悪魔
先頭部隊である第一部隊300がまさに壊滅しようとしていたころ、すぐ後方の部隊である500名は前に進むか後ろに下がるか選択を迫られていた。ここで門を破り、第一部隊と合流できれば戦況を好転できるだろう。だが、一方、後方からは状況は分らないが白煙と悲鳴が上がっている。
こうして取り残された小隊長や部隊長は自己の判断で動かなければならない状況に追い込まれた。当初の目的通りなら目の前の友軍を助けるべきであるが、鉄則として自軍の指揮官は最優先で守らなければならない。特に状況がつかめない今、本隊との合流を最優先にするべきだろうと結論を出し、脱出路をさがして脇道や住居に侵入し出した。ここで第一部隊の壊滅が確定した。
「弓矢で応戦しろ!大楯を並べ陣形を維持しろ!」
さすがに指揮官がいる中央部隊の立ち直りは早かった。しかし、悠長に構えられるほど時間もなかった。すでにいくつかの木造の建物に延焼し始めており、早く脱出しないと蒸し焼きになってしまう。指揮官は耳を傾けると後方から剣戟の音が響いている。と、そこに
「「指揮官殿!」」
指揮官がみるとそこには前方にいた500名の小隊長や部隊長たちだ。
「お前ら、無事だったか!」
「はっ!向こうは特に敵はいませんでしたので・・・」
その情報を得て指揮官は決断した。
「よし!道を案内しろ!前方から町を出る!それと・・」
そういってあたりを見回すと
「騎士ヨーツェンヘルム!ヨーツェンヘルムはどこか!」
「はっ、ここに」
そこには巨大斧を持った2メートルを超える巨漢が立っていた。
「貴様は後方に向かい敵を蹴散らしてこい。その後、本隊と合流せよ」
「任務、承りました」
感情の起伏を感じさせない平たんな声で巨漢は答える。そしてのそりと動き出すとそのまま小道の陰に消えた。
「大丈夫ですかな?彼は」
「ふん!あれはああ見えて神兵だからな」
神兵とは教会の祝福を受けた騎士の中でも抜きんでて強い祝福をさすがったものに与えられる称号だ。実はこの神兵の存在こそ聖十字騎士団が最強の精鋭部隊と呼ばれるゆえんである。神兵は単独でも並みの聖十字騎士100人以上の戦力だとされる。
「・・・それは・・相手がかわいそうですな」
「まったくだ」
そういって指揮官は脱出に向けて部隊編成に取り掛かった。
最後方部隊1000は苦しい戦いを強いられていた。が、それは皇女軍でも変わらない。本隊を率いて突撃したヒエンは噂に違わぬ精強ぶりに舌を巻いていた。
「もう一度、押せ!!」「「「おおおう!!!」」」
盾と盾、槍と槍、剣と剣を交えること数十回。すでに双方多大な犠牲を出していた。聖十字騎士団死者80名 負傷者270名、皇女軍 死者60名 負傷者280名とすでに被害は共に1割を超え、撤退の二文字が脳裏に浮かび始めた頃、それは起こった。
『ドゴーン』
ヒエンから見て左奥の木造の店舗が破裂するように倒壊したのだ。
「な、なに・・・」
見るとそこには巨漢が一人、銀色の大きな甲冑をきて何事もなかったかのようにそこに立っていた。そして
「グロロロロロロ!!」
「な!!」
ヒエンは思わず絶句した。それは人間が発するとは思えない雄叫びを上げると味方であるはずの騎士たちを跳ね飛ばしながら皇女軍の方に突っ込んできたのだ。
「グロロロロ!」
そして一閃。それだけで5,6名の上半身と下半身が永遠の別れを告げさせる。
「なんだ!あの化け物は!」「ち、畜生!死にやがれ!」「囲い込むぞ!一斉に斬りかかれ!」
この巨大な理不尽に前線の各員は恐怖に駆られて、あるいは理不尽に殺された仲間の仇を討とうと、あるいは単独であることを冷静に分析して、結果、一斉に襲いかかった。
「グロロ?」
しかし、槍で突かれても、剣で斬りかかれてもそれは痛覚もないかのように巨大斧を振り回す。
「が!」「ひい!」「・・・・!」
そしてさらに3人が英霊の仲間入りを果たす。そして恐怖は一気に広まった。
「に、逃げろ!」「そこをどけ!俺はまだ死にたくない!」
皇女軍の主力部隊は一気に逃げ腰になる。ここに来て錬度の低さが露呈した形だ。それほどそれのインパクトが強すぎたのだ。だが、それは錬度の高いはずの聖十字騎士団もある意味一緒だった。あまりのインパクトに追撃するという行動に移れないでいたのだ。
(!!まずい!今しかない!!)
そのことに真っ先に気付いたのはヒエンであった。時間を開ければ騎士団も本格的に追撃を開始し出すだろう。こうなってくると圧倒的に皇女軍が不利だ。この局面を挽回する手をヒエンはただ一つしか思いつけなかった。それは
「俺が相手だ!!」
不敵に笑みを浮かべつつ、その化け物の前に悠然と立つ。まさかの一騎打ちだった。
その瞬間、辺りの喧騒は消えた。ただ、勇気ある、あるいは無謀な挑戦者に視線が集中したためだ。そして皇女軍は自らの大将が一騎打ちに名乗りを上げたことにまず驚愕し、そして次の瞬間、それは熱狂に変わった。
あの化け物の驚異的な攻撃をかわし、鮮やかな反撃を成功させたからだ。
「「「をおおおおおお!!」」」
そして本職の者たちばかりである聖十字騎士団もその鮮やかな攻撃に息をのんだ。その瞬間、この戦いの趨勢はこの一騎打ちに委ねられたのだ。
(冗談じゃねーぞ)
他者からは華麗な一撃を決めたように見えるヒエンは内心、そのあまりの非常識さに舌を巻いていた。通常、巨大斧のような超重量兵器は打ち下ろすか薙ぎ払う以外に攻撃の選択肢はない。しかし、間近でみないと分らないが実は先ほどの打ち下ろしは途中で軌道をずらしていたのだ。これは超重量兵器を完璧にコントロールできることを意味する。先ほどは上手く懐に飛び込み斬撃を加えることができたが、もう一度上手くあてられるかどうかヒエンにも確証を得ることはできない。
「グロロロロロロ!!」
巨漢は先ほどの一撃をかわされたのが気が喰わないのか再び雄叫びをあげて今度は横なぎに巨大斧を振るう。
「くっ!」
ヒエンはそのあまりのスピードに目をむくがギリギリ、紙一重でかわすことに成功した。が、巨大斧は慣性の法則を無視して振り上げられ、そして打ち下ろされた。
「が!!」
今度は体勢が崩れていたこともありかわしきれない。なんとか剣でその一撃を受け流すことはできたが、そのあまりの威力にヒエンは大きく吹き飛ばされた。
(なんとか折れてはいないようだ・・・)
見ると剣は折れてはいない物のあまりの衝撃に数ヶ所欠けているところができていた。
「まだまだ!」
ヒエンは自分を鼓舞するように気勢を上げるとしびれる両足に活を入れ一気に距離を詰める。そして再び斬撃を与えることに成功する。今度は一撃必殺を狙い頭部を狙ったが僅かにそらされ、頬を斬りつけただけで終わった。しかし
(脅威を検出。人造兵士 ムーンソルジャ を確認。リミッター解除。3分間の超常状態 オーラブースト発動)
ヒエンの中の半身がおよそ半年ぶりに目覚めた瞬間だった。
(体が軽い!)
ヒエンは3分間の超常状態の効果に驚いていた。その名の通り、3分間という時間制限があるものの身体機能を上昇させるもの。機能としては比較的おとなしいものだ。しかし、その効果は抜群だ。
回避不可能と思われた至近距離からの斬撃を回避し、しかも浅いながら脇腹を裂くことにさえ成功したのだ。
「「「おおお・・・」」」
敵味方関係なくその剣技に驚愕の声が漏れる。しかし、その声は驚愕に代わる。
「「「な!な!」」」「「おう!あれ!?」」「「なに!!」」
その傷がどんどん塞がっていったのだ。
「ヒヒヒヒヒ・・・・グヲオオオオオオオ!!」
さらにスピードを上げるヨーツェンヘイムと呼ばれた騎士。それはすでに人知を超えたスピード、目にもとまらぬ速さというやつだ。しかし
「「「おおおお!」」」
そのスピードで紙一重でかわすヒエン。
「グロロロロロ!!」
その事実にイラついたのかさらにスピードを上げるヨーツェンヘイム。よく見るとその姿は徐々に異形の者となっていく。
「な、なんだありゃ!」「おいおいおい!神殿騎士は正真正銘、化け物だっていうのかよ」
皇女軍に動揺が走る。
人はその姿を悪魔とだと言うだろう。




