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聖十字騎士団

のちの歴史家が指摘するようにこの時点で正統帝軍が皇女軍に戦を仕掛ける理由はない。

領民軍、百鬼軍を傘下にしたがえた皇女軍ではあったが、傘下に収めて以降、帝国軍、正統帝軍のどちらにも戦闘を仕掛けさせることは無かった。かえって皇女軍と戦端を開けば敵対者が増え、自軍に不利になってしまうのだ。

にもかかわらず、正統帝軍が戦端を開いた理由は国内ではなく国外にあった。



少し物語はさかのぼる。

帝国暦294年4月3日 ラーム神聖国 大聖堂


ラーム神聖国、大陸西部では最大の宗教勢力であるルクソン聖教の本拠地であり、ヴェール帝国の反乱勢力 正統帝軍に聖十字騎士団を派遣した国でもある。

「聖十字騎士団は一体何をやっておる?」

大聖堂と言うだけあったその巨大さ、壮麗さは比肩する物がないほど立派だ。そこに居並ぶそれも豪奢な装いの枢機卿と呼ばれる大幹部の一人が詰問するように声を荒らげる。

「・・・・圧倒的不利な状況に有りながら戦線を維持し、敵に痛撃を与えておる」

別の枢機卿が苦虫を噛み殺したように返す。

「虎の子の聖十字騎士団を派遣してたったそれだけの成果しか得られんのか!神の祝福は大したことがない、いや、教会は神の祝福を得ていないのではないかと言われ始めておるのですよ!?」

実際、近年、教会組織は腐敗が目につくようになった。特に大陸西部では圧倒的勢力である為この傾向が強い。この所為か大陸北部に行けばいくほどルクソン聖教の力は弱まってくる。しかし、利には聡い枢機卿の幾人かは大陸北部有力国であるヴェール帝国の内乱に乗じ宗派の勢力を増大させようと画策したのが聖十字騎士団の派遣へとつながったのだ。だが、問屋はそうは下ろさなかった。

「まったく・・金ばかり喰って、まともな戦果は何もないではないか!」

と騎士団の派遣賛成派は反対派だった枢機卿につるしあげをくらってしまったのだ。何度かの攻防の末、

「ならば、華麗なる勝利を神に捧げて見せようではないか!」

こうして聖職者にはあるまじき理由で戦火を拡大させる皇女領への侵攻が開始されたのであった。



なぜ、皇女領が狙われたのか、一つには最大勢力である帝国軍と戦うよりは弱小である諸派連合である皇女軍の方が組みしやすいと見られたことと、治安の回復によって農村や地方の小都市が復興してきた為、ぶっちゃけ、物資や金品の強奪が目的だったのだ。

このことは侵攻してきた軍の規模からもうかがえる。総勢3000名の完全武装した兵だけ、補給部隊や補給線を維持する部隊もいないのだ。もちろん帝国軍との戦線を維持しつつ、最大限の兵ということなのだろうが、通常の城塞都市を落とすには少なく、小都市や農村を襲うには多すぎる中途半端な数だ。これは中々小憎らしい人数なのだ。

野戦で勝つには少なくとも5000名必要だがこれだけの数、すぐに集められるものではない。主力部隊はオース王国に展開中で呼び戻すにも時間がかかる。各領主の私兵や警備部隊をかき集めれば1万近くになるが、逆に言うと1万しかいない。各地の城塞都市を空にするわけにもいかず、そうすると5000名を切ってしまう。つまり野戦で皇女軍はかなり苦しい立場となるのだ。

しかし、領民の支持を得て勢力を拡大したロゼッタには略奪行為を止める努力が求められている。こうして聖十字騎士団が求める極彩色の大勝利の3文字が躍る状況に追い込まれたのだ。



ときに決断とはなかなか難しい物である。

「ヒエン・・・2000付ける。これで時間を稼いでくれ」

ヒカルは重苦しい空気を吐き出すように言った。彼女の言う2000はトレカの街で編成中だった志願兵の部隊だ。士気は高いがまだ錬度という点では不安のある部隊だ。

「閣下!!」「よせ!」

思わずマイが叫ぼうとするのをヒエンの一喝がそれを押しとどめる。彼とて上層部の人材だ。状況は良く解っていた。

「では、2000名、お預かりします」

「・・・5日だ。5日だけ持ちこたえれば勝機はあるよ」

5日、それはオース王国に展開している部隊で国境付近を警備している部隊5000が戻ってくるまでの最短時間だ。実際にはおそらくもっと時間がかかるだろう。とはいえ残っている部隊と合わせれば8000近くなり、数量的には敵の倍以上、戦力的にも5割増しとなる。聖十字騎士団とはいえこの戦力差を覆すことは難しいだろう。

「分っています。でも私が撃退しても文句は言わないでくださいね!では!!」

さっそうと部屋から退出するヒエン。彼に言葉を投げかけられる者は誰もいなかった。




「また、厄介な状況だね・・・」

真実の目の大幹部であるエルフのアンリは状況を楽しんでいるようにさえ見えた。

「そう思うんだったら何かいい策でも教えてくれ」

ヒエンはぼやくように言った。

「それはあんたがもう考えているのだろう?」

確かに特に馬車を多く100台と引き連れている。遠征するわけでもないのにこの数はかなり多い。

「策なんてものじゃないさ。要は領民の支持だからね。南西部出身者を募って領民の避難誘導するだけさ」

聖十字騎士団の侵攻が始まると悲しいことに避難することに慣れている帝国南部の人々は想像以上のスピードで避難を開始していた。だが、避難民と補給部隊を連れていない軍隊、そのスピードの差は歴然だ。徐々にその差はなくなってきている。そこでヒエンは100台もの馬車を集め、その差を広げようと考えていたのだ。

「・・・焼け石に水って言葉知ってる?」

呆れたようにアンリはいう。

「・・・人気取りだからね・・・」

100台、数量的には多いが避難民の数を考えると確かに焼け石に水だ。これは困難な状況でも領民を見捨てない、という政治的メッセージなのだ。すでに先発していた馬車が続々と避難民(とはいえ全員は載せられないので女性、子供、老人の順で載せている)を満載してすれ違っている。彼らの目にはさぞかし頼もしく映ることだろう。

「だが、死ぬ気もない。この先の宿場が限界だろう」

その宿場町は聖十字騎士団が今日の宿場に使用される可能性が最も高い場所だ。

「そこに罠を仕掛ける」

ヒエンは自信なさげに小声でアンリだけに聞こえるように言った。



その宿場町の名前は良く解っていない。そこの住人はすでに全員が避難を終えてしまっていたからだ。が、規模としては中規模のごく普通の宿場町、全長は200メートル、一応、2メートルばかりの木製の柵で周囲を覆われ、町の出入り口には比較的立派な石造の門がそびえている。

そこに聖十字騎士団が到着したのは午後6時前、日は傾いてはいたが周囲は十分明るく、先行していた偵察部隊からも無人の宿場町だと報告を受けていたので何の警戒もなく進んでいった。

「全体、とまれ!今日はここで進軍を終える。直ちに夜営の準備を・・」

指揮官がそう叫んでいる最中、何本もの矢が次々と騎士団を襲った。

「!!何奴!!」

さすが精鋭と名高い聖十字騎士団の指揮官、奇襲攻撃だったにもかかわらず素早く剣を抜くと飛来する矢を次々と叩き落して行った。

「いかん!閣下を守れ!!」

我に返った騎士団は指揮官を守るべく彼の周囲を固める。しかし

「何をしている!見ろ!敵は少数だ。打ちとってこい!!」

みると確かに一度に飛んでくる矢の量は少ない。敵が少数であることが分かる。

「第一部隊!突撃を開始する!」

先頭部隊である第一部隊騎兵5歩兵295が突撃を開始する。すると物陰から数十人の傭兵らしき男が算を乱して逃げ去る。

「おえ!逃がすな」

「「「おおおう!!」」」

きらびやかな銀色の甲冑を着た戦闘集団がまるで狩りでも楽しむかのように統制を欠いて突撃する。そして町を出ると

『ギュヲ~~ン』

鉄のこすれ合う音が響いたと思うと、町の門ががっちりと閉まっていた。

「「「うをおおおおおお!!!」」」

すると同時に周辺から次々と武装した兵士が湧き出してきた。その数およそ500。バラバラに追いかけていたため聖十字騎士団の隊列は細く伸び切っており、戦力的にほぼ互角であっても早急に全滅することが予測された。指揮官もである。

「いかん!伏兵か!全軍、救援に向かう」

残り2700名が隊列をしっかりと組んで救援に向かう。そして先頭が門に達した瞬間、

『『ドドーン!!』』

石造の大きな宿、おそらく大店、が音を立てて倒壊した。

「な!!」

指揮官が驚いたのも仕方がない。大店の宿はいくらか離れており、部隊はさらに3分割、前から500、1200、1000された。さらに

「総員!投射開始!!」

皇女軍が左右の建物の屋根から姿をあらわす。そして混乱している騎士団に向かって大量の松明が投げ込んだ。

「あち!!」「早く消せ!燃え移る」「ゴホッ、ゴホッ!煙が・・」「誰か!消してくれ!!火が!火が!!」

混乱がさらに広がる。さらに松明に紛れ、大量の矢も放り込まれ多数の負傷者まで出す始末だ。そして

「突撃!!」

後方より1200名もの皇女軍が突入。三分された後方の1000名に襲い掛かる。しかし、そこは精鋭部隊。

「各員!槍構え!突撃を許すな!」「大楯を左右に!被害を最小にするんだ!」「もうすぐ指揮官殿が救援に来る!耐え抜くぞ!」

「「「「おおおおう!!」」」」

後方にいた小隊長たちや部隊長たちが包囲下にあっても的確な指示を出す。こうして後方の戦線は皇女軍がやや有利なままこう着状態に入った。



ここで少し整理しよう。先頭部隊から状況は

聖十字騎士団 300 VS 皇女軍 500 聖十字騎士団、もうすぐ壊滅。

聖十字騎士団 500 現在、門とがれきに挟まれ、混乱。特に攻撃されていない。

聖十字騎士団 1200 VS 皇女軍 200 松明と弓矢で攻撃され、混乱。

聖十字騎士団 1000 VS 皇女軍 1300 皇女軍1200名が突入。さらに100名が屋根から援護。激戦中


とこうなってる。戦闘開始からまだ10分。戦況はまだ予断を許さない。


不定期連載でスイマセン。9月は週1,2回は更新できるよう頑張ります。

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