策
遅くなってスイマセン。いろいろ忙しくて・・・・
この後退はあらかじめ決められていたものだ。何人か渋る皇女軍志願兵もいたがヒエンに
「そんなに自由にしたいんだったら俺と勝負しろ!30分戦い続けられるなら自由に行動することを認めてやる」
と言われ、3人目が挑戦する前に全員が納得したのだ。
この理由は単純、どんなに有利な態勢を作っても戦力差を覆すことは難しいということだ。
現に奇襲、包囲作戦をかなり手際よく進めたとはいえ、戦力は残り皇女軍1800程度、聖十字騎士団は2600程度と相手に多くの損害を与えたと言えるが、減少した400の内、300は最初の奇襲の成果だし、半包囲のうえ後背からの強襲だった後半戦は有利な態勢でありながら僅か100ほどしか戦果をあげていない。これは一部はイレギュラーだった化け物の存在が大きいのも事実だが最大の要因は劣勢下にあっても決して崩れなかった聖十字騎士団の自力の高さにある。
一方、ヒエン率いる皇女軍は高い士気はある物の各個の技量という点では大いに不安が残る。この状況では長時間の戦闘は不可能だ。
こうしてヒエンたちは僅か一時間という時間制限を設けていたのだ。技量に勝る相手に有利な陣形と時間制限下のスタミナの全力消費で何とか五分五分に持ち込んだのだ。
しかし、それでも双方の戦力差は大きいままだ。しかも、ヒエンは倒れたまま、アンリに担がれる格好なのだ。未だ状況は好転していない。
「・・・・まったく・・・とんだ無理ゲーね・・」
アンリはそうぼやくが突っ込む人間はいなかった。
「なんと・・・・ヨーツェンヘイムを倒す者がおるとわな・・・」
燃え盛る町を出てやっとの思いで第一部隊を除く全部隊と合流を果たした指揮官は少し驚いたようだ。その顔色は悪い。それは疲労ばかりではないのだろう。並みの騎士の何十倍もの戦力となる神兵を油断していたとはいえ単騎で打ち負かしたものが皇女軍のような弱小組織にいるとは全くの想像の外だったからだ。
「おそらく東部辺境領のものではないかと・・・」
幕僚の一人がおずおずと答えた。
「なるほど・・・東部辺境領は魔境らしいからな・・・想像以上の戦力だが、勝てない戦力ではないな!」
指揮官はそう断言した。伊達に精鋭騎士団の指揮官を務めていない。
「敵は全軍入れても2000程度、しかも技量は我々より大分下だ」
かなり正確な読みである。この一点だけでも彼は十分に良将としての器量があることが分かる。しかも
「これは遊撃兵力だ。今頃は内部の拠点で我々を圧倒する兵力を集めているところなのだろう。つまり奴らの目的は時間稼ぎだ」
そういって指揮官は辺りを見回す。そして全員の視線が集まったことを確認して
「とはいえ、正面から戦えば我々も無傷では済まない。しかも我々はすでに消耗している。我々の目的は華々しい勝利そのものなのだ。そしてそれは必ずしも野戦によってのみではない!」
そう言って大きな地図を目の前に広げた。
「目標はリンドブルム!街を一つ落とす!」
そう宣言するなり幕僚たちの息をのむ音が聞こえた。
リンドブルム、カルナック教の大寺院がある街でかつては聖十字騎士団が属していない宗派のひとつの総本山だった地だ。現在はラーム神聖国との勢力争いに敗れ、ラーム神聖国の布教の拠点と位置づけられていた街であった。
「ここは帝国南部でも信仰の深さは指折り地ですぞ。そこを叩くというのは・・・・」
幕僚の一人がなんとか反論する。しかし、指揮官は
「ふん!そうではない。我々はこの街を解放しに向かうのだ。幸いなことにこの地は主要街道から外れておる。守備兵の数も1000は超えまい。しかも信心深いカルナック教徒も数多くおるし、今は避難民で混乱もしておろう」
確かに僅かな兵力で街を落としたとなれば大勝利だと喧伝することができる。また彼らは恒久的に占拠しようとは考えていない。リンドブルムに蓄えられた教会の財産と司祭、司教の一人でも連れ帰れればよしと考えていたのだ。まあ、比重は圧倒的に教会の財ではあったが・・・
「ですが、相手は城塞都市です。この人数で落とせますか?」
城塞都市ならば兵力も一千程度は駐留しているはずである。こちらが多数であるとはいっても強固な防衛力の前には敗退するしかない。正面から落とすならせめて4000は欲しいところだ。
「こいつを使う」
指揮官がとりだしたのはみすぼらしいぼろぼろの書物だった。
3時間後 帝国南部森林地帯
皇女軍は数百人のグループで分散してこの広大な森林地帯に身を隠していた。
「聖十字騎士団の動きがおかしいだと?」
偵察に出た兵士の報告はヒエンにとって意外なものだった。ヒエンはてっきりこちらを追撃してくるものと思っていたからだ。
「なかなか思うようにはいかないわね・・・工作が無駄になったわ」
そうアンリがぼやく。追撃されることを前提としていた為、街道沿いに丸太を転がしたり、まきびしや落とし穴など数多く仕掛けていたからだ。
「まあ、相手がこっちの都合を聞いてくれるとは限らないしな・・・それで、奴らはどこに向かっている?」
ヒエンは苦笑いを引っ込めると真面目な顔で尋ねた。
「は!彼らは南下して押します。おそらくいずれかの都市を攻撃するものと考えられます」
「!あの人数でか?マイ!地図を」
「・・もう用意しておきました」
「・・・早いな」
「メイドですから」
答えになっていない答えを返しながらマイは地図を広げた。
「このままだと・・・アッツかノートル、リンドブルムだが・・・」
どちらにも一千名ほどの部隊がいる。正面からは戦うならまだしも籠城戦を展開すれば落ちることはまずない。
「なにか仕掛けてくるわね・・・」
すっかりこの皇女軍の参謀格となっているアンリはそういうと部隊に移動準備を命じる。
「とにかく向かうしかないわね・・・できれば先回りできるといいんだけど・・」
敵の目的が不明である以上、先回りすることは難しい。
「まあ、そうなんだが・・・一応、地の利はこちらにある。何とかするさ」
そういうとヒエンはしばらく地図を見つめた。
およそ3時間後
「物資の積み込み終了しました」「遅滞作戦用の罠の解除を完了しました」
次々と報告が上がってくる中、ヒエンは決断した。
「敵の目的はリンドブルムだと思われる。我々は敵に先行するためにスルムン河に向かう」
スルムン河、国際河川に分類される大陸南部を北西から南東に流れる河川である。しかし、リンドブルムにはつながっていない。
「それからこの手紙をトレカに、これからは時間との勝負だ」
ヒエンは一体何を考えているのか、それは数日後わかることになる。
数日後
帝国暦294年7月7日 皇女領 トレカ
この街には続々と兵が集結しつつあった。明日にはオース王国に展開していた部隊のうち5000が入場する。これでこの街の兵力は街の守備部隊を除いても11000にもなる。この数は聖十字騎士団に十分に対抗できるどころか殲滅可能な兵力だ。しかし、その兵力の最高指揮官である高野ヒカルの表情は硬い。
「どうやら敵は野戦をあきらめてリンドブルムを攻略するつもりなようだね」
ヒカルからの手紙は聖十字騎士団に打撃をあたえたこと、その損害以上の成果を求めている可能性が高いこと、さらに減少した兵力で攻略可能な町として最も可能性が高いリンドブルムがターゲットであろうということが状況証拠を交えて説明していた。
「本当にリンドブルムなのかの?そこよりは主要街道に近いアッツの可能性が高いのでは?」
幕僚に任命した老傭兵がそういう。確かに主要街道に近い方が攻略にも補給にも便利であることは確かだ。
「それはないね。そもそも3000足らずの兵で城塞都市を落とそうってのが無謀だよ。それよりは主要街道から外れてもシンパの多い町を攻略する方がよほど簡単だろうさ」
「・・・たしかにそうですな・・で、ヒエン殿はなんだと?」
「こちらには後詰としてノートルに向かってほしいそうだよ」
「!!では」
さすがは戦いのプロ、すぐさまヒエンの策を見抜く。
「ああ、ヒエンは包囲殲滅戦をやるつもりさ」
次は金曜日には上げたいです・・・・期待値ですが・・・スイマセン><




