもできないほどでしかない。そこにいきなり両軍突撃で橋の上は足の踏み場もないほどの混雑と混乱が広がっていた。
「どうした?どうした!」
そんな中に在ってモルケ男爵の剣技は冴えわたる。すでに彼の剣に倒された者は6人にも及ぶ。しかし、全体としては混乱が広がっており、橋の各所で戦闘が行われていた。
(それを狙っていたんだがなっと!!)
そう考えながら新たに一人、冥府の門をくぐらせるとモルケ男爵はにやりと人の悪い笑顔を見せた。
(う~ん・・・これはまずいよな・・)
一方、こちらもカライド大橋で戦闘中のヒエンである。神聖ヴェール帝国軍の突撃態勢を見破るなり、
「勇者たちよ!ここが正念場だ!私は神ではない!諸君の生死について分るはずもない!しかし、わが軍が敗れるのは今日ではない!!わが軍が敗走するのは今日ではない!神聖ヴェール帝国を名乗る反乱軍がカライド大橋を渡るのも今日ではない!!なぜなら今日も我々が勝利するからだ!!全軍突撃!!!!」
「「「「をおおおおおおおお」」」」
と、長く気恥ずかしい台詞を大観衆の前でテレの一つも見せず言い切ったヒエンはなかなかの大物になっているように感じる。しかし、この演説は効果があったらしく一方的に叩かれ続けた皇女軍の士気は一気に最高潮に達した。結果、数で劣るものの技量と巧みな小隊戦術でキルレオは4.2:1を記録していた。とは言え、いくら精強だとはいっても敵は40倍の大軍相手である。橋の上だからこそ大軍の利を生かせているとは言い難いかもしれないが、乱戦に持ち込むことで文字通り揉み潰しているのだ。こちらの方がよほど短時間で決着がつく。
「戦線を維持しろ!乱戦に持ち込まれるな!!」
ヒエンは声をからす勢いで叫び続けたが、周りの喧騒にかき消されて効果が十分とは言い難かった。
(まだか!!これ以上は持たんぞ!!)
ヒエンは内心で毒づいていた。事実、すでに300名以上の死傷者が出ており皇女軍の戦線は崩壊寸前であったのだ。
「押し返せ!!相手は弱兵だ!!押し返せるぞ!!」
「「「「おおう!!」」」」
そこには少数部隊による決死の防衛線が展開されていた。すでに太陽は相当な高さまでいつの間にか昇っていた。
「意外と持つな・・」
勇者への感嘆とも愚者への憐れみともとれる呟きを発しながら剣を振り続けるモルケ男爵はすでに12人もの兵士をなぎ倒していた。しかし、全体的には一進一退の攻防であり、すでに死傷者数は2000を超えていた。これはモルケ男爵の軍が弱兵であることを示すものではない。もともと集団戦に特化した部隊であったことと、主力兵器である長槍を乱戦では使用できず剣や短剣で斧槍に対抗しなければならなかったからだ。しかし、局面は終盤に差し掛かろうとしていた。カライド大橋を塞いでいる部隊はすでに500を切り、その残りの兵たちも無傷の物はほとんどいなかったからだ。
「最後のひと押しだ!全軍突・・・!!!!」
『パーラーラーパーラッララー』
どこからともなく響くラッパの音。この音を聞いた瞬間、モルケ男爵の心臓は冷たい手で握られたかのようにずきりと痛んだ。見渡すと双方の兵士たちも斬り合うことを忘れ、その典雅とは言えないラッパの音に聞き入っていた。
「「「「「援軍だ!!」」」」」
双方のどちらの兵士も同じ単語を叫ぶ。しかし、その意味合いは当然のことながら大きく異なっていた。
ゆっくりとまず姿を見せたのは林立する無数の旗であった。それは前線部隊の騎兵部隊の旗、数えきれない種類の旗が林立していた。総数20000に迫る大部隊だった。
「「「「「ワアアアアアアア!!!!!」」」」」
てんでバラバラに駆け始める貴族連合の騎兵部隊。どうやら纏まった指揮権のもと統一されての行動ではないようだ。貴族連合と神聖ヴェール帝国との抗争は河を挟んでの戦闘の為、騎兵の出番は少ない。しかし、騎兵は野戦においてかなり有力な部隊なのだ。どこの部隊にもかなりの規模が用意されていた。だが、出番がないゆえに手柄も立てられずくすぶっていた各部隊の騎兵は大規模な部隊がカライド方面に展開していることを知って各個に迎撃に向かっていたのだ。実はこれはオリゼの情報操作の賜物であった。各個の功名心を刺激して統一的な行動がとりにくい貴族連合を焚きつけたのであった。
「防げ!!こちらの方が数は多い!!槍兵!!槍衾を!!弓兵はありったけの矢をお見舞いしてやれ!!投石機も投石開始!!今なら撃てば当たるぞ!!」
さすがモルケ男爵である。僅かに軍旗が見えるなり、素早く後方に下がり、瞬く間に防御陣形を固める。カライド大橋に展開する皇女軍も被害が大きすぎ追撃する余力はなかった為、じりじりと後退していた。
「投的開始!」
「撃ちまくれ!!」
双方の弓兵(貴族連合は弓騎兵)が射程に敵を入れるなり弓を引いた。共に兵士が次々と倒れる。しかし、共に決定的な効果は得られないまま、距離はどんどんと失われていく。
ある者は至近距離で愛馬の頭を撃ち抜かれてそのまま落馬し、後方から走ってきた味方に大腿骨を粉砕されのたうちまわり、また、ある者はたった一発の矢がきれいに喉を貫き、かきむしるように手を伸ばすも自身の血で窒息してしまい、何事も発することもなく地面に倒れた。そしてその穴を埋めるようにすぐに後方から槍兵が槍を構え、あっという間に彼の姿は見えなくなった。
双方、戦局には影響はない大小さまざまな物語を描きながら、次のステップに進んだ。血の躍る白兵戦である。
「突撃!!!!」
騎兵の最大の特徴はその突破力である。たった一度の突撃で何重にも防御された槍衾もくさびが打ち込まれたかのように何か所かで大きく崩れていた。
「前進!敵の突破を許すな!!」
後方に控えていた予備部隊がモルケ男爵の号令で一気に間合いを詰め、当初のスピードを失った騎兵に襲いかかる。
「「「をおおお!!!」」」
すぐさま随所で乱戦が興る。モルケ男爵はときに自身が剣を振るいながら瞬く間にほころびを修正していく。
「弓兵!後続の進入を許すな!矢を集中させろ!!」
数か所に集中した矢はほころびを広げようとして突撃していた騎兵の頭上に次々と矢が降り注ぐ。
「「「「!!!!!」」」」
侵入しようとした騎兵の内、数名がその攻撃に耐えきれず落馬するものの、残りは突入は不可能と判断したのか戦線からすぐに離脱した。
「よし!このまま隊列を乱すな!!投石機はもっと川岸に寄せるぞ。敵騎兵から目をそらすなよ」
モルケ男爵は部下に指示を出すと自身も投石機の移動に手を貸そうと動こうとしたその瞬間
「閣下!!」
周囲を警戒していた兵が声を上げた。
「!何事だ!もう騎兵が向かってきたのか!?」
「いえ、違います。反対側の川岸に展開していた敵部隊が後退していきます!!」
「!!バカな!」
慌てて川岸にでるモルケ男爵。何人もの兵士たちをかき分けて彼が見たのは堂々と隊列を組み無数の軍旗を掲げ、コロイドの街に向かって撤退しているヒエン率いる皇女軍であった。
遅くなってスイマセン
来週の頭には次話投稿予定です




