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あとしまつ

帝国暦 278年4月3日 ヴェール帝国帝都ヴェーナ 宰相府


その日の宰相府は朝から大忙しだった。

ロスキュール地方攻略戦 帝国軍が行ったこの侵攻作戦は小国が相手だったにも関わらず帝国の敗北で幕を閉じたからだ。はっきり言えば、小国と侮った軍事、外交双方の失策が招いた事態ではあったが、軍事力に物を言わせてきたヴェール帝国には頭の痛い敗戦となった。

もう一つ頭が痛いのはその戦において最大の戦功をあげたのは 紅の戦乙女 という一つの傭兵部隊であったことだ。傭兵部隊自体に問題があるわけではない。正規軍である第2騎士団が投入されたのも関わらず、たかが傭兵部隊に後れを取ったことが問題であった。しかも騎士団には有力貴族も多く、大きな不満を抱えたままだと何をしでかすかわからない。だが、この作戦では特に功績も上げてはいない。むしろ、不要な損失を与えた失点ばかりが目につく。とは言え、いくつかの貴族は当主や次期当主が死亡、負傷する者も多く何も救済しないわけにもいかない。でも、元手がない。この戦争で帝国が得た物は何もないからだ。


「まったく、武官の連中にも困ったものですな」

「ええ、全く。勝手に戦争して勝手に負けて、損失は補償してくれと泣きついてくる」

「しかも傭兵部隊に後れを取ったとか・・・信賞必罰は武門もよって立つところでしょうに」

同意する声があちらこちらから起こる。帝国宰相府では高級官僚が早朝にも関わらず首をそろえて議論をしていた。結局、武官に責任を求める声が多かったが、具体的には手を出しかねているようだった。

「・・・全く、救済をせぬわけにはゆかぬだろう・・・」

重い口を開いたのは帝国宰相 グリューネル伯爵、その人であった。

「しかし、閣下。肝心の資金が足りません。そして功績のあった傭兵部隊にも恩給を出しませんと」

長い戦乱は国の正規軍をすり潰し、戦力の多くを傭兵部隊に頼らなければならないほど切迫していた。その為、高い功績があった傭兵部隊には恩給という特別ボーナスを付け、優秀な傭兵部隊を常に味方につけ続けるというのが帝国の文官と武官が出した答えだったのだ。

「・・・・資金は軍債を発行するしかないだろうのう。それと今回の作戦は皇帝陛下の威光を傷つける行為だとして軍務大臣と騎士団長、参加した高級将校の給与を返納させよ。これで何とか騎士とやらの救済には十分じゃろうて」

「傭兵部隊には・・・今回は失点の多い騎士団に救済処置があったので・・それなりの物を用意しませんと・・・」

「分っておる。これでも帝国宰相をだてに10年も勤めて居らんよ・・・・傭兵部隊・・・紅の戦乙女・・じゃったかな・・その隊長を帝国貴族に取り立てる」

「「「「!!!!」」」」

その場にいた全員が息をのむ。それほど驚くべき解決方法だったのだ。

「か、閣下!どこの誰とも知れん者を貴族になど正気の沙汰ではありませんぞ!!」

「他の貴族どもが騒ぎますぞ!!」

「それにどうするのです。国内には余分な領地などありませんよ」

次々と反対の声が上がる。それも当然。この世界での貴族は特権階級であり、大きな領地をもつ地方領主のことであるからだ。さまざまな特権を享受している旧来の貴族にとっては新たな貴族は憎悪の対象にしかならない。また、貴族にするからにはそれなりの領地がいる。当然、新たな領土を獲得していない帝国に余分な土地はあろうはずがない。

「あるじゃろ、東部辺境領、旧“カライル王国”が。それに庶民や他の傭兵部隊にとっても魅力的な提案に見える。これが重要じゃ。まあ、当の本人たちには不幸なことじゃが、これも帝国の繁栄のため。人柱になってもらおうかの・・」

「おお!」「なるほど」「さすが閣下」

それはその場にいた全員が納得する答えであった。

旧“カイラル王国” 大きさなら帝国の6%を占める地域である。元から辺境の小王国で、際立った産業も特産品もないがそれなりに自立した国ではあった。しかし、2つ前の皇帝がこの国を占領し、さらにその東隣の亜人の国“森林国”に兵を向けた時、この地域は大きく様子を変えることになった。森林国に向かった兵はだれ一人帰らず、さらに旧カイラル王国にも100体の巨大なゴーレムが出現し、国土を荒らしまくったのだ。帝国軍は形ばかりの抵抗をして撤退、旧カイラル王国国民もその大多数が帝国に避難するという事態となり、以降、魔境として恐れられる地域となってしまったのだ。

宰相はこれですべて終わったと思っていた。多少、気の毒に思ったので個人的に多少の便宜は図ってやるか、というくらいの気持ちにさえなっていた。しかし、帝国官僚は優秀だった。貧乏くじはどうせ引かせるならとことん利用しようと二重三重苦を用意しているとはさすがの腹黒宰相も思ってはいなかった。


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