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戦役

帝国暦 278年3月12日 オース王国 ロスキュール地方

この地方を蹂躙しようとしていた帝国軍5万はその数を3万にまで減らし、その3万もまさに崩壊しようとしていた。

「右翼!ランダー伯、お討ち死!」

「中央の第3歩兵部隊が突破されました!」

次から次へと送られてくる悲報に帝国第2騎士団司令部は沈黙してしまった。司令官のネズミン騎士団長も持ち前の責任転嫁能力を超える事態にその口を閉ざしてしまったことがいかに危機的な状況かを雄弁に物語いる。

「・・・これも逃げ出した傭兵部隊が悪い!」

幕僚の一人が責任を転嫁できる相手を見つけたと目を輝かせていった。すぐに次々と同意する声が上がる。が、実際、それを言うのは余程の厚顔無恥な輩だけだ。確かにこの侵攻作戦が始まって早々、傭兵部隊は撤退した。しかし、それは騎士団が傭兵部隊に補給を止めたことが最大の要因であったのだ。もともと、傭兵部隊は2級戦部隊|(要は弱い部隊)として扱う物だし、特に今回の場合は補給線が攻撃されるなり傭兵部隊への補給を止めた司令部が責任を負うべきであろう。この淀んだ司令部にあっても数人の高級将校が節度を守り沈黙しているほどだ。とそこに

「援軍です!!」

一転、喜色に包まれる司令部。

「どこだ。どこの部隊がやって来た?」「国境の第4師団ですかな」「いや、コウエン侯爵の私兵部隊やも・・・」

「いえ、傭兵部隊 紅の戦乙女です」

この報告にはさすがの騎士団司令部も沈黙せざる得なかった



「突撃!!!」「「「うをおおおおおおおおお!!!」」」

一つの赤い旗を先頭に1000名あまりの傭兵部隊が突撃していく。帝国軍左翼を半包囲していた部隊を背後より奇襲した。

「て、敵襲!」

左翼最後方に配置された兵士が自分の肺からすべての空気を絞り出す勢いで大声をあげた。「別働隊がいたのか!」「いや、援軍かもしれん!」

すぐさま浮足出す兵士たち。本来、それを鎮めるはずの指揮官たちはここにはいない。疲労の少ない兵士たちを率いて最後にもう一つ戦功をあげようと前線に出立した後であったのだ。これは戦局の最終局面で良く見られた光景だがその判断は結果として悪手となった。ろくに応戦準備も整わないうちになんと陣形内に突入されてしまったのだ。

「突け!切り捨てろ!躊躇するな!目の前にいるのはすべて敵だ!!」

「「「おおう!!」」」



「どうしてこんなところに敵がいる?!」

王国軍兵士はすでに勝ったという雰囲気の中での奇襲、しかも陣形内部深くにすでに進入されていたのだ。浮足立たないわけがない。大きく陣形を崩した王国右翼部隊は帝国第2騎士団を押さえつけることができず敗走した。

「勝てる!勝てるわ!!このまま押し出せ!!報酬は思いのままよ!!」「「「おおお!!」」」

指揮を執っている女性は数人の敵兵を切り倒しながらよく通る高い声で指示を出す。傭兵部隊は勢いのまま敵陣を駆け抜け、敵右翼を突破、勢いのまま敵中央部を横合いから強襲した。突然の形勢の逆転に圧倒的有利なはずの王国軍はたちまち陣形を崩す。しかし、そこまでであった。騎士団は奇襲部隊となった傭兵部隊紅の戦乙女に呼応せずそのまま敵右翼部隊を蹴散らしながら脱出してしまったのだ。また、敵中央部隊もここまできびしい戦いを戦い抜いた軍、さすがに全面的な遁走には至らない。圧倒的少数、しかも相手は混乱からじょじょに立ち直ろうとしていた。そこに味方の援護がない。それを感じた傭兵隊長は素早く指示を出す。

「総員!!あと一撃加えたらいったん街道まで下がるわよ!!」「「「おおう!」」」

まるで一個の生物であるように傭兵部隊は女性の指示通りに行動する。

「隊列を整えて!!負傷者は中央に!まだ戦える奴は前に出ろ!」「「「おう、団長、任せてくれ!」」」

しばらく剣戟の音だけが聞こえる。そして

「団長!頃合いです!!」

「よし!このまま南の森に入って姿を隠すわよ!!さあ、みんな!帰るわよ!」「「「おお!!」」」

このように圧力に耐えかねての撤退行動だったのだが、敵のオース王国軍から見ると街道を堂々と南下、オース王国王都への侵攻の構えを見せたのだと勘違いした。さらにオース軍の指揮官は、まさか増援がたったの1000名足らずだとは思わなかったことも大きい。しかも包囲されていた帝国軍もその間に左翼方向から完全に脱出。包囲していたそのほかの軍も増援を恐れて積極的な追撃を行うことができなかった。ここに崩壊寸前であった3万のヴェール帝国軍は体勢を整え、無事、死地からの生還に成功したのであった。


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