南部進軍開始
帝国暦 293年12月23日
ヒエンたちは道中、何度かモンスターに襲われながらもヒエンの人間離れした能力は発揮されることもなく、無事に到着したのは5日後の12月23日だった。アンリやマイもヒエンの見せた能力は火事場のなんかだろうと解釈し、少なくとも表面上は以前と変わらない接し方ができるようになっていた。さすがにヒエンは少し塞ぎ込みがちだったが。それでも愛すべきホームタウンに帰ってきたときには徐々に明るい表情となったことに特にマイは大きな安堵を覚えるのであった。
「なんじゃこりゃ~~!」
なつかしき門をくぐると、そこは大きく変貌していた。
言うならば、人、人、人の群れだ。
「いったい何があった?!」
道中、塞ぎ込んでいたヒエンも思わずそう叫ばずにはいられないほどの人の群れが村中にあふれていた。さすがに入りきれなかったらしく、村の外にも数多くのテントが並んだ様子は東部辺境領始まって以来の盛況ぶりだろう。
「お!早かったね!どうだいこの軍団!!頼もしい限りじゃないかい!」
ちょうどそこに上機嫌な、心配していた様子を全く見せないヒカルが姿を見せた。
「す、すごいな・・・・こんなに人って居たんだな・・」
ヒエンにとって世界はまだこの東部辺境領の一部でしかなかったのだ。そこにその数倍の人間が現れたのだからその驚きは筆舌しがたいものとなった。
「いや、まだだよ。今日中にあと数百人は到着予定さ。そして三日後にはここを出発する」
「「!!」」
ついに始まるのか!その思いがヒエンとマイに緊張を起こさせる。
「?伯爵閣下?これは?戦争でも始めるの?」
唯一、この光景の意味の分かっていないアンリがそう尋ねた。さすがに人に見られるとまずいので深いフードをかぶってその特徴的な耳は隠していたが
「おや?調査は終わらなかったのかい?・・・ここじゃ、まずいね・・・とりあえず屋敷で待っとくれ」
そういうと知り合いらしき壮年の傭兵のところに親しげに近づいて行った。よく見ると比較的傭兵の構成はベテランばかりのようだ。中には新米と思わしき人もいたが、ところなさげに右往左往していた。
「とりあえず戻るか・・・」
その提案にお互いうなづきあいヒエンたちは屋敷へと戻った。
「久しぶりだね」
ヒカルは親しげに近づいていった傭兵は領民軍との雇用契約中であることを理由に断ってきたなじみの傭兵だった。
「おお!!元気しとったか!相変わらず貧乏くさいかっこうしよって・・・・伯爵様なのじゃろう?」
後半はひそひそと話すように小声で耳打ちしてきた。
「なに、貧乏貴族なんか珍しいもんじゃないだろう?それよりもどうしたんだい?あんたのところは十数人規模だったろう?いつの間にこんな大きくしたんだい?」
見たところ彼の引き連れてきた傭兵は百名近くいる。
「なに・・・お前さんから招待状を受け取ってから知り合いの傭兵仲間に声をかけまくったんじゃよ。これでも古株でな・・・結構な数が集まってきたんじゃよ」
この時代、一応、傭兵ギルドはあるものの人集めの主な手段は紹介によるものが多い。連絡手段が限られているということもあるが、そちらの方が実力や実績があるものを呼び込みやすいのだ。
「で?あんたも領民軍のオリゼってやつの仲間なのかい?」
「おいおい。俺は別にあいつの仲間なんかじゃないのう。だから、こうしてあんたの所に独自に来たんじゃ」
そういって顎で向こう側を指す。そこには領民軍では名の知れたオリゼとその配下が集まっていた。
「仲間じゃったらあそこにおるわい・・・そちらの方がよほど給金がよいからの・・」
そうしてカラカラと壮年の傭兵は笑った。
「そうだね・・・自分ン処の人数を少なくする必要もないね・・・時間を取らせたね・・・とりあえず頭金さ。確認しとくれ」
「おお!助かる」
そういって三分の一ほど中身の詰まった袋を手渡す。中には銀貨と銅貨が詰まっている。
「じゃあ、私は行くよ。まだ仕事が残ってるんでね」
「おお、頑張るこった・・・これだけ集めたんじゃ有効に使ってくれよ」
お互いニッと癖のある笑顔を振りまいた。
「まったく、いったい誰の入れ知恵なんだか・・・」
ヒカルはぼやく。傭兵とは一般に思われているほど頭の悪い者たちではない。少なくとも指揮官、ベテランクラスになるとかえって知恵が回るようになる。なんせ彼らは自身の命を商品に売り買いしている商人のような者たちなのだ。その価値をもっとも高く安全に運用することができるのだ。
「どうしましたか、我々の準備は完璧ですよ」
「少し黙っとくれ」
フレンドリーに話しかけてきたオリゼにピシャリとシャットアウトするヒカル。相当に不機嫌であるようだ。
(まったく・・・扱いにくい奴だよ)
そう思いながら集まった人の群れを眺める。
総数は3677名、おそらく最終的には3800名ほどになるだろう。東部辺境領軍 騎兵120名 歩兵500名 工兵(非戦闘)500名、旧領民軍 騎兵80名 歩兵400名 後方支援部隊(商隊を転用)800名、傭兵部隊 歩兵 約1400名、これが新たに誕生するロゼッタ義勇軍(正式名称ロゼッタ第三皇女の徴募した義勇軍団)の全戦力となる。領民軍の財力とロゼッタ皇女の皇族という大義名分、そしてヒカル辺境伯爵の勇名と実績によって出来上がった軍団ではあるが非戦闘部隊が三分の一ほどいる少々いびつな形となった。これは南部と東部辺境領を結ぶ街道の整備を行うからだ。
市場として期待できる東部辺境領との街道を整備することは非常に商業的魅力がある。もちろん軍事的利点も多い。だが、領民軍のスポンサーから資金提供を受ける条件なのだから、さすが商人、ただでは転ばない。しかも将来的にはそのまま辺境領北端の港まで整備して大陸南部の商品を大陸北部沿岸に売りまくる計画もあるようで商人たちの鼻息も荒い。
また、傭兵たちの息も荒い。彼らは帝国正規部隊が弱体化していることを敏感に感じていた。するとそれに比例して傭兵部隊にかかる負担も倍増する。つまり被害が倍増するのだ。にもかかわらず国内経済は停滞、つまり給金は増えない。
こうなってくると傭兵のなり手も減少し始める。もともと無事に退役できる確率は低いのだ。給金も上がらない状況ではこの傾向は変わらないだろう。
この為、彼らは新たな生活の種を切実に欲していたのだ。そしてその受け皿が東部辺境領そのものなのだ。彼らの大半は元農民。戦災や口減らしで傭兵になった者が多い。そんな彼らに将来、確実にドル箱路線となる街道の土地を優秀な成果を出した傭兵部隊に分割することを約束していた。まあ、十分な金銭を集めきれなかったこともあるが、土地を耕してよし、商売を始めても良し、単純に商隊の護衛をしても良し、と、腕に覚えがある者ならば興奮しないわけがない。
結果、予想を超える勢いで人、物資を集めることに成功したのであった。
ヒカルは苦笑をすると盟約の一応代表である帝国皇女に今後のことを相談しようとその足を屋敷へと向けた。
およそ15分後
屋敷にもどるとそこは全く別の喧騒があった。はっきりというと戻って来たヒエンを子供たちがもみくちゃにしているところであった。
「モテモテじゃないか。うらやましいこったね」
呆れ気味にいうヒカル。
「おおお!!助けてください!!母上様~~~」
「・・・まあ、持てることはいいことだよ・・」
あきれ気味に言葉を濁すヒカル。一方、ヒエンは自分のあの恐ろしい能力があれ以来まったく発現しない、こうして恐る恐るであったが孤児の子供たちと触れ合えることに喜びすら感じていた。
「若!」
そこにメイド服に着替えたマイが姿を現す。そして無邪気に子供たちと触れ合っているヒエンの様子に驚き安心した。
「なんだい?」
「は、はい、伯爵様、若、ロゼッタ様とアンリ様が応接室でお待ちですあ」
「?俺も、か?」
「はい」
「いいじゃないさ。あんたは私の息子だよ。たまには付き合ってくれるとうれしいよ」
「・・・わかりました。というわけだから、お前ら・・・いい加減に降りろ!!」
「「「「わああ!ヒエンが怒った~~」」」
四重くらいに積み重なった子供たちがわらわらと部屋に逃げ去っていく。
「では、向かいましょう」
何事もなかったかのように完璧なメイドっぷりを発揮して主人たちの痴態?をスルーして優雅にお辞儀して部屋に向かうように示す。
「ほら、さっさと行くよ」
「はいはい」
ヒエンは二・三回、服をはたくと応接室に向かった。
「皆さん、お揃いですね?」
ロゼッタは人数を確認するように部屋をぐるりと見回す。ここにはヒカル、ヒエン、マイ、アンリ、ロゼッタ、キュンメル、そしてオリゼの7名が集まっていた。さすがに少し手狭な感じではあったがロゼッタは気にせずにそのまま話を進めた。
「では、今後の方針を話し合います。まず始めに・・・」
「ちょっといい?なんで私まで呼ばれてるの?」
話をさえぎったのはアンリ、確かにこの場にいるには場違いな感じはある。ちなみにマイはわれ関せずとお茶を各カップに注いでいる。
「それはこれからしばらくはヒエンには私たちと行動を共にするからだよ」
答えたのはヒカルであった。
「?」
「・・・まあ、エルフのあんたには分かりにくいことかもしれないけれどヒエンは私の息子ということになっているんだけど・・・実績がなさすぎるんだよ」
「?どういうこと?」
「私はヒエンの腕に不安はないんだけどね。周りに認めさせないとこれからの領地運営に支障をきたすんだよ。まあ、泊付と思ってくれればいいさ。あんた、しばらくヒエンと行動を共にするんだろ?う~ん、うちの息子はそんなに女泣かせにそだてたおぼえはないんだが・・・・まあ、一応、話を通しておいた方がいいと思ってさ」
「どっからそういう話をってゆうか何その話!!・・・・はっ!」
みるとメイドさんがそそくさと離れようとしていた。
「待ちなさい!!」
「いえ、私は何にも話しておりません!ちょっと妄想を交えていたら口に出していたらしく・・くるじいでず。ぐびがっぐびがじまるううううう」
何このコント。おそらく魔法で首を絞めていたアンリは、ため息をひとつつくとマイを解放した。
「あんた・・・そういう年頃なのはわかるけど・・・やめてくれない。それと私はレイン様から知りたければヒエンと一緒に行動しろと言われただけで、別に恋愛感情なんかはないですよ。まあ、今後の方針を教えてくれるのなら確かに有りがたいですが」
「おや、そうなのかい。まあ、このまま話を戻すよ」
そういって壁に掲げられた大きな地図を指さしながらヒカルは指揮棒のようなものをとって説明を始めた。
「ここが、東部辺境領だよ」
そういって帝国領の東側をさす。北は北海に面し、東は森林国、南西には帝国南部の土地が広がっている。
「そして私たちはこのルートを使い帝国南部に進軍を開始する」
指揮棒は大きくカーブを描きながら帝国南部をさした。
「当面はトレカの町の領民軍を攻撃、そして」
「領民軍は義勇軍の傘下に入ります」
オリゼが話を続けた。
「これは領民軍の総意と思ってくださって結構です。とりあえず当初の目的はこんな感じです」
「そのあとは」
これはロゼッタ
「そのあとは、現状を確認しつつ、ということになるでしょう。ですが・・・・」
ロゼッタは語る。己が利益の為に、命の為に、そして皇女として帝国の未来の為に。
途中、ヒエンが
「俺の平凡な日常は?」
と言ったが、
「「「あきらめろ」」」
と全会一致で否決された。
帝国暦 294年1月2日
新年の祝いも冷めやらぬ中、義勇軍 3800名は帝国南部へ進軍を開始した。




