それぞれの戦場
ヒエンは初の戦場を難しい後退戦で体験していた。
「すこしスピードを落としてください。弓兵、何本か矢をばらまいていて!騎兵隊、私と一緒に嫌がらせをしに行きますよ」
年若く、実績も少ないヒエンは徹底して低姿勢を貫いていた。それでも何人かサポートに辺境領歴戦の傭兵がついていなかったら有機的に運用は難しかったに違いない。
「一撃を加え、後退します。突撃!!」
「「おおう」」
義勇軍右翼部隊は合計3回目の突撃を開始した。
「っまたか!!そう何度もやられるか!弓兵!!対抗して矢を放て!!歩兵部隊!騎兵の突撃が来るぞ!!戦線を整えろ!!槍衾を作るんだ!」
ドーントレス率いる百鬼軍は苦戦中である。別にドーントレスが無能というわけではない。なだらかな丘陵地帯がこの部隊との相性が悪かったのだ。
(まさか、ここまで不利となるとは!!)
重装備、いわゆる帝国式重装備歩兵に近い装備は坂道での移動は不可能というわけではないが困難だ。帝国式鎧の特徴は大陸北方での長い戦争で洗練された高い防御力が特徴の全身鎧だ。しかし、あくまで北方平原での戦闘で作られた代物。丘陵地帯や山岳戦にはその隙間なく覆われた鎧そのものが重しとなる。
「敵騎兵来ます!!」
「槍を上げろ!戦列を乱すな!」
ドーントレスは3度目の突撃があると思ったが、
「敵、引いていきます」
「何!?」
ドーントレスは部下の歩兵の報告を最初信じなかった。ところが実際に見てみると確かに敵は後退していた。
「奴ら、いったい何を考えている!?・・・とりあえず、待機だ!敵の様子を見る」
こうしてドーントレスは守備陣形のまま、その場に残った。
「追ってきませんぜ!」
「まあ、相手が不利だからね・・・・反転!敵を休ませるな!!ありったけの矢をお見舞いしてやれ!!」
「わかりやした!野郎ども!反転してやつらの穴に火をつけろ!!」
「「「おおう!!」」」
こうして丘陵地帯での戦いは義勇軍有利のまま、果てしない追いかけっこが始まるのであった。
「第一部隊は後退、ガンソウの部隊を出させろ!いいか、あくまで振りが大事だからな。実際には突っ込むなよ」
「わかってやすよ。っていうか突っ込んだら俺の身が危ない」
森林地帯ではオリゼによる遅滞作戦が功を奏していた。いや、遅滞作戦というよりは嫌がらせに近いものだ。
例えば、落とし穴、しかも足がとられるくらいの浅い物や、まきびし、さらには丸太で進路を塞いだりとけして死人が出るようなものではないが、そんな罠が多数、用意されているのだ。兵士たちは周囲を探り探りゆっくりとしか進むことができない。ならば後退して改めて別の道をと思うのだが後退しようとするとどこともなく義勇軍が現れ、攻撃をしてくるのだ。せいぜい遠矢を放ってくるくらいでけが人が出る程度なのだが、これではうかつに後退もできない。こうしてずるずると時間だけが過ぎていくのであった。
こうして頼みの別働隊が遊兵と化したなか、完全に包囲され、自陣の最深部まで突破されたノースロップ氏は喉元に刃を突きつけられた状態で重要な判断をしなければならない状態となっていた。
(このままでは全滅する)
ノースロップ氏は状況から百鬼軍が義勇軍に大きく負けていることを肌で感じていた。もし、別働隊が優勢にことを進めているのなら即効で本隊を壊滅させ、支援に向かうはずだからだ。だが、実際には余裕すら相手は持ち合わせていた。
「私らの勝ちだよ。さっさと下った方が有利だよ」
勝ち誇った笑みを浮かべながらヒカルは馬上で槍を構えたままノースロップ氏に降伏を進める。
(敵ながら豪胆な!)
ノースロップ氏は内心舌を巻いていた。圧倒的不利な体制ではあるが、ここは自陣の最深部。局所的ではあるがヒカルたち義勇軍より数の上でも有利な態勢だからだ。
「ここでお主の首をはねることもできるのじゃよ?なぜ、降伏などせねばならん!」
内心、感心していることをおくびにも出さず、不敵に挑発すらする老兵。
「それはあんたが恥を知っているからさ。自分のわがままで無駄に部下を殺しはしないだろ」
「・・・・・・・・・なるほど、確かに・・・分った。降伏しよう。ただし、部下の命は保証することが最低条件じゃ!」
ノースロップ氏は目を大きく見開いて大喝。喉元に付けられた刃もそのまま手で払いのけた。
「保障するよ。さっさと武装解除の命令をお出し」
「分ったわい・・・・全員聞いたな。ドーントレスたちにも知らせい。戦いは終わったと」
「「「・・・・はっ」」」
ノースロップ氏はかなり慕われた統治者なのだろう。幹部たちだけでなく一般兵の多くも悔しそうに唇を噛んでいる。
そしてノースロップ氏自身も武器を地面に置き、甲冑を脱ぎ、上半身裸となって古の敗者の礼をとった。具体的には両手を組んで胸の上に置き、片膝をついて首を差し出すように大きく頭を前に出した。これは首を刎ねよという古のジェスチャーである。これが翻ってこの首をあなたに捧げるという意味になる。
「たしかに受け取ったよ。じゃあ、こっちからも返礼をしなくっちゃね」
そう人の悪い笑みを浮かべると懐から一枚の紙片を取り出した。
「ノースロップ・ハウゼン。貴官をエロンド州、ガウリー州、レンネンプ州のガンリ、トオウリ郡の総督に任ずる。また、これに異議ある者がある場合、帝国皇女ロゼッタ及び其の一党が全面的にノースロップ・ハウゼンを支持することを明記する。以上だ」
これの意味が理解できた者はノースロップ氏を含めポカンとした表情で見上げていた。
総督とはその任地の最高権力者。領主の上に立ち、司法、行政の両面の最高責任者のことである。あまりに権限が高い為、任命は皇帝しかできない。
この為、これは帝国に対する反逆とも見える行為だ。現皇帝は不在、皇帝の座を第一皇女と第二皇子がまさに争っている最中なのだ。そんな中、総督を任命したとあっては面白いはずがない。
「・・・・反逆・・・かの?」
「いろいろ言い方は有るが・・・そんなもんさ」
「たったこれだけの戦力で戦えると思っているのかの、嬢ちゃん?」
「それでもあんたたちは反乱を起こした」
「!!そ、それは必要に駆られて・・・しかたなくじゃ」
百鬼軍はそういった側面がある。彼らは帝国貴族ではあったが外様であった。併呑した国の有力貴族、領主たちである。その為、地位は不当に低く、さらに内乱がはじまってからは帝国軍、反乱軍双方から領地を荒らされ、自立の道を目指して立ち上げたのが百鬼軍であったのだ。
「だから、あなたを総督に任命したんですよ」
見るといつの間にかロゼッタがなれない様子の甲冑姿で現れた。
「そして私が皇帝になります」
「!!」
その発言に驚いた様子でマジマジと見つめるノースロップ氏。
そして
「正気か!?」
「正気で国盗りはできませんよ」
そしてノースロップ氏は彼女の瞳の奥に確かな理性が宿っていることを確かめると、二、三度ため息を付くと
「・・・・儂はお主たちに降伏した身じゃ。この命、預けようぞ」
どこか観念したかののように敗者の礼から臣下の礼をとる老兵がいた。
即日、広域に広がっていた戦闘は終了した。森で罠にかかっただけのノーマッドなどは悔しさのあまり腰に差した剣を叩き折ったほどだった。
とはいえ、自身の領地は安堵されただけでなく旧母国領のほとんどの管理すら任されたのだ。彼らが求めていた要求以上の成果があったのだ。多少の不満や不安があっても表に出すほどではない。
「しかし、大丈夫なのかい?彼らは裏切るかもしれないよ」
ヒカルが言うように直轄領として得たのはほんのわずかな土地。相変わらずこの帝国南部北東部の大半の現状は変わっていない。
「大丈夫ですよ。彼らは裏切れなくなります」
そういって地図を見せる。その後、ノースロップ氏との会談でさらに2つの州の行政官を出すことを認める代わりに五つの郡と二つの町をロゼッタ皇女殿下の直轄領とすることを認めさせた。とはいえその土地の領主を変えるわけではない。長らく管理者不在の土地を接収するということだ。
「これで大陸南岸への道が開きました」
地図を見ると東部辺境領から帝国南部への回廊を形成するように広がっていた。
「総督についても問題ありません。彼らは私たちによって帝国に帰順しました。こういった場合、占領地の行政は占領した司令官に与えられます。そして総督に任命したことで彼らの行動を制限できます」
その説明にヒカルは、なるほどとうなずく。求めた以上の権限を得ても反乱を起こしたとすれば、彼らは無用の戦乱を起こしたとして領民の支持を失ってしまう。さらに他方の百鬼軍や反乱勢力と連携すれば即座に既得権益としては極上と言っていい総督の地位を失うことになる。元、百鬼軍に所属していた為、下手に他人の土地を占拠することもできないのだ。これでは裏切る意味はない。
この結果、早くも帝国南部の勢力は大きく動き出した。これが更なる戦乱を呼ぶのか、あるいは平和への前ふりなのか、現時点でわかる者はいない。
完全にお盆休みボケです。いや、お盆も忙しすぎて・・・




