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激突前

スルムン河は貨物船が通れるほど川幅や水深に余裕のある河である。しかし、渡河をする場合には、特に大軍がスムーズに渡河するには実は選択肢は多くない。

一つはジェイムズ橋、帝国がスルムン河を渡り、対岸を制圧した記念に作られた大橋で幅15m、随所に精巧な彫像が設置された立派な石橋で、簡単に破壊できるものではなく、ヴェール帝国軍と神聖ヴェール帝国軍、最大の激戦地になっている。

それ以外は橋ではなく、正真正銘の渡河可能な地点、流れが比較的緩やかで部隊の展開できる大きな河原があるなど条件を満たす場所だ。これは実は3か所しかない。他の場所は崖があったり、流れが急だったり複雑だったりして素人でも簡単に渡れる場所はそう多くはないからだ。


帝国暦295年2月1日早朝


「平和だな・・・」

かなり濃い朝霧の中、ヴェール帝国貴族連合軍兵士の一人が大きなあくびを押し殺しながら呟いた。ここは渡河可能とされる3か所のうち、もっとも南に位置する地点。帝国軍も一応、部隊を展開させており、数は実に8000にも及ぶ。

しかし、ここでの戦闘は一度も行われていない。一部には幽霊戦線との声が上がるほど平和なひと時が流れていた。

一度も戦闘が起きていない理由は簡単。背後には巨大な森が迫っており、大軍展開には向かないからだ。一応、渡河可能な地点ということで8000もの兵を展開させてはいたが、それは実戦経験のない新兵部隊や再編成中の部隊など、御世辞にも強力な部隊ではなかった。帝国軍上層部がいかにこの方面を重要視していなかったか分かる。

と、突然

『バタバタバタ…』

何十羽という水鳥が一斉に飛び上がった。

「なんだ?」

見張りをしていた兵士の一人がのんきに呟いた。

「さあ・・・魚でも跳ねたか?」

不思議そうに辺りを見回す兵士。良く見ると朝霧の中に動くものがあるように見えた。

「あれは・・なんだ?」

動くものはその数を徐々に増やしていっている。

「船・・・だよな」

「お、岸につけるみたいだぞ」

この時点でも敵だという認識を持てない兵士たち。だが、次々と降りてゆく兵士と訓練で慣れ親しんだ突撃を告げるラッパの音でここも最前線であった事実をようやく思い出した。

「ん?あれは・・敵!!?」

「敵襲!!敵襲!!」

最初に渡河に成功した神聖ヴェール帝国軍は僅か2000に過ぎなかったが、朝霧と奇襲、双方の効果で貴族連合軍は連携が取れず次々と打ち取られていった。

15分後、神聖ヴェール帝国軍第二陣2000がさらに到着すると完全に流れは神聖ヴェール帝国軍に、そして1時間も待たず貴族連合軍8000は見事に壊滅したのであった。


この日、神聖ヴェール帝国軍史上最大の作戦が開始された。



「くそ!!予定より遅れているぞ!!」

どんなことでもそうだが、実行前に失敗する計画はない。神聖ヴェール帝国軍の英知を結集したこの作戦でもそうであった。

作戦名は『毒蛇の牙』固い戦線を避け、後方の柔らかい部分に牙を立て前線を孤立、そこに前面攻勢をかけて一気に状況を好転させようという計画で有ったため、その工夫は多岐にわたる。

まずは軍装である。機動力を確保するために、特に森林地帯を抜けるコースの為、鉄兜に胸甲のみという軽装備、さらに当時の主力兵器である長槍もそのままでは使えなかったので上下2分割出来る組み立て式に、さらに馬車を使った補給も強奪する村々もない為、必要な物資はすべて背囊で兵士それぞれが自身で運べるように工夫されていた。

さらに万が一にも迷わないように密かに潜入させていた探索、測量部隊が最短のコースと迷わないように目印を付けて行っており、兵士もこの作戦に備え、十分な訓練を行っているはずであった。

しかし、現実には2万という大軍自体が重しとなり行軍は遅々として進まない。

(くそ!!どうしてこうなった!!)

作戦を考え、各工夫を行い、兵士たちの訓練を指揮した男、モルケ男爵は心の中でそう愚痴った。

中肉長身の彼は29歳、赤髪に緑瞳といういでたちの美丈夫でそれだけでは綺麗な男という感じであったが、全身に刻まれた刀傷や矢傷が何とも言えない凄みを彼に持たせることに成功していた。

しかも、彼はもともと貴族ではない。各戦場で活躍していた騎士のひとりでしかなかった。しかし、徐々に頭角を現し、とうとう貴族階級まで昇りつめた才人でもあった。

そんな彼が自身で考えに考え抜いた戦法が今回の作戦であった。本来なら彼のような成り上がり者の作戦など一笑に付されて終わりなのだが、追い詰められ始めた神聖ヴェール帝国にそんな余裕はなくもっとも勝率の高い作戦として支持されたのであった。

彼は燃えていた。彼自身は地位や金に対する執着心は薄かったが、自身の画期的な作戦が歴史に大きく刻まれることにおおいなる喜びを感じていたからだ。

彼は自身が貯めてきた資金を惜しみなく投じ、新装備を整え、状況の許す限りの猛特訓をさせ、自身も作戦を何度も見直し、さらには士気を向上させる為、兵士たちに混じり訓練をおこない、同じ食事を兵士たちと談笑しながら食べた。

兵士たちも彼の期待に良く応え、モルケ男爵も作戦の成功を期待から確信へと変えていた。

これほどまでに準備を進めてきた作戦ではあったが、現実は予定より大幅な遅れが出てきていた。

「「「「はあ、はあ、はあ・・・」」」」

兵士たちは一心不乱に黙々と足を動かしていた。しかし、その足取りは重い。体は出来あがっていても心が付いていっていなかったのだ。彼らのほとんどは元農民である。帝国の農民は開けた農地、見渡す限りの農地といった感じで開けた場所で生活をしていた。それが視界も悪く、暗い森の中では体の前に心が参ってしまっていた。

「皆!!もうすぐだ!!」

モルケ男爵はそう声をかけ続ける。

「「「おおう・・」」」

しかし、なかなか彼らの心はそのモチベーションを回復できなかった。

(・・・まだ、大丈夫なはずだ・・・)

モルケ男爵は遅延した現状を認識しつつも前代未聞もこの作戦が見破れるわけがないと確信していた。

(あと3日は猶予があるはず!!それまでに森を抜ければ!!)

そう考えなおし、再び兵士に声をかけるのであった。



必要は発明の母という言葉がある。必要に迫られると発明は生み出されるということを言ったことわざだ。

聖十字騎士団の来襲は皇女軍に大きな衝撃を与えた。もともと南北に長い領地に広大な戦線を有している皇女領だ。当然、脅威度が低いと思われる戦線は兵員が少なく、脅威度が高い戦線には豊富な戦力を集中させていた。しかし、予測が外れると思いもしない方向から容易に侵攻を許してしまうのだ。

このことから皇女軍は短期間での改革に迫られた。そしてロゼッタとオリゼを中心に情報網の確立、ノースロップ氏など旧百鬼軍を中心に索敵警戒網の整備、さらにヒカル、ヒエンたちを中心に新たな軍団を設立させたのだ。

それは本格的な情報を収集、分析する機関 トレカ・ガディアン(表向きトレカの街の特別警備隊として設立させた為、こんな名前が付いた)であり、各地に網の目のように整備された狼煙台や監視台であり、そして世界初の機動部隊であった。


機動部隊といってもその主力は騎兵1000であり、さらに特別に制作された大型馬車100両、通常の馬車200両に分乗した弓兵1800と軽装歩兵1000、工兵200から成る総勢4000にもなる諸科連合の部隊であった。この部隊は我々が想像するような電撃戦などを行う部隊ではなかった。あくまで聖十字騎士団侵攻のような事態が起こったとき素早く防衛部隊を掩護するための部隊であり、敵が来る前に展開し、各街に駐留している部隊と合わせれば最低でも5000にはなる。そうなれば何万もの大部隊が展開していないかぎり十分対応できる。そう考えられた4000という部隊の規模であった。

しかし、その初陣は想定通りの戦場ではなかった。


物語は少しさかのぼる。

帝国暦295年1月27日


ヒエン率いる機動部隊4000は北を目指し進撃を開始した。


何とか間に合いました^^

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