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神聖ヴェール帝国

帝国暦295年1月5日

その日は長い帝国史において特別な日の一つと数えられるようになった。

長い間にらみ合っていた帝国西部国境線から兵の姿がごっそりと消えてしまったからだ。もちろん物理的に消えてしまったわけではない。大々的にファランク王国へ進軍した結果であった。

「まさか、このような日が来るとはの~」

きらびやかな甲冑に囲まれた騎馬の上でそう呟いた老騎士は、帝国精鋭部隊である第一騎士団団長のハイネマン伯爵であった。ハイネマン伯爵は、元は下級貴族の領地なし男爵であったが、その高い剣技と数々の武勲で第一騎士団長に、爵位も伯爵にまで押し上げた帝国国民すべてが知る叩き上げの宿将である。

そんな彼であってもこれほどの大軍で国境を突破し、しかも敵襲の心配がほとんどない状況に感嘆を禁じ得ない心境であった。と

「閣下」

そう呼びかけてきた騎士が一人、馬を寄せるように近寄って来た。彼はウルフ、次期フォーケ侯爵になる青年であった。

「閣下。行軍速度をもう少し上げましょう。足の遅いはずの補給部隊でさえ追いついて最後尾で団子になっています」

第一騎士団の行軍速度はかなり遅いものであった。もしかしたら観兵式よりも遅いかもしれない。

「ならん。ファランク王国から提供された地図では不正確すぎる。せめて正確な状況が分るまでゆっくりと威を見せつける必要があるのじゃ」

ファランク王国にも現場レベルでは抵抗もかなり残っている。確かにいきなり上層部が同盟だと言っても感情的しこりや恨みつらみがきれいさっぱり消えるわけではない。特に今回の場合、上層部の都合で国益に反する同盟を結んだのだ。多少の知識があれば抵抗やいやがらせの一つや二つ、するのが常識的対応とさえいえる。ファランク王国から帝国に提供された地図も情報が古かったり、そもそも存在していないものが乗っていたりと、少なくとも国が提供したとは信じられないほどおそまつな物だ。それ故、歴戦の宿将たるハイネマン伯爵も慎重な行動を心がけているのだ。

「では、斥候や先触れの使者はもう出立させております。彼らが帰ってきたら行軍速度を上げてよろしいですね?」

ウルフ氏は若いのにかなりせっかちな人である。彼にはこの行軍速度は耐えがたい物であるようだ。

「よかろう。先の様子が分っているのなら問題はないじゃろう」

「はっ!ではそのように」

この光景を描いたものがいる。この地方に住む画家のルイス氏である。彼は初めて見る帝国軍に興味を持ち、街道沿いでこのきらびやかな行進を描いていたのであった。

国境を越えたばかりの彼らは表情に余裕と自信が満ち溢れ、足取りも重たいはずの甲冑でさえ軽々としているようにその絵には描かれていた。絵が完成したのは帝国暦295年2月1日、まだ帝国軍がファランク王国を行軍している最中であった。



帝国暦295年1月12日 神聖ヴェール帝国帝都ヴァネッサ


ヴァネッサはヴェール帝国帝都とラーム神聖国首都のほぼ中間に位置する都市で、それほど大規模な街ではないもののエユヨ皇帝が反乱を起こしてから継続的に建設が続けられ、人口はともかく城壁の高さや宮殿の大きさなどなかなかな規模に成長していた。

「まだ戦勝の報告は届かんのか!!」

豪奢な衣装に似合わない立派な王冠を身に着けている青年はエユヨ第二皇子。いや、元皇子。現在は神聖ヴェール帝国初代皇帝エユヨ1世を名乗っている。神経質そうな顔立ちにひょろりと伸びた体つきなど線の細い印象を受ける。そんな彼はこの数日、この同じ質問ばかり繰り返し周囲を辟易させていた。

神聖ヴェール帝国軍と名前を変えた正統帝軍と帝国貴族連合軍は相変わらず一進一退の戦況であったが、徐々に正統帝軍が押され始めていた。これは長く続いた消耗戦に貴族連合軍は同レベルの兵士を補充、増強できたが、正統帝軍は神聖ラーム帝国の精兵に匹敵するレベルの兵士を補充できず、開いた穴には義勇兵や各国の派遣部隊を充てざるえなかった、結果、指揮系統が混乱し、徐々に統一的な動きが出来なくなった為だ。こうなってくると動員兵力で勝る貴族連合軍の方が有利であることは自明の理だった。

そんな中、神経の細いエユヨ皇帝が耐え切れなくなっていたのだ。彼はその不安を解消するために大規模な増援、大量の傭兵や徴用兵、義勇兵をかき集め、一大攻勢を計画、実行したのであった。

「陛下。まだ攻勢は始まったばかり。報告が来るにはまだ幾日もかかるものです」

ヴェール帝国から共に独立した貴族の一人がそういさめる。

「一体いつまで待てばよいのだ!!!今にもあの忌々しい女どもが襲ってくるかもしれんのだぞ!!」

こういったように彼は神経の細い、少なくとも皇帝なんぞ勤まるような器ではないことはこの場にいる全員の共通認識であった。

しかし、すでに彼と彼らは運命共同体なのだ。見捨てるといった選択肢は彼らにはすでにない。

「まだ戦勝の報告は届かんのか!!」

こうして彼らはまたうんざりとするのであった。



肝心の反攻作戦は、意外なことに非常に高度で計算されたものであった。動員戦力は実に6万を数え、数字上、スルムン河に展開している神聖ヴェール帝国軍の実に4割に迫る軍勢であった。しかも、この軍勢は数字通りの戦力ではないことも織り込み済みの計画でヴェール帝国の戦線の一点を突破、戦線後方の街、コロイドを落とし、スルムン河での戦線の維持を困難にし、戦線を一気に押し上げ帝国南部から貴族連合軍を追い出すというこの時代では最大規模の広域戦であり、この計画が成功すれば神聖ヴェール帝国の株も大きく上がり、他の十字軍勢力からも大きな支援が期待できる。まさに渾身一滴の作戦であった。

ところが、とうとう我慢できなくなったエユヨ一世は作戦行動中の部隊に向け、連絡兵を差し向けてしまったのだ。



『ヒヒン!!』

ヴァネッサの城門からたった一騎の連絡兵が出発した。当時の常識どおり、派手な装いでかなり離れていてもわかる白色に青の旗を背負い出立したのであった。

使命に燃えるその連絡兵は許す限りの最大速度でどんどんヴェネッサから離れていった。自身の運命も知らずに・・・・


次回は少し空きます。まあ、今週中に出せると思いますが、未定です。

やる気アップになりますので、ご意見、ご感想、評価などいただけたら幸いです。

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