伯爵領の弱点と領民軍
帝国暦 292年11月12日
ロゼッタが来て早3か月、高野ヒカルは物資の集積や商人たちとの商談などに加えさらに辺境伯爵家の当主としての仕事など多忙なスケジュールをこなしていた。
「・・・・何この量」
百戦錬磨の勇士であるヒカルもにわかに増えてきた書類の海に溺死寸前となっていた。その原因が力がないと思われていた第三皇女ご一行のおかげであった。
「この書類に判をお願いします」
ヒカルは再び大量の書類を持ってきたロゼッタに殺気を纏った視線を送るが、肝心の相手はどこ吹く風。完璧に無視をして机の上に新たな紙の山を築いていった。
新たに発覚した辺境伯爵領の弱点、それは文官や行政組織の圧倒的不足であった。まあ、実際問題、この辺境領は税というものがなく、その収入のほとんどを各町に入場する際の所謂、入場税といくらかの寄付だけで成り立っていたのだ。これはまだ開発途上である辺境領には下手な税金よりも開発を優先しているということであるのだが。
その結果、急速に軍組織や行政組織を立ち上げようとすると人材不足ががちでトップであるヒカルに覆いかぶさってくるのである。
「・・・・こういってはなんですが、事務官とか、そこまでいなくても文字が読めたり計算で来たりできる人、雇った方がいいのではないですか?」
ロゼッタはそう進言するが、ヒカルは微苦笑して
「ここの奴らにそんな能力があったらここまで落ちてはこないさ。一応、徴募かけたんだけどね・・・案の定というか今のところ応募はないんだよ」
封建社会ではよくあることだが、この世界では識字率などは押しなべて低い。別に独占している訳ではないが、知識などは公開による利益よりも独占による利益を有利と考える風潮が強い為だ。
現状でもロゼッタ以下船長や船の事務官を総動員で態勢を整えているが、新しい組織を一から立ち上げるには明らかにマンパワーが不足していた。さすがに心配になったのかロゼッタは不安そうに見ていることに気付いたヒカルは今度は苦笑して
「大丈夫だよ。今、昔の傭兵仲間に片っ端から声をかけているところだよ。何人か色のいい返事をもらっているよ。近々、数十名来るはずだよ」
「・・・・・その中に事務できる人いるのですか?」
「・・・大丈夫だよ・・・中には大手に勤めていたやつもいるし・・・多少は使えるはずさ・・・・・・・たぶん」
言っててどんどん自信がなくなったのか、どんどん小声になっていったヒカル。その様子を見てあきれたのかロゼッタや船長も知り合いなどに片っ端から手紙攻勢をさらにかけることを心に誓った。
帝国暦292年11月30日 帝国南部 トレカ 領民軍 指揮官 オリゼ
領民軍、それは帝国南部の領民を中心とした反乱勢力の一勢力と思われている。しかし、その実態は反乱勢力というには脆弱すぎる勢力であった。そもそも固有の武装組織を持っていない。いちばん近いのは現在でいうところの市民運動、何か問題が起こるたびに領民が集まってデモや集会を行うことが主な業務?であったのだ。
しかし、長引き始めていた内乱が市民運動組織から自警組織への脱皮を求められ始めたのだ。困ったのは領民軍上層部である。彼らは帝国南部を回る行商人や流通業者なのだ。その目的は新たに占拠した土地の多い帝国南部の安定化とその商業的な活性化であったのだ。具体的には関所や税金の廃止や南部領民の購買力向上ための政策の実行などを要求していたのだ。
成果としては順調であった。そしてそれに比例して領民の支持の厚い組織となった、まではよかったのだが、先ほどの理由で自警組織の設立も求められてしまったのだ。
領民軍上層部は悩んだ。影響力を維持したいが帝国とは事を構えたくはない。しかし、領民の支持があって様々な要求を通した手前、この領民からの要求に答えないわけにはいかず、自警組織を作り、少数ではあるが常設された戦力を整備したのだ。反乱勢力として領民軍誕生の瞬間である。
そしてその反乱勢力 領民軍 最高指揮官 オリゼは配下の元傭兵たちに届けられた手紙を見比べながらひとつの推論に達しようとしていた。
「・・・・ふう」
痛む目頭を押さえながら小間使いの少年に付近にいる幹部をできるだけ集めるように指示を出した。
同年11月15日 トレカ一のホテルの一室
付近に散らばっていた幹部が集まるのに3日かかった。
トレカに駐在する幹部は全部で15名にもなった。というか彼らは3~5名規模の小隊の隊長たちで治安の維持や商隊の護衛を行っている。全戦力が100名ほどしかいない領民軍本隊の大部分が集結していた。
「みなさん。よく集まってくれました」
オリゼは少し明るい表情で疲労の色の濃い幹部の顔を見回した。
「急な集合だな。この老体にはこたえるわい・・」
「まったくだ。最近の若いもんは老体を労わることを知らん」
口々に文句を並べる老人たち、一般論としては分かるのだが褐色の肌とムキムキボディの老人が言っても説得力が皆無だ。幹部の多くは第一線から退いた傭兵たち。くしくも高野ヒカルが手紙を送った人物と同一人物たちであった。もちろん全員ではないが、一流の傭兵であったヒカルが応援を頼むほどの凄腕を集めていたオリゼはこれだけでも有能だと知れる。
「ええ、できるだけ急ぎたかったので・・・皆さんは高野ヒカルという人物をご存知ですね」
確認するかのように見回しながらオリゼは尋ねた。
「ん?ヒカルちゃんか?もちろん知っておるぞ。あそこの傭兵団はええぞ」
「規律正しくて、礼儀正しくて、な。儂なんかうっかり足を負傷した時なんかは担がれて助けてくれたもんじゃ」
「ん?しかし、彼女は貴族に取り立てられたんじゃなかったのかの?」
「そういえばこっちに来ないかという手紙をもらったことがあったの」
元傭兵たちは口々に発言するが総じてその評価は高いようだ。
「ええ、その高野ヒカルです。現在は東部の辺境領で伯爵様をやっているそうです」
「おお!あの評判の!」
「そういえば何人か知り合いが入植しとったの~。悪い噂はとんと聞かん」
「そこから救援要請が傭兵仲間だったあなたたちに来ています」
そう言うなり机の上に手紙の束を広げる。
「「なんと!」」
事情を知っていた数人を除いて驚いた表情で固まる。次々と自分あての手紙を取り、大急ぎで中身を確かめている。そして
「・・・お主・・・何を考えておる?」
一人が不意に声を上げる。
「何のことでしょう?」
「分かっておるじゃろう?ただでさえ戦力が不足しておる現状で戦力が少なくなるような情報をわざわざ大急ぎで伝えることの真意じゃ!」
老いたと言えども歴戦の勇士、その言葉の一つ一つに胆力が込められている。何人かがはっと気づいたようにオリゼを不審そうな眼で見つめている。
「ええ、戦力が不足している現状だからこそです」
「「「??」」」
「つまり彼女を、そして彼女が保護している帝国第3皇女ロゼッタ様をこちらに付ける工作を頼みたいのです」
「「「!!!!」」」
返ってきたのは絶句であった。
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